第45話:ハイスペック

「と、いうことでアメリカへ行くことになった。悪い、勝手に決めちゃって。しかも知佳と綾乃まで巻き込むことになった」


 柳枝さんと話して決まったことを事の運びを皆に話す。

 元々は俺とスノウ、ウェンディだけでも行ければよかったのが知佳と綾乃まで巻き込むことになってしまったからな。


「別に構わない。どこに居ても仕事はできる」

「私、飛行機乗るの初めてなんですよね~」


 知佳はいつも通り特に何も感じていないのか感じていても表に出さないし、綾乃は普通に浮かれていた。

 綾乃は変な奴ばかりの会社で唯一の常識人枠だと思っていたが、早くも染まり始めているようだ。

 

「はっ。もし墜落したらどうしましょう……」

「いや墜落なんて滅多にしないって」


 そして変なことを恐れていた。

 100%ないとは言い切れないけども。

 うろ覚えだが、飛行機って確か世界一安全な乗り物とか言われてるんじゃなかったっけ。


「綾乃様、ご安心ください。私がいる限り飛行機が墜落することはあり得ませんから」


 そしてウェンディは妙なところで勇気づけていた。

 いや、本当に飛行機が落ちそうになっても風で持ち上げるくらいはしてもおかしくないのか?

 うーん……できそうだな……


「ま、どのみちあのダンジョンは特殊だし遅かれ早かれ行ってみたいとは思ってたのよ。あんたにしてはいい働きをしたんじゃない?」

「あんたにしてはて」


 スノウは事も無げに言う。

 褒めてるんだか褒めてないんだか。

 しかし興味は持っていたようだ。

 出現の仕方も変だったしな。

 元々あるビルの変異なんて聞いたことがない訳だ。


「私たちとしてはあるダンジョンを攻略するだけなので、マスターが気にすることはございません。強いて言うならば、状況が状況ですのでダンジョン内ではなるべく私とスノウから離れないように、ということくらいでしょうか」


 ウェンディもアメリカへ行くことに反対はしないようだ。

 というかウェンディに限っては元々反対されるとは思っていなかったが。


「ああ、言われなくても離れないようにするよ」


 だって特殊部隊が帰ってこれないようなダンジョンだぞ?

