第37話:あと何人?
1.
「マスター、起きていますか?」
「……起きてるよ」
隣で寝転がるウェンディが囁きかけてくる。
というか寝られるはずがない。
体は疲れているが、眠れない。
そりゃそうだ。
隣でこんな美の化身みたいなのが寝てたら目が冴えて眠れないに決まっている。
「私達姉妹のことについて、少しお話したいことがあるのです」
何やら真剣な話っぽいので、上半身だけ起こしてウェンディの方を見ようとし――あちらも裸なのを思い出して目を逸らす。
「姉妹って、ウェンディとスノウのことか?」
「いえ、あと二人いるのです。私達は四人姉妹なので」
「……
「精霊を召喚するのは運が絡みますから――姉妹が揃う確率なんて普通に考えたら宝くじに当たるよりもずっと低いんです。だからお優しいマスターに余計な負担をかけないように、黙っていたのだと思います」
「……そっか」
スノウもあれでただの傍若無人な性格というわけではない。
一見俺を虐げているだけにも見えるが、何か考えがあってのことなのだろう。
……何か考えがあってのことなんだよな?
「だとしたら俺は相当運がいいってことになるな。いや、この場合はスノウかウェンディの運かもしれないけど、後の二人も召喚できたらいいんだけど」
スノウはウェンディに会った時、泣いていた。
ウェンディに話しかけられるまで不安そうな顔をしていたのも、怒られるのが怖かったのかと思ったがそうではなく――姉に会えたのが本当かどうかが不安だったからではないか。
夢のようだ、と思ったのかもしれない。
だとしたら後の二人も召喚してやりたいと思うのが人情ってやつだろう。
「運ももちろんありますが……一番最初に召喚したのがスノウではなく私だったら、恐らく姉妹は誰一人召喚できなかったでしょうね」
「何か因果関係があるのか?」
「スノウが強いのはご存知ですよね」
「ああ、それはもうたっぷりと」
あのタコ型のボスと戦ってはっきりした。
スノウははっきり言って異常な程に強い。
俺があれだけボロボロになってやっと一矢報いたボス相手にも、スノウがいれば誰一人傷つかず無傷で倒せていただろう。
地球を氷河期にできるというのも、あながちはったりとは思えなくなってきた。
「その強さが起因しているのだと思います。強い力が重力のようになって、縁のある精霊を引き寄せているんです。そこに微力ながら私も加われば、あとの二人も召喚できるかもしれません」
……その言い方だと、まるでウェンディがスノウに劣っているように聞こえるな。
それを指摘しようかと思ったが……
こういうのは俺ではなく、他の姉妹……例えばスノウとかから直接何かを言った方がいいんだろうな。
スノウの態度を見ていればわかる。
あいつはウェンディのことを尊敬している。
姉として、あるいは精霊として。
そうでなければ姉であろうとなんだろうとあのような態度を取るような奴ではないだろう。
そしてウェンディもそれに気付いていないはずもないが……
髪に素養が現れるということは、ウェンディはスノウが生まれてすぐに姉妹の間に素養的な格差が生まれたことを知っているか、まあ遅くとも数年以内には知っていたのだろう。
ウェンディが何歳なのかは知らないが、見た目の年齢だけで言えば俺とそう変わらない。だとすれば少なくとも20年近く――或いはさまよっている期間も含めればもっと、そのことで悩み続けていたのかもしれない。
経験上、長年のコンプレックスっていうのは尾を引くからなあ。
ちょっとしたきっかけであっさり克服したりもするが。
……ウェンディの為にも、後の二人の召喚は絶対に失敗できない。
いやそもそも、精霊を狙って召喚するのは無理っぽいけど。
魔法ってのはイメージが大事っぽいし、もしかしたらその辺りでも多少は起因する何かがあるのかもしれない。
後は最悪当たるまで延々と召喚を繰り返すとかか?
魔力がどれだけ必要になるかはわからないが、とにかくたくさん召喚しまくればいつかは当たるはずだ。
数撃ちゃ当たる戦法である。
と、あれこれ考え込んでいた俺を不審に思ったのか、ウェンディが覗き込んでくる。
その際に案外大きかった胸がたゆんと揺れて思わず視界が持っていかれてしまった。
そこそこシリアスなことを考えていたのに台無しである。
「マスター?」
「なんでもないです」
ウェンディ。
お前、すごく着痩せするんだな。
2.
