第41話:魔力の増やし方

1.



「ランキングねえ。確かに知佳の言う通り、あたしが1位っていうのはあり得ないわ」


 WSRのサイトを見ているスノウはさして興味を惹かれた様子もなくそう言い放った。


「何基準かは知らないけど、ウェンディお姉ちゃんが1位であたしが2位ならまだ納得もいく。でもウェンディお姉ちゃんがいない間から1位はいた。だとしたらあんたがランクインしてて、あたし達精霊はそもそもここに入ってないっていうのがしっくり来るわ」

「へえ……」


 ランキングに精霊二人が入っていないのでは、というのは薄々わかっていたが、スノウ自身の評価ではウェンディの方が上なのか。

 ちょっと意外だな。

 慕っているのは雰囲気で分かってはいたが、プライドの高いスノウが自分より上だと認めているとは。

 それを聞いていたウェンディは一瞬なにか言いたげにしていたが、結局口を閉じた。

 

「ま、要するに気をつけてくれって話だな。ぶっちゃけ何があるかわからないから」

「直接的に危険に晒されるのはまっさきにスノウでしょうね。だとしたら心配はいりませんが」


 ウェンディはそう言う。

 そう、スノウだけが狙われるのなら何の問題もない。


「……けど流石にスナイパーライフルなんかだとキツイんじゃないか?」

「1000発くらい同時に撃たれたら無傷で済ますのは難しいわね。相手を」


 相手をかよ。

 

「相手が人間である以上私たち精霊が害されるようなことはまずありません。安心してください、マスター」


 ウェンディもそう言う。

 まあ……スナイパーライフルで1000発撃たれても大丈夫なら本当によほど大丈夫なのだろう。

 そして続けて、


「その手の脅威についてはこちらで対処します。恐らくすぐには武力行使には出ないと思いますが」

 

 知佳と同じような推理だな。

 確かに初手で「1位邪魔くさいな、排除しよっと」みたいな動きにはならないだろう。

 こちらの素性をまずは探り、そして接触してくる。

 それが没交渉になりそうならば襲ってくるかもしれないし、ダンジョン管理局とのように相互協力関係を築くことだってできるかもしれない。

 

「そもそもアメリカは今それどころじゃないと思う」


 知佳がテレビを指差す。

 そこではショッキングな内容を報道番組が伝えていた。


 既にダンジョン攻略の為の特殊部隊が突入しているが、連絡が取れなくなって2時間が経ったと。

 ダンジョン内で2時間音信不通。

 そもそもダンジョンには電波を遮断する効果があるが、一応内部との連絡は取れない訳でもない。

 数年前にそれ専用のデバイスが開発されているからだ。

 もちろん政府主導でダンジョン攻略を進めているアメリカで純粋に電波が繋がっていないから連絡が取れませんでした、なんて凡ミスを犯しているはずもなく。


 アメリカのダンジョン攻略力はダンジョン管理局に並ぶか、それ以上だ。

 上澄みの質で言えば俺的にはダンジョン管理局の方が上だと思っているが、なにせあちらは数が多い。

 その上、政府主導なので軍隊や特殊部隊出身の人がダンジョン攻略をしている事も多いので平均的な能力が高いのだ。

 日本でも自衛隊がダンジョン攻略に挑戦したり、特殊部隊が実は作られていたりという噂も聞かなくはないが、やはりアメリカ程の規模には及ばない。

 それでも世界的に魔石エネルギーの運用や応用技術で着いていけているのはやはりダンジョン管理局の力が大きいということだ。


「犠牲者の数は推定2000人以上……か」


 とんでもない数だ。

 

 今までだって世界規模で見ればダンジョンで亡くなっている人数は数千人ではきかないだろう。

 だが、それも今となっては他の災害や病気、事故などに一つの要素としてダンジョンが加わっているに過ぎない。

 しかし。

 一気にドカンと犠牲者が増え、その上アメリカ政府でもそのダンジョンをどうにかすることを出来ないなんてことになれば。

 

 WSR1位の座をアジアの誰かに奪われたことなど関係なしに、アメリカのダンジョン関連の地位は一気に地に落ちるだろう。

 

「これが日本なら、柳枝やなぎさんあたりに無理いって作戦に組み込んで貰う、とか出来なくもないんだろうけどな」


 或いは勝手に行ってしまっても良い。

 スノウやウェンディも嫌とは言わないはずだ。

 新宿のボスや九十九里浜のボスまで倒した精霊たちだ。

 しかも特に苦戦することもなく。

 九十九里浜はちと状況が特殊ではあったが。

 どうにも手が出ないなんてことはない……と思う。

 

 しかしアメリカで起きていることだ。

 俺たちがどうこうできるような問題でもない。

 

 あちらでなんとかして貰うしかないだろう。


 このときはまだ、俺たちにとっては不安の種ではあっても他人事だった。

 しかし、徐々に。

 徐々に状況は変化しつつあったのだ。



2.