 今となっては流石に自分が普通より頑丈なことを理解できてはいるが、それでも絶対に安全かと聞かれるとそうでもない。

 ボス相手には基本的に力負けするし、新宿ダンジョンにいた天狗が起こした風みたいな攻撃が更に強くなれば俺では手も足も出ない。

 相手がオークみたいな脳筋ばかりなら俺も役に立つのだが。


「しかし、私たちのような精霊にも正当な手段で渡米する手段を用意してくださるとは。流石はマスターですね」

「いや、流石なのは管理局だけどね? ……って、正当な手段でって、不当な手段を取るつもりでいたのか?」

「最悪、アメリカまで風で飛んでいこうと思っていたのですが」

「…………」


 冗談か本気なのか微妙に判断しかねるな。

 やろうと思えばできるのだろう。

 飛行機を墜落させないと言うくらいだ。

 そう考えると、精霊にとっては人間用の法律やルールなんてほとんど関係ないのかもしれないな。

 あくまでも召喚主マスターである俺に合わせてくれているだけか。


「しかし、問題は現地に到着した後ですね。ダンジョンの性質上、一般の立ち入りは禁止されているでしょうし」

「ああ、その辺りは調べてみたけど、まあ当然のように一般人はおろか、探索者の立ち入りも禁止されてる。もちろん政府公認の部隊なんかだと別だけど」

「流石ですマスター。私が案ずる必要などありませんでした」


 そう言ってウェンディは俺に微笑みかける。

 事あるごとに俺を褒めるのやめて貰えないかな。

 ちょっと調べ物しただけだよ俺。

 なんかウェンディといるとどんどん駄目になっていきそうだ。

 ダメ男製造機とはこういうことだったのか。


「それじゃどうすんのよ。行けても入れないんじゃ意味ないでしょ」


 暇なのか、スノウが指先で小さな氷の人形を作りながら聞いてくる。

 そんなことまでできるのか。器用だなー……


「そこはこれから考える」

「あんたが捕まっても良いなら手段は幾らでもあるけど」

「それは勘弁して欲しいな」


 いや、最悪何も思いつかなかったら正面突破するしかないのだが。

 立ち入り禁止とは言ってもガチガチに武装した連中で固めている訳ではないだろうから、普通に強行突破出来るとは思う。

 だがまあそれは本当に最後の手段だ。

 出来るだけやりたくはない。

 最悪国際問題とかにもなりそうだし。


「上空からの侵入はどうでしょうか」


 ウェンディが上を指差す。


「上空?」

「ビル型のダンジョンなら上は開けているのではないかと」

「あ、そっか」


 今までのダンジョンは基本的に下へ続いている形だった。

 出口はダンジョン本体からさほど離れていない地上のどこかに出現するのだが、それも大抵の場合はダンジョン内で出口を誰かが発見しなければ表には出てこないような感じになっている。

 ちなみに明らかに地下数百メートルとかの深さまで潜っていても、出口から出ると地上になる。

 どういう理屈でそうなっているのかは知らない。

 その昔これをワープホール理論と結びつけるだかなんとかで研究を始めたというニュースを聞いたが、めっきり音沙汰がないのでやはり今の所何もわかっていないのだろう。


 ロサンゼルスのダンジョンはビルの形を保っているし、今までの特殊部隊も普通に入り口から入っていっている映像を何度か見た。

 あのダンジョンは上に続いていくようなものだろうから、屋上が出口と繋がっている可能性は高い。

 地上にできる出口は中から観測しなければ現れないが、元々ビルなのだから屋上から中へ続く扉があるはずだ。


「ということで知佳、航空写真とか――」

「もうある」

「……仕事が早いな」


 未来予知でもできるのか、お前。


 知佳がタブレットに映し出した写真を拡大し、とある一点を指差した。

 それはダンジョンと化したビルを上空から撮影したもの。

 やや画像は荒いが、どうなっているかはちゃんとわかる。

 見た感じ、構造自体は普通のビルのそれとほとんど変わっていないようだ。


「ここに扉がある。開かなくても、壊して入れるんじゃない?」

「……ダンジョンの壁や床は基本的に壊せないものになってるはずだけど、どうだ?」


 新宿ダンジョンのような中が市街地になっていたりするパターンの店舗の壁だったりとはまた別だ。

 一番わかりやすいのは九十九里浜のような洞窟型のダンジョンだが、一見岩っぽくてもダイナマイトで傷一つつかないようなアホみたいな硬さになっている上に、仮に壁を破壊できてもすぐに修復されてしまうという完璧なショートカット対策がされているのだ。

 有り体に言ってしまえばができないようになっている。

 そんなことを考え始めるとダンジョンは誰かの意思によって生み出されたのではないかという陰謀論じみた話が持ち上がり始めるのだが。


「ま、どうにもならなかったら壊すしかないでしょ」


 スノウはあっさり言う。

 扉が新宿ダンジョン内にある店舗の壁のような判定だったら簡単に破壊できるが、ダンジョン本体の壁と認識されていた場合はどうするのだろう。

 壊せるのかな。

 ……壊せるんだろうな。

 

「じゃあアメリカに到着し次第突入ってことで良いか?」

「いいえ、すぐに突入するのは危険かと」


 ウェンディは慎重なようだ。


「アメリカの特殊部隊も精鋭ばかりだったはずです。それが呆気なく壊滅している。何も情報がない状態で突入するのは危険かと。力押しでなんともならないようなトラップがないとも限りません」

