第44話:大切な存在
1.
帰ってくると、予想に反して全員が起きていた。
知佳はともかく、綾乃とスノウまで起きているとは。
ちなみに何故か人生ゲームをしている。
どこから出してきたんだろう、あれ。
ちらっと見ると綾乃が子沢山な上にめっちゃ借金を抱えている。
なんというか、不憫だ。
有り得そうな未来なだけに尚更。
「まだ皆起きてるんだな」
「ロサンゼルスのダンジョンについて新情報があったから。ダンジョン内じゃ情報を得られないでしょ」
人生ゲームをやめて知佳がこちらを振り向く。
確かにそれはそうだが。
というか全員当然のようにパジャマなのだが、俺がいても恥ずかしいとか感じないのだろうか。
ちなみに俺は夜はパジャマ派じゃなくてジャージ派。
「新情報ってのは?」
知佳がすぐそこに置いてあったタブレットを手渡しながら説明してくれる。
「新たに2部隊、特殊部隊が突入して音信不通。1時間後に一人だけ入り口から出てきたけど意識不明の重体。ニュースではやっていなかったから調べてみたけど……助かるかどうかは五分かそれより分が悪いくらいの重傷だと思う」
タブレットの方にはどうやら知佳と綾乃で調べてくれた情報が纏められているようだ。
それを見る限りでは、芳しくはない状況のようだな。
それに、これは……
「アメリカが各国へ応援要請を送ることを決定したって……」
「それはついさっき。まだニュースで流れてないけど」
特殊部隊の生き残りの怪我度合いについてもそうだったが、ニュースになっていない情報をどこでどういう風にキャッチしているのだろう。
しかも人生ゲームしながら。
恐るべし情報社会。
というより知佳の収集能力が高すぎるだけのような気もするが。
それにしても、予想通りになったか。
それも当たってほしくない方の予想だ。
アメリカ単独で解決することを諦め、他国へ応援の要請をする。
アメリカがこれをするということがどれだけ切羽詰まっている状況なのかを如実に物語っている。
層の厚さで言えば右に出る国はないのだから。
各国からトップ層を集め、確実に攻略するつもりなのだろう。
「応援要請が来るのはまずダンジョン管理局だろうな」
政府の絡んでいないダンジョン産業に関わる民間企業として日本どころか世界中で見てもトップクラスの規模を誇るダンジョン管理局は、もちろん探索者の質も高い。
トップが世界8位だから当たり前と言えば当たり前なのだが。
ちゃんと確認しているわけではないが、100位まで視野を広げても管理局からランクインしてる人はちらほらいるのではないだろうか。
……しかしダンジョン管理局がその要請を受けるかどうかは別問題だ。
なにせ特殊部隊が突入して音信不通だ。
ダンジョン内で行方不明になることはほぼ死を意味する。
奇跡的に一人帰ってきたようだが、それ以外の部隊のメンバーは恐らく既に……
管理局は質の高い探索者を多く有しているが、アメリカの特殊部隊メンバーだって指折りの実力者ばかりだ。
それなのに音信不通となっている以上、あのダンジョンの難易度の高さはもはや論ずるまでもない。
そのような死地へ探索者を送り出すことを是とするかどうかが最大の争点となる。
「スノウ、ウェンディ。ロサンゼルスのダンジョン、どう思う?」
「実際に入ってみないとなんとも言えないけど。少なくともこの世界の腕利きが一人しか帰ってきてないっていうのは異常事態でしょ」
「そもそも既存の建物が変異するという例を聞いたことがありません。今までにない難易度でもおかしくないでしょうね」
「だよなあ……」
ダンジョン管理局へ要請が行くとして、誰が行くことになるだろうか。
いや、考えるまでもない。
特殊部隊が帰ってこれないほどの超難易度だ。
未菜さんか、柳枝さんのどちらかが出ることになるのではないだろうか。
恐らくは――未菜さんだ。
今、俺は少し嫌な想像をしている。
もしかして、未菜さんは近い内に自分が死地へ赴くことになることを薄々わかっていたから、今日俺たちと共にダンジョンへ行ったのではないだろうか。
帰りに車の中でしていた話は彼女なりのSOSだったのでは。
……今日はもう遅い。
明日、柳枝さんにどうするつもりなのか聞いてみよう。
2.