翌朝。
「初めまして。私は
既に未菜さんがどういった人物かは昨日のうちに軽く伝えてあったとは言え、流石に知佳と綾乃は驚いていた。
まあ言ってしまえばスーパーヒーローの素顔を知ってしまったようなものだからな。
ぽかんとした知佳の表情は中々にレアである。
「
ややあって知佳が口を開く。
本人を前にして言うようなことではないが、それすら意識できないほどの衝撃だったのだろう。
というかさらっと俺との付き合いを4年以上だと言ったが、厳密にはまだ4年経ってないからな。
俺達が知り合ったのは大学へ入ってからなんだから。
そして未菜さんも特に気にしていないようで、「ふふ」とかっこよく笑った。
「偶像的存在か。本物の私は希望を与えたりできる程の人物ではないよ。ねえ、悠真君」
「えっ? ど、どうでしょうかね」
視線を感じたので知佳の方を見ると、俺のことをじっと見ていた。
な、なんでしょうか。
「……はっ! すみません、ダンジョン管理局に所属していて、今は妖精迷宮事務所に出向している緒方 綾乃です!」
しばらくフリーズしていた綾乃はしばらくして自分のとこの社長だと認識したのだろう。
ばばっと頭を下げて何故か座っていたのに立ち上がってしまう。
「そんなに畏まらなくていいよ。私は特に実務的なものはほとんどやってないし。お飾りみたいなものさ」
うーむ、イケメンすぎる未菜さんの対応である。
そしてスノウは自己紹介が必要ないとして――
「……ウェンディさん。昨日のことは、改めてお礼を言わせて欲しい。本当に危ないところを助けてもらった。もちろん、悠真君も。ありがとう、助かった」
そう言って未菜さんは頭を下げる。
まるでメイドのように俺の後ろに立って控えていたウェンディが口を開いた。
「私への礼は不要です、伊敷様。私はマスターのものですので、マスター一人へ」
「ぶっ! ゴホッゴホッ!」
思わずその時に含んでいたコーヒーを吹き出しそうになってしまい、慌てて我慢したせいで変なところに入ってしまった。
肺炎になったらどうしてくれる。
そんな俺の背中をウェンディがさすってくれた。
優しい……じゃなくて原因も君だからね?
ふと視線を感じたのでそちらを見ると、またもや知佳と目があった。
な、なんでございましょうか……
「少なくとも悠真君はそう思っていないようだよ、ウェンディさん」
俺の反応を見て未菜さんが代弁してくれる。
「もちろん俺にも別に礼はいりませんよ。未菜さんがいなかったら俺もとっとと死んでたかもしれませんし」
「けど湖の底まで助けに来てくれただろう? 見捨てて逃げるのがあの場では最善だったのに」
「俺にとっちゃ誰かが犠牲になる最善ってのがあり得ないだけですよ。俺がやりたいからやっただけです」
「……ま、お礼はいずれ必ずするよ。君が嫌だと言っても、私がお礼をしたいからするだけさ」
自分の言ったことをそっくりそのまま返された。
そういう言い回しも何もかもかっこいいのがずるい。
男の俺よりかっこいいのがずるい。
「九十九里浜のダンジョンを攻略したということは私の方から社へ伝えておこう……と社長である私が言うのも変だが、こういう面倒事担当の柳枝に伝えておこう」
不憫だなあ、柳枝さん……
もちろん未菜さんも全く働かないというわけではないだろうが。
ない……んだろうか。
九十九里浜のダンジョンは中に出てくるモンスターの強さはそれ程でもないのだが、とにかく足場が悪いので探索者からの人気があまりない。
低階層こそデートスポットになっているが、そもそも1層はモンスターの数も少ないのでまだ新宿ダンジョンの時のように攻略されたかも、という情報は出回っていないだろう。
「そういえば、ウェンディさんの戸籍についてもこちらでなんとかしておこう」
「あ、助かります。……それと、あと最低でも二人増えるかもしれないんですけど」
「最低でも二人?」
「ええ、あと二人姉妹がいるみたいなんで」
パッとスノウがこちらを見てくる。
何故知っているのかという驚きと――期待や喜びの入り混じったような表情。
これもまたレアな表情だな。
「そうか。わかった、伝えておこう」
……あれ、もしかして今柳枝さんの仕事がまた増えたか?
すみません、柳枝さん。
今度なにか美味いもん奢ります。
「……あ」
更に仕事を増やすかもしれない案件を思い出した。
九十九里浜のボスを倒した際の魔石である。
「魔石ってまだダンジョン管理局に買い取ってもらえます?」
「ん……そうか、ボスを倒したのだから当然また大きいのを持っているのか、君達は」
俺がちらりとウェンディの方を見ると、意図を汲み取ってくれたようで掌の上に魔石を出してくれた。
新宿ダンジョンでのものよりは小さいが、ゴーレムのやつよりは大きい。
まあボスの強さとしてもそれくらいだろう。
「そうだな……もちろん買い取らせて貰ってもいいが、ずっと我々ばかりに売っていていいのか? 君たちが会社を作った経緯は柳枝から聞いたが、いずれは色んな企業を相手に売買契約を結ぶのだろう?」
「あー……それはどうなんだろう」
ちらりと知佳の方を見ると、ふいっと視線を逸らされた。
……なんで?
そして未菜さんの方を見る。
「今はまだダンジョン管理局に買い取って貰いたい」
「うむ、わかった。君が実質的な経営戦略担当か、知佳さん」
「そう。悠真はそういうのでは役に立たないから」
ぐ……
事実だけに言い返せない。
「いずれ他の企業にも売るとは思うけど……その時にもダンジョン管理局には間に立って貰いたい」
「……それはまた何故だ?」
「ダンジョン管理局とのパイプを保つ為。もちろん手数料は払う」
「ストレートだな君は……いや、しかしそういう話であれば断る理由もない。そうなった時はまた連絡してくれ」
「わかった」
ということで商談(?)も済み、未菜さんは我が家で朝食を摂った後にかなり行きたくなさそうにしながらダンジョン管理局へと出勤していくのだった。
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