第三章:変化
第40話:警戒すべき対象
ロサンゼルスでのダンジョン災害について聞いた俺たちが何をしたかと言うと……特にすることはなかった。
というか、出来ることがそもそもない。
アメリカは政府主導でダンジョン攻略を進めている為、一民間人である上にそもそもアメリカ国民ですらない俺に出来ることがある訳なかったのだ。
大変そうだな、とは思うがそれ以上何をする訳でもなし。
こちらはこちらで通常営業をするしかないのだ。
で、俺はどこかのダンジョンに行くことになると思っていたのだが、そのダンジョンに行くよりも先にやることがあった。
それはウェンディの身の回りのものを揃えることだ。
とは言えそれを俺がやる訳にも行かず(だってほとんど女の趣味なんて分からないんだもの)、その買い物にはスノウとウェンディの二人で向かうことになった。
……意識を阻害する魔法を使うとは言え、それでもめちゃくちゃ目立ちそうな二人組だが大丈夫なのだろうか。
なにせスノウはスノウだし、ウェンディはウェンディだ。
何が言いたいかと言うと、二人とも人間離れしたとんでもない美人である。
良からぬ虫がつかないとも限らない。
いや、つくと限る。
……まあ大丈夫に決まってるいるのだが。
なにかの間違いで二人をナンパしてしまう哀れな被害者が出ないことを祈るしかない。
一応ウェンディには伝えておいたが。
もし何かあっても怪我とかさせないようにねって。
……心配いらないはずの二人なのに、心配なのは不思議だ。
そして綾乃は役所へ行っている。
何かしらの手続きがいるらしいが、聞いてもよく分からなかったので分かる彼女に任せた。
どうせ暇だし着いていこうと思っていたのだが、出かける準備をしていたところで知佳に声をかけられた。
曰く編集作業を手伝って欲しいと。
パソコンは専門外とは言え人並み程度には使える。
全く分からないことをする綾乃に着いていくよりもそれなりに戦力になりそうな方を手伝おうということで家に残ったのだ。
というところまでは良いのだが……
「何故俺の膝の上で作業をするんだ?」
「偶然」
「知ってるか。人の意思が介在してる時点で偶然ってのはあり得ないんだぜ」
「わあ、賢い」
「こいつ!」
リビングには座卓とテーブルの両方がある。
というのも、元はテーブルしかなかったのだが、俺が座卓の方が好きなので個人的にネットで購入したのだ。
二つ置いても十分スペースには余裕があるし。
でそこに座ってパソコン作業をしようとしたところ、すかさず知佳が俺の膝の上に潜り込んできたのである。。
ちんまい知佳だからこそ出来る芸当だ。
しかしこいつは何を考えているのかいまいちよく分からんな。相変わらず。
「ったく……手伝えって言ったから残ったのに、何もしないんじゃ俺ただサボってるだけじゃねえか」
「悠真の手を借りるくらいなら私が二人に分身した方が早い」
「すげえなお前分身出来るのかよ」
「4人までなら可能」
「天○飯かよ」
「ただし一人あたりの作業効率は4分の1」
「天津○かよ」
ドラゴ○ボール知ってるんだな。
スノウも某ハンター漫画のこと知ってたし案外女子の間にも浸透しているのだろうか、少年漫画って。
スノウと知佳が特殊なだけな気もするが。
しかし女子が自分の通じる少年漫画ネタを知ってると妙に嬉しいこの感覚ってなんなんだろうな。
逆に俺は全然少女漫画を知らないのだが。
「分身は冗談として、なんで俺を残らせたんだよ。まさか俺のことを椅子と勘違いしてるんじゃないだろうな」
「半分はそう」
「お前人のこと半分は椅子だと思ってるの? もう半分はちゃんと人なんだろうな?」
「え? うん……まあ」
「なんで歯切れが悪いんだ!」
本当にこいつの中での俺の評価が心配になってきたぞ。
半分は椅子でもう半分はちょっと迷った末の人間て。
「悠真、明るくなったね」
「お前は俺のオカンか。元々こんなんだろ」
「初めて会った時は死んだ目してた」
「死んだ魚のような目とかじゃなくて死んでるのかよ、俺の目」
「実際そうでしょ?」
悪びれる様子もなく、知佳はじっと俺を見上げる。
……なんでか、こいつには嘘をつき通せる気がしないんだよな。
「……まあ、当時はな」
あの時は色々大変だったし。
「人とか殺してそうだった」
「流石にそこまで荒んだ目はしてねえよ!?」
「初めて話しかけた時も殺されるかと思った」
「それは嘘だね! 絶対嘘だね!」
「最近は本当に元気になった」
「だからオカンかっての」
実は俺の保護者だったのだろうか。
今の絵面は真逆だけど。
姪っ子と戯れてるお兄さんって感じだ。
しかし見た目がロリでも中味は立派な成人女性である。
上がっている筋力に物を言わせて知佳を座った姿勢のままどけた。
腕だけで小柄とは言え人間を軽く持ち上げられるのだから、俺も随分なもんだな。
「……あっ、変なところ触らないで……」
「断じて触ってないね!」
「私の弱点その1。腋の下」
「…………」
……だからどうしろと?
