第30話:呼び出し
1.
「あっ、出来ましたっ!」
綾乃が喜びにぴょんと飛び跳ねる。
それにワンテンポ遅れておっぱいも飛び跳ねる。
何故ただの脂肪の塊なのにこうも目を奪われてしまうのだろうか。
喜ぶ綾乃の指先には小さな火が灯っていた。
スノウが言っていた『簡単な魔法』の一つである。
ライター代わりくらいにはなるだろうか。
誰も煙草吸わないから使い時はかなり少なそうだが。
「む。綾乃に先を越されるとは」
知佳は先程からうんうん唸っているが、未だに出来る様子がない。
「慣れたら誰でも出来るわ。自転車みたいなもんよ」
そう知佳を慰めるスノウの周りは20個程の火の玉が浮かんでいた。
綾乃のものと同じ魔法を使っているらしいのだが、規模も数も大違いだ。
その上それを自在に動かせると言うのだからもはや驚きしかない。
「というかスノウ、お前って火の魔法とか使えるんだな。氷の精霊だからてっきり相性は悪いのかと」
「普通の魔法と精霊の魔法は形態からして違うのよ。氷の力ほど大規模な出力はないけど、そこらへんのものを燃やし尽くすくらいの火力は出せるわよ」
「出せてもやらないでくれよ……?」
一応牽制しておく。
そして俺はと言えば、割と簡単に出来てしまった。
お約束として全く出来ないのが美味しいと思うのだが、かなりあっさりと。
スノウのやる様子を見て、やり方をなんとなく聞いて、真似してみたら出来た感じ。
かめ○め波をいきなり撃てた某主人公のような気分だ。
多分やろうと思えば5個くらいまでは余裕を持って出せる。
流石に危ないので試してはいないが。
「あ、できた」
しばらく経つと、知佳も安定して火を灯せるようになった。
俺はつい最近までほぼ素人同然だった訳だし、知佳や綾乃については全くの素人。
それなのにここまで短時間で『火を出す魔法』を使えるようになるとは。
ダンジョン管理局が魔力の存在を公にしない理由がよく分かったな。
世の中が混乱する、なんてもんじゃない。
全てのルールがガラッと変わってしまうような危険性を秘めている。
まあ魔法の存在はダンジョン管理局でも流石に知らないようだが。
魔法が使えるなんて話はどう考えても秘匿できるような情報ではない。
極端な例にはなるが、この火を灯す魔法を悪用すればまず証拠の出ない放火が出来る可能性だってあるのだ。
というか、スノウならばそれが可能だろう。
俺たちも今覚えたばかりなのでまだ覚束ないが、慣れれば同じことが出来るようになるかもしれない。
自転車のようなものだとスノウは言っていたので、誰でもある程度のレベルまでは達することが出来ると考えて良い。
「まあこんなものは序の口よ。次はもう少し実用的なものを覚えるわ」
「実用的?」
「自分の身を守れるようなものよ。あくまで自衛の手段」
「なるほど」
確かにそれは実用的だ。
実際、いつヤバイ人たちが特定して凸ってくるか分からない。
スノウの防衛機構という名の氷の狼がいるとは言え、街を歩いていて突然、なんてこともありえるかもしれない訳だし。
出来ることは多いに越したことはないだろう。
と、スマホがぶるぶると震える。
「柳枝さんからだ」
別に聞かれて困るような内容でもないだろうからどうでも良いのだが、普段の癖のようなものでなんとなくみんなから少し離れたところで電話に出る。
「もしもし、
『やあ、悠真君。
電話口から聞こえてきたのは凛々しい印象をもたせる女性の声だった。
え……
伊敷さん?
『ああ、形式的に伊敷とは名乗ったが、君とは仲良くしたい。気軽に
いやそれは恐れ多いので無理です。
というか、
「柳枝さんのスマホですよね……?」
『私はスマホを持っていないからな。苦手なんだ、機械』
「えー……」
現代人でスマホを持っていない理由が機械が苦手だからってマジかよ。
25歳とかだよな?
この人タイムスリッパーか何かか?
『でも君と話したいから柳枝からちょっと奪……借りたんだ』
奪うって言いかけた?
