第43話:一桁台のパーティ

1.



 7層へ到着するのと同時に、ウェンディは<風>で辺りを一掃するのをやめた。

 もちろん効率だけで考えればこのまま風で纏めて吹き飛ばして貰った方が手っ取り早い。

 だがこちらにも事情というものがある。


 というのも、俺の魔力を上げる為だ。

 未菜さんがそろそろ戦いたいとうずうずし始めていたというのもあるが。


 あと二人の姉妹を召喚しなければならないのだ。

 義務という訳ではない。

 だが、スノウやウェンディにここまで色々世話になってもらっておいてその恩を返せないというのは個人的にも許しがたい。


 そして俺も未菜さんもウェンディのような大規模な殲滅は行えないので一体一体処理していくことになったのだが――


「改めて戦ってみるとわかるけど、九十九里浜よりもだいぶモンスターが強いんだな」


 オークを蹴りで粉砕して、足の裏へ伝わる感触を確かめながら呟く。

 硬さと言う点でもそうだが、攻撃力もかなり違うようだ。

 もちろん攻撃を受けても痛みは全くない。

 だが、流石に当たった時の感覚で強弱はわかる。


「新宿ダンジョンの下層……特に5層以降は日本国内でも有数の難易度だったからな。今の所日本で一番難易度が高いと言われているのは富士ダンジョンの3層以降だが」


 向かってくる山姥のようなモンスターを一太刀で斬り捨てた未菜さんが言う。

 山姥と言っても形相がほぼ化け物なので人っぽさはないのが救いか。


「富士ダンジョンとはそんなに難しいのですか?」


 特に手出しもしないで見守っているウェンディが未菜さんへ問いかける。


「ん……そうだな。ここでの難易度で言えば、富士ダンジョンの3層は新宿ダンジョンの8層に相当すると言われている。現在確認されているのは4層までだ」

「なるほど、ありがとうございます。今度行ってみましょう、マスター」

「今の話を聞いていて行ってみようと思えるのは凄いけどな……」


 あそこは噂に聞く限りあまり行きたくない場所なんだよな。

 なんでも1層は普通のダンジョンより多少難易度が高い程度なのだが、2層から滅茶苦茶タフなゾンビっぽいモンスターが出てくるらしい。

 そいつがゾンビっぽいくせに力も強いわ動きも速いわでかなり厄介らしいのだ。

 

 確かダンジョン管理局が攻略班を結成して赴いた際には1日で断念したと聞いている。

 まあスノウやウェンディがいれば大した問題でもないのかもしれないが……


「それにしても未菜さん、ちょっと太刀筋早くなってませんか?」

「わかるか? 実は以前のものよりも少し軽いものを使っているのだ。とは言っても50kg近くはあるがな」

「それ50kgもあるものぶん回してたんですか」


 普通の日本刀でモンスターをこれだけバッサバサと倒すのは無理だということ自体はわかっていたが、まさかそこまでの特注品だとは。

 

「君もその市販品の<シュラーク>ではなく特注のものを作ったらどうだ? 多少値は張るが、問題にならないくらいは楽に稼げるだろう」

「……シュラーク?」


 もしかしてこの黒い棒のことか?

 そんなかっこいい名前だったの? これ。


「知らずに使っていたのか。確かそれを初めて開発したのはドイツだったはずだ。普通の探索者が使う分には安価の割に頑丈だが、君くらいになると使い勝手はそこまでいいものではないんじゃないか?」

「特注かあ……」


 確かにそういうのもあっていいかもしれない。

 どちらにしろ付与魔法エンチャントの練習はしないといけないので、この黒い棒あらためシュラークは定期的に買うことになりそうだが。


「しかし凄いものだな」


 50kgあるということが判明した刀を簡単に鞘へしまいながら未菜さんは言う。


「普通、この7層に来るまでにどれだけ盤石なパーティでも疲弊するものだ。しかし今回はそれが全くない上に、7層のモンスターに苦戦する様子も全く見えない。今まで色んな猛者を見てきたが、その中でも君達は群を抜いていると言っていい」

