第39話:不安

1.


 

 新宿ダンジョンの事に加え、九十九里浜のことまでトレンドに加わった情報番組は大変そうだった。

 しかも新宿ダンジョンに関しては妖精迷宮事務所の言っていることが真実である、と言うことがダンジョン管理局からつい先程発表されたばかりだ。


 巷ではまだ動画を出す前から既に九十九里浜も妖精迷宮事務所の仕業ではないかと噂されている。

 

 実際は俺、つまり妖精迷宮事務所と未菜さん――つまりダンジョン管理局での共同作戦(?)なのだが。


 どの番組を付けても自分達のことを特集している。

 

「これ動画切り抜かれてるけど、許可出してるのか?」


 少し離れたところでスマホを眺めていた知佳に聞くと、ちらりとこちらを見た。


「個別に許可を出すの面倒臭いから、一番最初の動画に関しては切り抜き自由ってことにした。概要欄にも書いてある。商用利用もしたけりゃ勝手にしてって感じで」

「そこまでフリーでいいのか?」

「数百数千にものぼる問い合わせに個別に対応するのは、無理」


 そんなことになってるのか……

 知佳の負担はかなり大きいな。


「あれ、綾乃は?」

「お風呂」

「…………」


 やっぱり男女共同のシェアハウスって良くないんじゃないかな。

 

「変態」

「俺が悪うござんしたよ!」


 知佳が生ゴミを見るような目で俺を見ている。

 いやだってしょうがないじゃん!

 年頃の男の子だもの!


 ちなみにスノウとウェンディは部屋で二人で何事かを話している。

 多分俺が混ざっていっても役には立たないような話だろう。


「そういえば」


 と何かを思い出したかのようなリアクションを取りながら知佳が俺に近寄ってきて、何故か膝の上に座った。

 

「スノウの動画を見て、テレビ出演のオファーとかたくさんきてる。あと美容品メーカーとかからスポンサーになりたいっていう打診も」

「それを俺に密着して言う必要はあるか?」

「二人きりでしょ?」

「理由になってないのわかる?」


 こいつの頭頂部を顎でぐりぐりしてやろうかと思っていると、それを察知したわけではないだろうが、ぐりんと知佳が上を向いた。

 つまり身長差の関係で俺の方を向いたわけだが。


「昨日すごい声だった」


 ドキン、と心臓が跳ねる。


「す、すごい声? な、なんのこ、ことだ?」

「どもりすぎでしょ」

「なんのことだか……」


 ま、まさかバレたのか?

 いやしかし確かに昨日のウェンディは結構……

 

 ぐりん、と知佳は俺の方を向いた。

 今度は上を向いた、という意味ではなく。

 

 普通に体ごと振り向いてきた。

 そして耳元で囁く。


「昨日はお楽しみでしたね♡ って言ったらわかる?」

「おまっ……」


 やばい、と思った俺は慌てて知佳を下ろしてソファの裏へ回った。

 あと2秒遅かったら友達でいられなくなるところだった。


「なんで前屈みなの?」


 絶対こいつ分かっててやってるだろ。

 からかってるとかのレベルじゃないぞマジで。

 そのうち本当に襲ってしまいそうだ。

 特に既に昨日我慢できなかった前科があるわけだし。


「……腹が痛いからトイレに行ってくる」


 と、俺がそこから離れようとしたタイミングで。

 テレビが速報を報せる、あのどことなく不安になるような音が鳴った。


「え……」


 ――アメリカ・ロサンゼルスで高層ビル型のダンジョンが出現。大規模なダンジョン災害に巻き込まれた死者・行方不明者数は少なくとも1000人以上と見られる――


「高層ビル型のダンジョン……?」


 それに死者・行方不明者数が1000人以上だって?

 たった一つのダンジョン発生にそれだけの人数が巻き込まれることなんて今までなかったはずだ。

 ニュースを見てすぐにスマホで何かを調べていた知佳が、少なからず驚いたような声をあげた。


「このダンジョン、出現したのではなく元々ある高層ビルがして出来たものと観測されているって」

「変異だって……?」



2.



 ダンジョンに関する緊急事態なので、部屋で話し込んでいたスノウとウェンディを呼んできた。

 既にニュースで流れているものを見たウェンディが難しそうな表情を浮かべる。


「既にある建物が変異してできたダンジョン……ですか」

「どうだ? 何か心当たりあるか?」


 だが、ウェンディもスノウも首を横に振った。


「元々ある建物が偶然巻き込まれるのならまだしも、そのものが変異というのは……その情報は確かなのですか?」

「ニュースではまだそれっぽい、とだけ言っているけど、ネットに出回ってる映像をさっき知佳が見つけたんだ。それを見る限りは……飲み込まれたとはちょっと言い難いな」


 スマホの画面を二人に見せる。

 そこにはビルの外壁が突如として凸凹になり、更に少し巨大化したような様子が映っていた。

 周りにある建物がそれに影響されて少し崩れていたり、人々が逃げ惑っているのが印象的だ。


 音声のない映像だが、人々の悲鳴が聞こえてくるようにさえ感じる。


「……というわけなんだが」

「確かにこれはダンジョンにと言っても良さそうね」


 スノウがシリアスな様子でそう判断した。


「だよな」


 死者・犠牲者が1000人以上ともなれば未曾有の大災害だ。

 初めてダンジョンが現れた時の犠牲者はその比ではなかったが、あれは世界中に同時出現したから。

 一つのダンジョンが及ぼす影響としては今回のものが間違いなく最高レベルだ。

 

 現れるはずのない階層にボスが現れたり、起きるはずのない既存の施設のダンジョン化があったり。

 まるで今まで皆がぼんやり定まっていると思っていたルールが――世界そのものが狂い始めているような。


 そんな不安が俺たちの間に影を落としていた。

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