「あいてっ!」


 ピリッと来るような痛みに思わず声をあげる。

 少し痺れも残っているような感じもするな。

 

「あっ……すみません、これ加減が難しいんです」


 その痛みをもたらした元凶こと綾乃が申し訳無さそうに謝る。


「別に加減なんてしなくて良いのよ。その為の実験体ゆうまなんだし。防御を意識してる悠真に痛みを感じさせるくらいの出力が出るのなら、その辺の暴漢なら一撃で昏倒させられるわね」


 そしてその痛みをもたらした真の元凶こと、スノウが言い放つ。

 そう、今のは事務所が特定されて凸られた時に対策用にスノウが綾乃と知佳に教えていた魔法だ。

 魔力で電気を作り、それを相手にぶつけてスパークさせる。

 原理だけを聞くとシンプルだが、実際結構痛い。

 というか俺も不意打ちだと多分意識を持っていかれる。

 今のは二の腕だった上に今から痛いのが来るぞ来るぞで構えていたので大したことはなかったが。

 

 その様子を見ていた知佳がフッと笑う。

 

「だらしない」

「いやこれまじで痛いからな。冬場の静電気みたいな感じ」


 多分もう少し本気で防御しようと思えば出来るのだろうとは思うが。

 それでもスノウの言う通り一般人相手ならば十分以上の効果を発揮するだろう。

 その辺のスタンガンよりも高性能なんじゃないだろうか。

 ちなみに知佳は綾乃より先に成功させていた。

 魔法にも相性があったりするらしいのでどちらが優れているという事でもないとは思うが。


「でもこれ、魔法を教えていったら知佳や綾乃もダンジョンで戦えるんじゃないか?」

「魔力が尽きない限りは戦えるかもしれないわね。私やウェンディお姉ちゃんはあんたから魔力を引っ張ってこれるからまだしも、知佳や綾乃は一度使い切ったら回復するまでは無力なのよ?」

「そういうもんなのか」


 魔法って万能そうだがそういう訳でもないんだな。

 俺は散々魔力が多い魔力が多い言われているので多分よほどのことがないとそれで困ることはないのだろう。多分。


「しかし妙ですね」


 スノウと同じく、知佳や綾乃に魔法を教えてくれていたウェンディが口を挟む。

 

「知佳様の魔力総量が今朝よりも微量にですが増えています」

「え? あ……ほんとね。なんでかしら。本当に少しだけど、普通の人がたったの数時間で簡単に増やせるものでもないわよ、魔力って」


 知佳の魔力が……?

 

「ウェンディが言うってことは気の所為じゃないよな」

「あたしも言ってるんだけど?」

「心当たりはある」


 知佳が手を挙げる。

 心当たり?

 何か魔力を増やすようなことをしたのだろうか。


「みんなが出かけている間、悠真に襲われてたのが関係してるかも」


 スノウが俺を睨み、綾乃が俺から距離を取り、ウェンディまでもが口の端をひくりと動かした。


「待て―い!! 襲ってないわ!!」

 

 なんてこと言いやがる、こいつ。


 女性陣……主にスノウと綾乃の視線が痛い。

 ウェンディは……あれ、ちょっと呆れてる?

 マスターですよ。

 俺、マスターですよ?


「襲われたっていうのは冗談だけど。悠真の魔力を増やすには、精霊とイチャイチャしたりしてのが良いんでしょ。そういう意味だと、悠真は私にイチャイチャさせてたから」

「なんで誤解を生む言い方をするんだお前は」


 というかあれはイチャイチャなのか?

 戯れてるだけじゃないのか?


「ひどいです悠真さん。私は仕事してたのに」

 

 綾乃が俺を涙目で睨んでいる。


 何故俺だけが責められているのだろう。

 しかも泣くほど怒るか?