「……そういう未菜さんも7層のモンスター相手に全然苦戦してないじゃないですか」

「一対一ならそうは負けないさ。ウェンディがそうなるように工夫もしてくれている」


 道中、ウェンディのことをさん付けで呼んでいるのを本人がやめさせてからは呼び捨てになっているのだが、それがまたよく似合う。

 男前だからだろうか。

 女性としても魅力的なのに。


「って、工夫?」

「私たちのもとにモンスターが殺到しないように間引いてくれているのさ。そうだろう?」

「はい」


 ウェンディはあっさり頷いた。

 そういえばスノウも似たようなことをやっていたな。

 姉妹でやることは一緒か。


「とは言え、必要以上には手を出していません。一対一の状態が続くのは未菜様とマスターの処理能力が高いからです」


 実際それはそうなのだろう。

 未菜さんは俺とほとんど変わらないスピードか、あるいは俺よりも速いくらいのスピードでモンスターを倒していっている。

 ほとんどが首を一撃で刎ね飛ばして終わりだ。


 モンスターはそれを防御できない。

 剣速もそうだが、それ以上に<気配遮断>のスキルがあるからだ。

 見えない場所からの必殺の一撃。


 竹刀を持って戦った時も思ったが、やはりこの人は一対一に置いてはほぼ無類の強さを誇るのだろう。

 九十九里浜のボスはあまりにも相性が悪すぎたが、この新宿ダンジョンのボス相手ならば未菜さん一人でもかなりいいところまで行くのではないだろうか。


 ある程度の実力を持った仲間がいればあっさりやれてしまうかもしれない。


 流石はWSRの8位になるだけの実力者である。

 というより、俺はこの人よりあと7人……推定1位である俺を除いて6人も強い人間がいるというのをにわかには信じられないのだが。

 何を基準にしているのだろう、あのランキング。

 少なくとも一対一で戦い始めたら俺だって普通に負ける可能性があるぞ。


 <気配遮断>からの首チョンパは普通に考えて強すぎる。

 手合わせをして辛うじて俺の勝利に終わったあの時だって相手が竹刀であることに甘んじて探り探り戦っていただけだからなあ。


 モンスターが現れる度にやっぱり俺の目にすら映らない速度(とスキルの併用)で動いてモンスターの首を刎ねる未菜さんを見ながら、そんなことをぼんやり考えるのだった。



2.



「まさかこうもあっさり9層までのルートを拓けてしまうとはな」


 チン、と小気味良い音を立てて未菜さんが刀を鞘に仕舞った。

 あれから2時間程で9層への階段までの主要なルートを進みきってしまった。

 一度攻略しているダンジョンとは言え、モンスターはまだまだ数多く残っていたにも関わらず、だが。


 もちろん未菜さんの働きも目を見張るものがあるのだが、特筆すべきはやはりウェンディの魔法の汎用性の広さだろう。


 索敵範囲も広く、殲滅能力も高い。

 仮契約状態で湖を真っ二つに割ることができるのでもちろん魔法の威力も申し分ないはずだ。

 本契約した今なら海を割ってモーゼごっこだってできてしまうのではないだろうか。


 スノウもウェンディの方が上だと認めていたくらいだし、どう低く見積もってもスノウと同等以上の力を持っている。


「一応帰り道もありますからね。まだ気を抜いちゃダメですよ」

「ああ、わかっているさ。少し小休憩を挟んだら来た道を戻ろう」


 基本的に階段の周りは擬似的なセーフエリアになっていることが多い。

 擬似的な、というのは絶対にモンスターがやってこないという訳ではないからだ。

 とは言っても自然に近寄ってくることはまずない。

 探索者が引き連れトレインでもしない限りは安全だ。

 見晴らしも大抵の場合はいいので気付けるし。


 そしてここ8層に至っては探索者がそもそも存在しないのでモンスターがトレインされてくるということもなく、安全というわけだ。


「時間も時間だからな。そろそろ夕飯時だろう」


 言われて俺はスマホで時間を確認する。

 外との連絡はつかないが、時間くらいは確認できる。

 一度時計が狂ったら外に出て再設定しないとダメだが。


 未菜さんの言う通り、今は夕方6時過ぎ――大体6時から7時の間に夕食を取る俺としては確かにベストタイミングだ。


 階段近くにベンチがあったので、そこに座って持参した栄養食でも食べようとすると、


「悠真君、実は弁当を作ってきたんだが良ければ――」「マスター、食事を作ってきたのでよろしければ――」


 と。

 ウェンディと未菜さんの二人が同時に俺に弁当箱を差し出してきた。


「あっ」


 それに気付いたウェンディがサッと腕を引こうとするが、俺はその腕を掴んで止める。


「両方いただくよ。動いたら腹減ったからさ」

「すみません、マスター」

「欲しいから食うだけだって」


 申し訳無さそうに謝るウェンディ。

 綺麗だし有能だし強いし気も利くしで正直向かうところ敵なしだと思うのだが、どうにも自己評価が低いというか他人を立てる傾向にある。


 そんな空気感を察したのか、未菜さんまで謝ってくる。

 

