第42話:管理局からの依頼
1.
「露払い……ですか?」
電話の向こうで柳枝さんは頷いた。
『ああ。攻略したダンジョンはモンスターが新たに湧かなくなることは知っているな?』
「はい」
『新宿ダンジョンは特に規模が大きい。実は既に政府からせっつかれていてな。早く利用できるようにしてくれと。なのでまずは最終層である9層の確認をしようと思ったのだが、如何せんモンスターの数も多い上に強い。特に7層以降はこちらの主力を出してもすぐに突破することは難しい。更に言えば、そのまま9層まで行くとなると時間がかかりすぎるのだ』
そういえば7層くらいから妖怪みたいなのが出てくるんだったな。
ダンジョン管理局の主力メンバーと言えば生え抜きの探索者ばかりだ。
それでも厳しい程なのか。
『7層から8層、8層から9層へと続く主要なルートの周りだけでいい。モンスターを倒して欲しい……引き受けてくれるか?』
「もちろん」
断る理由がない。
もうボスは倒しているのだから、湧いてくるのはただのモンスター。
危険もさほどないだろう。
『それで報酬についてだが、可能な範囲で君の望む限りの額を出そうと思う。時給ではなく日当計算で頼む』
「おお……」
そんなこと言われたのは初めてだ。
とんでもないVIP待遇なんじゃないか?
こういうのってどれくらいふっかけていいものなのだろうか。
「とりあえず……2万くらいでどうですか?」
大体俺のような大学生がバイトをしようと思ったら日当1万くらいだろう。
ダンジョン管理局は大企業だし、こうして直々に依頼をもらっているくらいなのだからそれくらいは払えるだろうという魂胆だ。
そもそも何百億と支払える能力があるのだからこれくらいなら出し渋ってくることもないだろう。
しかし返ってきた答えは俺の予想に反して怪訝なものだった。
『2万……だって……?』
やばい、これは見誤ったかもしれない。
一介の大学生ごときが調子に乗るなと怒られるパターンだろうか。
『……いや、そうか。君は相場を理解していないのか。そう考えれば仕方のないことなのかもしれないな』
いえ、理解してるんです。
理解しててふっかけたんです。
すみませんでした本当に。
俺がなんと言って謝ろうかとヒヤヒヤしている間にも柳枝さんは言葉を続ける。
『君の実力や実績を考慮すればその100倍でも全く足りない程だからな。とりあえず君が納得するのであれは1日あたり700万でどうだろうか』
「700万……!?」
『もちろんスノウホワイト君と……ウェンディ君だったかな? 彼女達が同行するのなら人数分同じだけ支払おう。それで足りないというならばもう少し出すが。君の働きは並の探索者10人以上にも匹敵することを考えれば、これでも少ないくらいだからな』
「いえ、それで結構です。それ以上はいらないです」
数百億とかいう単位で今まで取引をしていたせいで物凄い大金だということ自体は理解していても、イマイチ実感が湧いていなかった。
だが700万という、もちろんとんでもない大金ではあるのだがまだ手の届きそうな額を提示されたお陰で自分がどれ程の価値を持っているのかを今やっと理解できたような気がする。
『それから……君には必要ないとは思うが助っ人が一人いる。現地の入り口で待機させておくので邪魔だと思えば追い返してくれ』
「助っ人……ですか? 俺が行くのって7層から先ですよね?」
そこから先で助っ人になりうる戦力がいるのか。
いやダンジョン管理局だからな。
それくらいの人材がいて当然なのか。
『ああ、そうなるな』
「大丈夫なんですか? その人の安全まではちょっと……」
もちろん戦力的には赤ん坊を連れていったって問題はないだろう。
しかし絶対怪我をしないかと言われると保証はできない。
『それについては問題ない。少なくとも足手まといにはならないはずだ』
「わかりました。ちなみにダンジョンへ行くのはいつですか?」
『いつでも構わないが、できるだけ早い方がいいな』
「今からって大丈夫ですか? その助っ人さんのスケジュールとか」
ぶっちゃけ今かなり暇なのだ。
やることがなさすぎて。
『今からか? …………』
ん? 何か電話の向こうで話しているのか?
『問題ないそうだ』
あ、その助っ人がすぐそこにいるのか。
誰が来るのだろうか。
俺結構人見知りなんだけど大丈夫かな。
「では、すぐに行きます」
『わかった。そのように手配しておこう。悪いが、頼んだぞ』
2.