 仕掛けてきたのは知佳なのに。

 俺は悪くないはずなのに。


「……イチャイチャ、ですか。なるほど、あり得ない話ではないですね」


 ウェンディが真剣な表情を浮かべる。

 ええ、あり得ない話じゃないの……?


「精霊とマスターとの間で結びつきが強くなればマスターの魔力は増えるというのは事実です。魔力を増やす手段であれば、そちらを試したわけではないようですし、言ってしまえば<親密さ>を高めることでマスターと関わりのある人の魔力を高めることはできるのかもしれません」


 ……他の方法というところでウェンディがこちらをちらりと見たのは気のせいではないだろう。


 言っていることの理屈にはある程度の説得力はある。

 だが……

 

「……それって要するに魔力のある人の家族とかも魔力が高まるってことじゃないのか?」

「いえ、それはないと思います」

「なんで?」

「そのような話は聞いたことがありませんから」


 ……さっき言ってたことと違うんだけど。

 

「マスターに限っては例外なのです。魔力が大きすぎるから、あるいは召喚術師であるから、このどちらかが直接の起因かと。或いは両方かもしれませんが。本来、召喚した精霊以外に影響を及ぼしている事自体がイレギュラー。相手が精霊でない場合にどのような挙動になるかは、これからも色々しかないかもしれません」

「試すって……」

「例えば知佳様と積極的になっていただくとか」

「…………」


 知佳の方を見るが、いつもの無表情だ。

 どういう感情なのかはよくわからない。


「もしその方法が成功したとしたら、知佳もダンジョンで戦えるようになるのか?」

「可能性としては大いに有り得ますね。最終的には本人の才覚にもよるとは思いますが」


 ウェンディが肯定する。


「あ、あの!」


 綾乃が急に大きな声を出した。


「そ、その実験って被験者はたくさんいた方がいいですよね!」


 ウェンディはちら、とこちらを見る。

 いや、俺を見られても困るんだけど。


「マスターもまんざらでもなさそうなので、綾乃様にもご協力いただければ」


 俺の表情から何を読み取ったの?


「良かったわね悠真。これからは美少女と合法的に仲良くできるわよ」


 スノウがにやにやと笑いながらそんなことを言ってきた。


「まるで違法的に仲良くしていた過去があるみたいな言い方するのやめてもらえる?」

「それはそうと、マスター。実はスノウと買い物中に一つちょっとした思いつきがありまして」


 改まった様子でウェンディが切り出してくる。


「思いつき?」


 俺がオウム返しにすると、スノウが答えを引き継いだ。


「ええ、あんた並の武器は力が強すぎてまともに使えないでしょ?」」

「確かにそうだけど……つまり思いつきってのは武器関係のことか?」

「そういうこと。ちょっと中庭まで着いてらっしゃい」


 くいくい、と指でジェスチャーをして歩き出すスノウ。

 とりあえず俺はそれに着いていくのだった。



3.



「これよ」


 中庭でスノウが手渡してきたのは、石ころだった。

 何の変哲もない……石だよな?


「スノウ、説明をしないとマスターも何も分からないでしょう」


 ウェンディがスノウを嗜める。


「マスター、その石に魔力を込めることが出来ますか?」

「石に……?」

「基本的には魔法を使う際、指先に魔力を集める要領です。石を自分の身体の一部だと思って、そこへ魔力を集めるように」

 

 ん……

 難しい注文だな。

 そもそも魔法を使うのにもそれなりの集中力が必要なのだ。

 それで自分の指先に集めて使うのだから、それが自分の身体でない石ころともなれば難易度は跳ね上がる。

 

 とにかく言われた通りしばらくトライしてみるが……


「……うーん、無理っぽいな」


 難しいなんてもんじゃなかった。

 出来るようになるビジョンすら見えないぞ。

 

 見物に着いてきた綾乃もそこら辺に落ちている石に向かってうむむ……と唸っているが出来そうになる様子はない。


「ま、一発で成功するとは思ってないわよ。あたし達のいた世界でもこれが出来たのはごく一部だもの。あたしも出来ないわ」


 言いながらスノウは石ころを拾い、それに魔力をあっさりと込めた。

 ……魔力、込められてるよな?