「ん……すまないな、私が空気を読めなかったか?」

「いや、両方食いますよ本当に。めっちゃ腹減ってたんで」


 実際腹は減っていたし、実は最近食う量が以前に比べて3倍くらいに増えているのだ。

 理由はよくわからないが、スノウに言わせてみれば使った分の魔力を回復する為に多くのエネルギーを欲しているのではないかということなので多分そういうことだろう。


 ちなみにそれをウェンディは知っているので弁当箱と言ってもほとんど重箱みたいなものだ。

 

「……本当にそんなに食べられるのか? 私の分は残していいからな?」

「いえ、マスター。残すのなら私のものを」

「いやいや残さないから」


 未菜さんの持ってきたものもかなり大きい。

 多分普通の弁当箱の2倍くらいはある。

 故に食べ残してしまうのではないかと心配なようだ。

 

 しかしこの状況。

 ウェンディはスノウの姉ということもあって言うまでもなく超絶美人だ。

 そして未菜さんも10人いれば10人が振り向くほどのキリッとした美女である。

 (未菜さんの方はちょっと間が抜けているとは言え)誰もが羨むようなクールな美女二人に弁当を作って貰ってきている俺ってもしかして物凄い幸せものではないのだろうか。


 ちなみに15分ほどで両方とも平らげた。

 未菜さんが料理美味いのは地味に意外だったが、それを口に出さない程度の常識は俺にもあった。



3.



 ダンジョンから出てくるとすっかり夜だった。

 時計を見ると22時――スノウと綾乃はもう寝ているかもしれないな。

 知佳は夜更しさんなので多分起きているが。


 2年くらい前、寝るの遅いから身長伸びなかったんじゃないかとからかった翌日に50リットル近い大量の牛乳をうちに送りつけてくるというとんでもない仕返しにあったのを覚えている。

 ちなみに半分くらいは知佳が自分で持ち帰ったが。


 今更飲んでも身長は伸びない……というのは言わないでおいた。

 次はカルシウムたっぷりの小魚が送られてくるような気がしたからだ。


「未菜さん、送りましょうか?」

「私は車だからな。君たちは何で来たんだ?」

「電車と徒歩です」

「ならむしろ私が君たちを送ろう」


 ということで未菜さんの車で家まで送ってもらうことになったのだが、乗ってみてわかる、この高級感。

 流石に2億ということはないだろうが、かなりお高い車ということがわかる。

 詳しい人なんかはすぐにわかるのだろうか。


 自宅の住所を記憶していなかった俺に代わってウェンディが未菜さんへ家の場所を伝え、それをナビに登録して車を発進させた。


 俺自身正直運転技術にあまり自信がないというのもあって、知り合いが運転してるのを見てるのもちょっと不安になるんだよな。


 そんな俺の不安をよそに未菜さんの運転技術には全く問題がなく、他愛のない雑談をしながら車は走る。

 信号で停まったタイミングで、未菜さんは少し照れくさそうに切り出した。


「それにしても、今日は君達の力を間近で見られてよかったよ。それにいい体験にもなった」

「そうですか?」

「ああ。君達の前で言うのも恥ずかしいことだが、正直自分より強い人間とダンジョン攻略をする機会なんて滅多にない。ソロで潜ることの方がそもそも多いし、パーティを組んだとしても大抵は私が指揮系統を任される。だから……言い方は少しあれかもしれないが、あんな気楽なダンジョンは初めてだったのさ」

 

 ……そうか。

 15歳の時点でリーダーだもんな。

 日本で初めてダンジョンを攻略したパーティの。

 流石に当時から指揮を取っていたわけではないとは思うが、ずっと責任ある立場で在り続けてはいたのだろう。

 

 奔放にしているとは言え、今もダンジョン管理局のトップなわけだし。


「楽しかった。ありがとう」


 そう言って笑みを浮かべる未菜さんの横顔が一瞬だけ少女のように見えたのは、きっと気のせいなのだろう。

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