「やあ、ご無沙汰してるね。悠真君に、ウェンディさん」
新宿ダンジョンの入り口へ向かうと、一目で助っ人が誰なのかわかった。
というか、近くまで来た時点で覚えのある魔力があったのですぐにわかったのだが。
長い黒髪をポニーテールに纏め、目つきは鋭く、スタイルは抜群に良い。
既にプロテクターを装着して準備万端で待っていたのは、伊敷 未菜――つまりダンジョン管理局のトップであり、日本初のダンジョン攻略パーティの元リーダーでもある生ける伝説である。
柳枝さんが新宿ダンジョンの7層以降であっても足手まといにはならないと断言するはずである。
背後にある黒いセダンは未菜さんの私物か、ダンジョン管理局の車かどちらだろうか。
掃討が終わるまで新宿ダンジョンは一般向けには閉鎖されるので全く人影もない。
連日大人気だったはずなのでこんな光景を見るのは一生に一度あるかないかだろうな。
ちなみに俺はウェンディと二人で来た。
ボスのいないダンジョンに精霊二人は過剰だろうということと、動画の撮影があるのでスノウは留守番だ。
俺達も挨拶を軽く済ませた後、ウェンディが未菜さんへ訊ねる。
「その後のお怪我の様子は如何でしょうか、未菜様」
「この通り、快調だよ。完全に治ってしまった」
折れていた肋骨なんかも完治しているようだ。
俺が死にかけたときも完全に治ってしまったくらいだし、改めてとんでもない力だ。
「助っ人って未菜さんのことだったんですね……管理局の方は忙しくないんですか?」
「当然忙しい。だが、こちらもこちらで急務なのだ。何せ今後は更に忙しくなりそうだからな」
「今後?」
「君たちもニュースで見たんじゃないか? ロサンゼルスの件だよ」
未菜さんの言ったそれはもちろん知っている。
ビルそのものがダンジョン化するという異例の事態。
「……その対応に追われるってことですか? 問い合わせとかの」
「その程度なら君達のやってくれた新宿ダンジョンや九十九里浜の件の方が大変なくらいさ。問題はアメリカがあのダンジョンのどこかで今も助けを待っている生存者を探すことができなかったときだよ」
そこまで聞いて、ウェンディはピンと来たようだ。
「他国へ協力の要請をする可能性があるということですね」
「そう。特に日本は探索者に政府との絡みがないということになっているからな。アメリカからの要請は民間……管理局へ来ることになるだろう」
未菜さんは言う。
そして今の話の中には含まれていなかったが、つまりそれはアメリカが失敗することを前提で動いているということだ。
既に突入した特殊部隊と連絡のつかない状況だ。
出現の仕方もそうだが、恐らく難易度も普通ではない。
「まあ、君達はそこまで気にする必要はない。こればっかりは私たちの問題だからな」
未菜さんは運転してきたであろう車の後ろに回りながらそんなことを言う。
そしてトランクを開くと、そこから一振りの刀を取り出した。
九十九里浜の時に持っていたものとは鞘の柄が違うので、恐らく別の一振りなのだろう。
「さて、それじゃサクサクやっていこうか。精霊の力というのもぜひこの目で見てみたいな」
パチン、と未菜さんがウェンディに向かってウインクをした。
だから俺よりかっこいいのやめてもらえますかね。
自信なくすんですけど。
3.
「……話には聞いていたが、精霊とはここまで凄まじいものなのか」
普段はクールな未菜さんだが、唖然とした様子を隠しきれていない様子でそう呟いた。
未菜さんが驚くのも無理はない。
というのも、今回の依頼は7層から9層までのルートを掃除してくれというものだった。
新宿ダンジョンは1層から3層あたりまでアミューズメント施設のようにして運用するらしく、残っている大量のモンスターは一般向けへそのまま開放するということになったようだ。
それを知ったウェンディが一言、「ついでですから」と言いながら4層から先の目に入るモンスター……いや、視界に入っていないモンスターすら一掃し始めたのだ。
確かに普通に歩きながらモンスターを倒せるのならついでにしかならないだろう。
似たようなことはスノウもやっていたが、範囲があまりにも違う。
というのを何故俺たちがわかるのかと言うと、倒した後に発生した小さな魔石までご丁寧に風でこちらまで運んできているからだ。
魔石群は俺たちの後ろで風でふわふわと浮かびながら着いてきているのだが、既に軽く数千個はあるように見える。
新宿ダンジョンの中を普通に散歩しているだけでどんどん魔石が集まってくるという状況。
魔石は大きければ大きいほど指数関数的に含有エネルギー量も増えるのでこれらすべてを集めてもボス一体から出る魔石一つに劣る程度のエネルギーしかない。
とは言え、塵と積もれば山となる。
この魔石だけでも日当の700万どころか億単位での取引になるだろう。
せっかくちょっと金銭感覚が正常に戻ったような気がしたが、またおかしくなってしまいそうだ。
ちなみに今歩いているのは6層。
ほぼ真っすぐ次の層へ続く階段に向かって歩いている上に立ち止まることもほとんどないのでスノウと来た時よりも早く進んでいる。
「なあウェンディ、これってどれくらいの範囲のモンスターを倒してるんだ? もしかして全部……とかじゃないよな?」
「流石に全部やろうと思うともう少しゆっくり進む必要があるので、現在索敵と排除しているのは半径1kmの範囲のみです」
やろうと思えばやれるのか……
流石にそこまでの負担を強いるわけにもいかないし、そもそも掃討を仕事にしようと目論んでいる探索者も一定数いるだろうからあまりやりすぎないようにと一応釘を差しておいた。
多分そんなこと言わないでも分かっているだろうが、ウェンディは律儀に「はい、マスター」と頷いてくれる。
そんな様子を見ていた未菜さんは呆れたように言う。
「……君達が本腰を入れたら数年で世界中のダンジョンがなくなるんじゃないか?」
「仮にそうなったらどうなります?」
「今は無限に近い供給源があるから誰も気にしていないが、もし世界中からダンジョンがなくなれば魔石もいずれは尽きるということになる。つまりダンジョンが現れ、魔石が新エネルギーとして台頭してきたあの時期の混乱が再び起きることになるな」
要するに10年前から8年前の、第一次産業革命時を超えたとさえ言われている大混乱の時代が再び訪れるわけだ。
「……程々にやります」
「……ぜひそうしてほしいものだな」
あまりにも現実味を帯びた話に、俺はそう言うことしかできなかった。
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