 ちゃんと石から魔力を感じるし。


「出来てんじゃん」

「あたしのは不完全よ。ほら」


 ぽいっとこちらに石を投げて寄越す。

 それをキャッチしようとしたら、その直前にパキッという音と共に砕け散った。

 

「なんでこうなるんだ?」

「込め方が下手くそだから、魔力による影響が物質の破壊に向かってしまったのよ。本当は強化をしたいんだけど。それに、あたしが込められるのは精々それくらいのサイズの小石まで。仮に強化出来たとしても意味はないわ」

「私はそもそも小石にも出来ません。才能だけではなく、相性のようなものも関係しますので」


 ウェンディは首を横に振る。

 そんな鬼難易度なことを俺にやらせて何をしたいのだろう。


「強化って言ってたけど、それはつまりこの小石がめっちゃ硬くなるとかそういう話なのか?」

「肉体の強化と大して変わらないわ。武器に施せば破壊力が上がったり、切れ味が上がったり。頑丈さが上がったりね。付与魔法エンチャントって言うんだけど、使い手は本当に少ないのよ。莫大な魔力と繊細なコントロールが求められるから」

「コントロールはやってりゃ分かるけど……魔力も大量に必要なのか」

「維持するのに物凄く魔力を使うのよ。あんたくらいの魔力量なら正直大した量でもないから、もしあんたが付与魔法を使えればと思ったんだけど、流石にすぐには無理そうね」


 すぐにというか、一生かかっても出来そうにないのだが。

 今の所全く出来そうになる気配ないし。

 

「逆に小石だと小さすぎるのかもしれません。どうせ武器に付与するのですから、最初から武器にした方が良いかもしれませんね」


 そう言ってウェンディは家の中に戻る。

 そして持ってきたのは、前回のダンジョンではほとんど使うことのなかった真っ黒い棒だ。

 本気で使うと折れたり曲がったりしてしまうので実用性はほとんどなかったのだが、なるほど、付与魔法とやらを使えるようになればこれが一気に化ける訳か。


 棒を手渡され、トライしてみる前にスノウに聞いてみる。


「なにかコツとかないのか?」

「あんた意外と魔力コントロール上手いから、やりすぎかもってくらい魔力を込めてみたら良いんじゃない? 理性が働きすぎてるのよ」


 うーむ。

 やりすぎかもってくらい、か。

 目を閉じて、身体の中にある魔力を意識する。

 正直自分の魔力が多いとか少ないとかはまだよく分かっていない。

 自分の匂いがわかりにくいように、自分の魔力に関しては感じづらいのだろう。

 しかし体内を流れている魔力くらいは分かる。

 それを一気に腕へ、手へ――そしてその先にある黒い棒へ。

 流し込むイメージ。


「あっ」


 出来た、と思った瞬間。

 黒い棒は砂のように粉々になって崩れた。

 

 ……え?

 そんなことある?


「そのサイズのものを粉々にするって、あんたどんだけ魔力込めたのよ」


 スノウが呆れ半分驚き半分みたいな声音で俺を非難する。


「いやお前が言ったんだからな? やりすぎかもってくらいって。ていうかあれ高いのに! 粉々になっちゃったよ!」

「同じものを大量に発注しましょう。完璧にコントロール出来るまで。綾乃様、お願いします」

「あっ、はい!」


 ウェンディがそう言うと、綾乃がメモ帳を取り出してすぐにメモった。

 あそこの連携完璧じゃん。

 今日初対面だよね?

 なんとなく秘書タイプっぽいもんな、二人とも。

 タイプは違うけど。

 そもそも綾乃は事務仕事出来るタイプだし。ウェンディも同じく知識さえあれば出来そうだし。

 ちなみに俺は絶対無理なタイプだ。 

 なんか細かいところで変な凡ミスばかりしてむしろ仕事を増やしそう。

 知佳は……出来るかもしれないがやらないだろうな。

 スノウは俺と同じタイプと見た。

 そういう点では今まで綾乃一人に負担を負わせていたのを多少軽減出来るので良いのかもしれない。

 別に狙ってウェンディを召喚した訳ではないが。

 

 しかし完璧にコントロール出来るまで、か。

 どれだけかかることやら。


「どれくらいで出来るようになると思う?」


「私の知る限りでは、2年間の修行で出来るようになった者が最速でしたね」


 気の長い話だな。

 俺が出来るようになるのはいつになる事やら。

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