翌日。
朝イチで俺は柳枝さんへ連絡していた。
『要請は受けるつもりだ』
アメリカからの応援要請について聞いてみると、柳枝さんはあっさりそう答えた。
「大丈夫なんですか? 管理局の探索者を疑ってるわけじゃないですけど……」
『特殊部隊が3部隊、行方不明になっている。生還するのは難しいかもしれないな』
「……断ってもいいんじゃないですか?」
『それはできない』
柳枝さんはピシャリと答える。
まるで選択の余地はないとでも言わんばかりの断言だ。
確かに俺のも感情論ではあるが……
「何かあるんですか? 断れない理由が」
『……私個人としては属している探索者を必要以上に危険な目に遭わせたくはない。アメリカからの要請を断ったとなればある程度のバッシングは受けるかもしれないが、その程度のことならば覚悟していた――昨日まではな』
「……と言うと」
『圧力がかかっている。どこからか、は言えないがな』
……こんな状況でダンジョン管理局にアメリカからの要請を断らないように圧力をかけられるのなんてほとんど決まっている。
民間であるダンジョン管理局への依頼。それを断られないように日本にアメリカからのなんらかのお達しがあったのだろう。
あるいはただの忖度かもしれないが。
『それに、管理局からだけではなく他社からの選抜メンバーも今回は作戦に組み込まれることになっている。もはやどうしようもないのだよ』
ダンジョン産業で世界一の規模を誇るアメリカ――場合によっては日本の政府にも恩を売れるような状況だ。
ダンジョン管理局に後塵を拝する他の企業にとってはまたとないチャンスなのだろう。
成功すれば万々歳。
失敗しても世間のヘイトは管理局へ向くという、言ってしまえばデメリットのない賭けにもなるわけだ。
「……その作戦には柳枝さんかみ……伊敷さんのどちらかが参加するんですか?」
『伊敷が参加することになっている。上からの要請でな』
柳枝さんが少し硬い声で答えた。
……やはりそうなるか。
今日本にある最高戦力。
世間には公表されていない存在だとしてもアメリカ政府や日本政府はもちろんその存在を把握しているだろう。
「俺を作戦に組み込んでください。スノウとウェンディも」
『それはできない』
「……柳枝さんも分かっているでしょう。いくら伊敷さんでも、今回のダンジョンは危険すぎます」
『…………』
柳枝さんは黙り込んでしまう。
「……すみません」
柳枝さんと未菜さんは戦友のようなものだ。
互いに信頼も置いている。
死地へ送り出すようなことを、彼一人の意思で良しとしているわけはない。
それがわかっていながら、感情を優先させてしまった。
『君たちの力はもちろんわかっている。だが、私の関与できない面倒な都合というものもあるのだ。わかってくれ』
恐らくは会社同士の利権の絡みや、政府からの要請との兼ね合いのことだろう。
「……はい」
『今から伊敷を外すということもできない。既に
INVISIBLE。
一向に姿を見せない日本初のダンジョン攻略パーティのリーダーに付けられた呼び名だ。
日本人はその名で呼ぶ人はあまりいないが、海外ではそう呼ばれることが多いらしい。
日本はアメリカへ恩を売りたい。
ならば持ち得る最高戦力を送り出すのが筋だ。
特に……日本にとってどうかはともかく、アメリカにとっては<伊敷 未菜>という存在はいなくなってもらっても困らない存在だ。
WSR上位にいる、どこの政府に属さない存在は邪魔にしかならない。
彼女の実力は知っている。
よほどのことがない限りは大丈夫だろう。
最悪、一人で逃げ切れるだけの<スキル>も技量もある。
特殊部隊の人員も一人は逃げ延びているのだから、未菜さんならば生きて戻れる可能性は決して低くはないだろう。
だが伊敷さんは仮に自分一人ならば逃げ切れる状況でもそうはしない。
それは俺が一番わかっている。
「……正直に言います。俺はこの作戦が失敗することを恐れている。百歩譲って、柳枝さんや伊敷さんが作戦に関係ないのなら諦めていたかもしれない。けどそうじゃないなら……」
『ダンジョンに関わる仕事をするなら、知り合いの探索者が死ぬのはそう珍しいことではない』