俺がこいつの腋の下を狙っている絵面を考えてみろ。
間違いなく逮捕されるわ。
「残って貰ったのには一応理由はある。スノウやウェンディはネットについてはまだ詳しくないだろうから」
一通り俺をからかって満足したのか、知佳はすっきりした表情で話し始める。
男と二人きりでその距離感はまずいのだとそろそろ思い知らせてやるべきかもしれない。
「って、ネット? インターネットのことだよな?」
「そう。今ちょっとしたお祭り騒ぎになってる」
「……やっぱダンジョン界隈か?」
「だけじゃない。動画について語り合ってたりダンジョンについて語り合ってたり。でもごく一部とは一番不穏な盛り上がりを見せてるのは……悠真、WSRって知ってる?」
WSR?
「いや、聞いたことないな」
「予想でもいいから当ててみて」
なんという無茶振り。
「ワールド……サービス……ロケーション……?」
俺がWとSとRでパッと思いつく単語を並べてみると、心底ダメな奴を見るような、蔑みを超えてもはや慈しみを感じる眼差しで知佳が俺を見ていた。
「おい、なんだその目は」
「ロケーションはLocationでLなんだけど」
…………。
「今のはお前を試したのさ」
知佳はそんな俺を無視して話を進める。
「正解はWorld Searcher Ranking。日本ではあまりメジャーじゃないけど、一部の探索者は知ってる」
「世界探索者ランキング……か?」
「そういうこと。とあるサイトに乗ってる」
「へー……」
そんなのあるのか。
いやだがしかし、WSRとやらの存在を知らないとしても探索者の中で誰が一番強いのか、なんてことは誰しも考えることだ。
「物好きもいるもんだな」
「物好き……くらいで済めばいいけど」
知佳が先程までとは打って変わってシリアスな雰囲気を出す。
「ちょっと前に、このランキングの1位が更新された」
知佳はノートPCの画面を俺にも見えるように出してくる。
そこには黒い背景に黄色い文字でデザインしてあるサイトが映し出されている。
そして上から順に1、2、3、4と続いているあたり、先程言っていたWSRとやらなのだろう。
「名前のすぐ横にあるのはエリアだよな? NA、AS、EUとか。やっぱ上位はNA、北米が多いんだな。後はアジアもちらほら……中国とかかな? 名前が出てる人と出てない人がいるのはなんでだ……民間人と軍人とかの差か?」
「大体その認識であってる。ちなみに8位の人はダンジョン管理局の社長じゃないかって言われてる。ほんのちょっと前までは7位だったけど」
「未菜さんか」
世界強さランキング8位なのか、あの人。
そう考えるとぶっ飛んでるな。
「ちなみにこのランキング、何が評価項目なのかは明かされてない。調べた感じだと純粋に上に行けば強いって訳でもないって言われてる」
「へー……1位のASは中国かな。」
「多分、違う。私の予想が正しければだけど」
「そうなのか。じゃあどこだ?」
「ここ」
知佳がそう言いながら俺を指差した。
すすす、と横に動くと知佳の指もついてくる。
一応後ろを振り返ってみるが、もちろん誰もいない。
「古典的なボケしないで」
呆れたように言われた。
何故俺が叱られるのか。
「……俺ってことか?」
「多分」
「そんなわけあると思うか? ダンジョン界隈で俺の存在を知ってる人なんてかなり限られるぞ。それにどんなランキングかは知らないけど、俺よりスノウやウェンディの方が圧倒的に強いんだから俺が入るならあの二人も入ってないとおかしい」
なんなら仮契約状態でも俺より強いだろう。
今の状態なら分かりやすく言えば蟻と象くらい違う。