「……確かにそれもそうなのか」


 スノウとウェンディがいればゴリ押しでもなんとかなると軽く考えていたが、何かしらの落とし穴がある可能性は十分ある。

 というより、冷静に考えればその手の何かしらの搦め手があるからこそこのような状態になっているわけだ。

 厄介だなダンジョンって。


「……じゃあやっぱり特殊部隊の生き残りが目を覚ますのを待つしかないか」


 本当はさっさと終わらせてしまいたいが。

 柳枝さんも言っていたが、恐らく未菜さん達も内部の情報がわかるまでは突撃しないだろう。

 あちらは組織単位で動くが、こちらはほぼ個人の動きだ。

 同時に情報を入手したとしても俺たちが動く方が早いはず。


「知佳、その辺りは頼むぞ。いち早く情報をキャッチするんだ」

「おっけー」


 やる気なさそうな返事だが、この手の能力に関しては既に疑う余地もない。

 一般(?)企業に勤めていていいのかと思うほどの情報収集能力があるのだから、なんとでもなるだろう。


 とりあえず話がひとまず落ち着いたと見て、せめて迷惑をかける分ちょっとでも雑用は俺がやろうと全員分の飲み物を入れる為に立ち上がると、綾乃がちょっと楽しそうに言う。


「なんだか秘密結社みたいですね、私たち」

「言われてみればそれっぽいな」


 アメリカも日本も出し抜こうとしているのだからとんでもない。


「降りるなら今のうちだぜ、綾乃」


 それっぽいことを言ってみると、綾乃は困ったようにはにかんだ。


「もう色々ありすぎて慣れちゃいました」


 うん……俺も慣れちゃった。


「知佳も、悪いな。アメリカ行きに付き合わせることになって」

「別に気にしてない」


 ロサンゼルスへ行くということを聞いても特に何の反応も見せなかった知佳に改めて一応謝っておくが、まあこいつはこいつで構わないというのなら本当に構わないのだろう。

 

「どのみち着いていかないと悠真何もできないし。英語喋れないでしょ」

「日常会話くらいな出来るぞ。辛うじて」


 道端で駅までの道のりを聞かれても多分答えられる。


「辛うじてのレベルじゃコミュニケーションに困る。そもそも悠真の英語、海外ドラマで覚えたのがほとんどだからかなりキザったらしい。正直アメリカでは喋らないで欲しい」

「マジでか」

「マジなのです」


 知らなかった……

 確かに日常会話が出来ると言っても大学入った時くらい一時期ハマっていた海外ドラマで覚えたくらいだからな。

 俺はあれでそれなりに喋れていると思っていたのだが、そうか。

 確かにドラマなんかで覚えたら言い回しは独特なものになるよなあ。

 もちろん見る種類にもよるのだろうが。

 俺の趣味的にもそっちに偏っていそうだ。


「そもそもLocationをRだと思うくらいのレベルだし」


 それについてはもう忘れて欲しい。


「……綾乃は英語喋れるのか?」


 一縷の望みをかけて仲間を探そうと綾乃に聞いてみるが、答えはあっさりしていた。


「はい。日常会話くらいなら」


 多分綾乃の日常会話は本当に日常会話なのだろう。

 俺のなんちゃって日常会話とは違って。


「となると、俺とスノウとウェンディは喋れないのか。あっちでダンジョン絡み以外で何か動く時は基本的に知佳か綾乃に同行して貰うことになるかな」

「いいえマスター、英語はある程度は喋れます。他にもフランス語、イタリア語、ドイツ語を」


 ウェンディがあっさりと裏切った。


「えっ……精霊ってそういう感じなの?」


 召喚時に主要言語をインプットされるような。

 ちらりとスノウを見るとさっと目を逸らされた。

 どうやら違うようだ。

 

「いえ、主要国家の公用語は基本的に抑えてあります。召喚されるまでの時間はたっぷりありましたので。一番違和感なく喋れるのはマスターから得られた『常識』の範疇にある日本語ですが」


 皆スペック高すぎない?

 考えてみれば知佳が天才肌なのは元々知っていたことだし、綾乃はダンジョン管理局から送られてきたエリート。

 そしてウェンディもその手の努力は欠かさないだろう。

 そう考えると俺がこんな気持ちになるのは必然なのかもしれない。

 

「スノウ……俺達はせめてみんなの分の荷造りも手伝おうぜ」

「…………仕方ないわね」


 流石のスノウも若干負い目には感じていたっぽい。

 でもお前までウェンディ並に有能になっちゃったらなんか面白みないからそのままで良いよ。

 ……俺はもうちょっと頑張るけど。

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