「でしょうね。けどそれは静観していていい理由にはならないんです、俺にとっては」
『……有り難いことだ。本当にな。だが、あえて強く言おう。君にできることはない』
「……っ!」
未菜さんは責任ある立場に居続けた人だ。
そして今回の作戦でもそうだろう。
人の命を背負ってダンジョンへ突入する。
もちろん、俺の知らない場所でこのようなケースは何度もあったのだろう。
俺は今回偶然それを知っているだけだ。
だが。
それで済ませられるほど、俺も大人ではない。
「……作戦の決行はいつですか」
『アメリカへ発つのは明日だ。作戦決行は現地で各社の代表者同士が話し合って決めることになっているが――十中八九、意識不明となっている生存者が目覚め、ある程度中の情報を得られてからになるだろう』
「じゃあそれまでに俺たちがあのダンジョンを攻略します」
俺たちが、というよりはスノウとウェンディ、精霊二人に丸投げするような形にはなるだろうが。
『……何を言っているんだ。大体、民間人があのダンジョンへ入れると思うか?』
「なんとかします」
『君達が特殊部隊ですら攻略できないダンジョンを攻略なんてしてしまったら、平穏な生活は送れなくなるぞ』
「それもなんとかします」
『…………分かった』
柳枝さんは諦めたように嘆息しながら呟いた。
『急にはなるが、明日のフライトで君達のアメリカ行きのチケットを手配しよう」
「……いいんですか?」
『君達のことだから余程のことはないとは思うが、それで何か問題が起きてはこちらとしても寝覚めの悪い話だ』
「……すみません」
『しかし先程も言った通り、作戦には組み込めない。君達はあくまで君達の都合でロサンゼルスへ行くことになる。君はパスポートを持っているか?』
「あ……」
持っていない。
海外へ行こうと思ったことがないので当然のことではあるが、ここまで息巻いておいてなんという情けない話なのだろうか。
『パスポートなど持っている者の方が少ないからな。その他手続きもこちらでなんとかしよう。そうだな、飛行機での移動となれば個人でねじ込むよりは会社単位での動きという方がこちらとしてもカモフラージュしやすい。そちらの今の人数は5名だったか?』
「はい」
『では5名分の手続きを進めておこう』
「……すみません、我儘言って」
『いや……』
柳枝さんは言うか言うまいか迷うような間を見せてから、喋り始める。
『正直、今回は今までにない何か嫌な予感のようなものを感じている。アメリカの特殊部隊が帰ってこなくなったように、どれだけ実力者であっても何かが起きないとは限らない。君が先に攻略をすると言って……正直、心の底でほっとしている自分がいたんだ』
事実、特殊部隊の練度は並の探索者とは比べ物にならないものだっただろう。
それがあっさりと壊滅しているのだから、単に難易度がべらぼうに高いのか、何かタネがあるのか。
『むしろこちらが謝るべきだ。君のような若者に、全責任を押し付けようとしている』
「こっそりやるんで大丈夫ですよ。正面突破は元々考えてません」
冗談めかしてそう言うと柳枝さんは少し笑った。
『……伊敷とはもう付き合いが長い。本当のところ、娘のようにさえ思っている。今回の作戦も代わってやりたいくらいだったが……無理だった』
恐らく、柳枝さんは上とやらに打診していたのだろう。
未菜さんの代わりに自分が行く、と。
だがそれを突っぱねられていた。
仕方のないことだ。
柳枝さんの探索者としての腕は確かだが、未菜さんはそれを更に上回る存在だ。
どちらを選ぶかと言われれば当然、後者を選ぶことになるだろう。
圧力をかけてきた上はアメリカに恩を売りたいわけだからな。
『……虫のいい話なのは理解している。……だが、頼む』
「任せてください。もしなんとかなったら、娘さんはいただきますからね」
俺が冗談めかして言うと、柳枝さんは思いの外真剣なトーンで返してきた。
『君が貰ってくれるのなら、落ち着いていいかもしれないな』
いや、冗談ですからね?
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