「私も最初は1位になったのはスノウだと思ってた。けど、ウェンディが出てきても更新されないってことは、精霊はそもそもカウントされてないんだと思う」
「だから俺だと?」
「そう」
根拠としては薄いような気もするが――
しかし確かに、そう言われてみればそうなのかもしれない。
「けど仮に俺だとして、なんでこのサイトの運営者は俺をランキング1位にできたんだ?」
俺の事を知っている者なんてほとんどいないはず。
いや、そもそも未菜さんのことだってそうだ。
何故世間にも公表されていない存在のことをこのサイトは知っているのか。
日本国内だけの話ならばそれこそダンジョン管理局が関わっているのかもしれないが、世界規模ともなれば話は変わってくるし……
「……もしかしてダンジョン管理局が情報を流して……?」
いやだが柳枝さんがそんなことするか?
もちろん深く関わり合っている訳ではないからなんとも言えないが……俺は可能性としてはかなり低いと思う。
というか、思いたい。
「私も違うと思う」
俺が葛藤していると、知佳があっさりそれを肯定した。
「このランキングが作られたのはダンジョン管理局ができるより前だから」
「……そっか」
それならあり得ない話か。
今ほどダンジョン管理局が力を持ち始めるのも会社としての体を成してしばらくしてからだし、それ以前にそんな大それたことができるとは思えない。
「じゃあなんで俺のことをこのサイトの運営は知ってるんだ……?」
「そこは詳しく考えても意味ないと思う」
「……なんでだ?」
「10年近く、このサイトを知っている人がどれだけ考えも答えが出なかったから」
「……そっか」
シンプルだが、確かに考えるのは無駄だとわかる論法だ。
「でも俺が1位かあ。命とか狙われたりしてな」
なんて半分冗談で言うと、知佳はじっと俺を見つめた。
「……どしたの?」
「あながち笑い事でもないかも」
「え……」
「このランキング、上位は基本的にアメリカの軍人や特殊部隊メンバーが占めてる。アメリカがダンジョン開発に関していつもトップを走り続けていたのはその影響も大きかったって言われてる」
「……それで?」
「急に出てきた正体不明のアジアに住んでる1位。アメリカがほっとくと思う?」
「そんな陰謀論じみたこと……」
……あり得ない、とは言い切れない。
「けどアジアだって広いだろ。その中からたった一人を見つけるのは難しいんじゃないか」
「新宿ダンジョン、九十九里浜のダンジョンが立て続けに攻略されて、既にこの会社の名前も世間に出てる。しかもそれは日本――つまりアジア圏で起きていること」
「……おいおい」
「まあ、実際危険かどうかはまだわからないけど。表に出てるのはスノウだけだし」
確かにスノウが普通の人間に命を狙われてそれで危険に陥るかと言われたら間違いなくノーだが。
むしろその命を狙ってる奴の命が危ない。
だが、その矛先が俺に向いたらどうだ?
真正面からよーいどんで格闘戦になることなんてまずないだろう。
スナイパーで視認もできない位置からズドン。
そんなことだってあり得るかもしれない。
「悠真……もしくはスノウが1位だってことに気付いたらまずは接触を図ってくると思う。対処はそれからでもいいかも」
「……わかった」
これはあれだな。
思ってた以上に大ごとになりそうだな。
とりあえず、スノウとウェンディにもこの話はしておいた方がいいだろう。
……しかしウェンディはともかく、スノウにはまずこのランキングの乗っているサイトがどういうものなのかを説明する必要がありそうだが。
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