いや、流石に気の所為か。
『とりあえず業務連絡からだ。新宿ダンジョンの魔石だが、鑑定の結果192億2300万円程度が妥当だろうということになった。どうだ? 私としてはキリ良く200億でも良いと思っているのだが……おい柳枝、分かった、分かったからスマホを取り上げようとするなっ。……すまないな、200億というのは取り消しだ』
「ああいや、流石に冗談だって分かってますよ。192億2300万円ですよね。それで問題ないです」
問題ないというかもっと少なくていいくらいだ。
というか今さらっと金額を流したが、とんでもない額だな。
それをポンと出せるダンジョン管理局の資金力もとんでもないが。
正直数が大きすぎてあまり実感が沸かないというのが実情だ。
そんなにお金あっても何に使うのって話だしな。
『それから個人的な話なんだが、スノウホワイトさんに謝っておいてくれ。昨日は少しやんちゃが過ぎた。あの後柳枝にも叱られてな』
「あー……その件は大丈夫です。こっちで片付いたので」
『ん? そうか? それなら良いのだが』
スノウの機嫌が案外簡単に直るのだ。
あいつがチョロくて助かった。
『で、個人的な話に移りたいのだが、時間はまだ大丈夫かい?』
柳枝さんが日本の英雄なら伊敷さんは大英雄だ。
時間なんて大丈夫じゃなくても大丈夫になるに決まっている。
「はい、それはもう。暇で暇で仕方がないくらいで」
『変なことを言うんだな、君は』
くすくすと笑うような声が電話口から聞こえる。
なんというか、俺もまだ緊張しているのだろう。
なにせ憧れの伝説の存在だ。
『君たちに連絡がつかないと言う苦情がこちらに来ているんだ』
何故かかなり小さな声、こしょこしょ話をするようなトーンで電話口からそんなことを言われる。
「え゛っ……すみません、ご迷惑をおかけして」
『うむ……非常に迷惑している。困っている』
「す、すみません」
伊敷さんに迷惑をかけるようなことになってしまうとは。
これは全力で謝罪しなければいけないだろう。
後で菓子折りを持ってダンジョン管理局へ行くべきだろうか。
スノウは連れていかない方が良いだろうな。
『しかし君たちも事情があるのだろう。仕方がないことだ。ということで、一つ取引をしないか』
「……取引、ですか?」
何故かずっとこしょこしょ話をするトーンの伊敷さん。
まるですぐそこにいるのであろう柳枝さんには聞かれたくない話をしているような感じだ。
『午後になったらダンジョン管理局へ来てくれ。君一人で、だ。受付には伝えておく。それで全部チャラにしよう』
「わ、分かりました」
やはり怒られるのだろうか。
流石に迷惑をかけ過ぎだ、と。
正直そう言われればぐうのねも出ない。
しかしそれでチャラにしてくれるというのだから、俺が一人で行って一人で怒られれば良いだけの話。
わざわざ皆に用事を伝えるまでもない。黙って行こう。
2.
そして午後。
訝しげにする三人を置いて、俺は一人でダンジョン管理局へ来た。
一人で来ると何度も探索者試験を受けに来たことを思い出すな。
あの時は潜在魔力を検知出来なかった、という理由で落とされていたらしいのだが、今受けたら合格するのだろうか。
受付の人に名前を伝えられると、見覚えこそあるものの、これまで通されていた所とは違う場所へ連れてこられた。
ここは……実技試験会場だ。
剣や槍、手甲など、一通りの竹製の近距離用武器が置いてあって、プロテクターを装着してそれで相手をただ打倒するというシンプルな実技試験。
時代錯誤だとバッシングを受けたこともあるこの試験だが、実際問題、探索者としてやっていくには戦闘能力が必要だ。
男女で分けることなく行われるこの試験には未だに根強い反対者がいるようだが、それでも実施し続けるだけの理由があるのだろう。
ダンジョン管理局には弓や銃を専門に使う探索者もいるが、この実技試験を合格している以上、彼らは近接能力も他の企業に属する並の探索者より優れているということになる。
大体一日で二十戦くらいするのだが、俺の勝率は半々くらいだった。
一応合格ラインには達している基準ではある。
筆記に関してもほぼ満点だったはずなので、最終的に見られるのはやはり魔力という潜在的な能力だったのだろう。
身体能力の上がった今ならどうだろうか。
等と思いながら懐かしの(?)実技試験場で待つ。
しかし何故ここなのだろう。
今までは普通に応接室だったのに。
もしかして物理的な折檻なのだろうか。
だとするとちょっと体育会系的すぎる気もするが。
「やあ」
「っ!?」
後ろから突然肩をポンと叩かれ、その場で飛び上がる程驚く。
声で既に察してはいたが、振り返ってその姿を確認して俺はすぐに佇まいを直した。
「い、伊敷さん!」
「そんなに畏まらなくていいよ。まさかそこまで驚くとは思わなかった」
<気配遮断>のスキルを使って俺の背後から忍び寄っていたのだろう。
微笑を浮かべる伊敷さんは、昨日のスーツ姿とは違って身体のラインが出ている全身を覆う黒タイツのようなものの上に関節部分や胸部、鳩尾を守る為のプロテクターが装着されている、いわゆる『ダンジョン管理局に属する探索者の戦闘服』と呼ばれる格好をしていた。
一部界隈では妙にエロティックだと注目を集めていたが、凛々しい美人の伊敷さんがそれを着ると、エロいというよりもかっこいい。
いやエロいにはエロいのだが。
ちなみにこのタイツのように見えるものは防刃防弾性な上に衝撃吸収能力まであるのでかなりのスグレモノなのだ。市販品のそれとはレベルが違う。
外部の人間が同じものを用意しようとすると数千万はかかるのではないと言われている程。
……で、何故そんなフル装備で伊敷さんはここに現れたのだろう。
「一応君の分もあるが、魔力量からして恐らく必要はないだろうね」
そのまま伊敷さんは壁に向かって歩いていく。
その壁には竹製の武器達がかけられているのだが、まさかやはりあれを使って物理的折檻の道なのだろうか。
「君の身体はプロテクターよりも硬いだろう?」
パシン、と竹刀を手にとって、重さを確かめるように自分の掌に打付けた伊敷さんが言った。
「え……まあ、はい」
そういえば、オークに殴られた時も俺の身体には傷一つついていなかったが、プロテクターは変形していた。
「君も武器を取りたまえ。それとも素手の方がお好みかな?」
「……はい?」
にっこりと伊敷さんは笑った。
「手合わせをして欲しいんだ。君はきっと私より強いからね」
「い、言っている意味が分からないのですが」
伊敷さんと俺が手合わせ?
なんでそんなことに。
「君に言ったあれこれは全部単なる建前さ。私は君と戦ってみたい。スノウホワイトさんもかなりのものだが、私の直感は君の方が上だと言っているんだ。だからやろう。さあ、早くやろう。すぐやろう。今やろう」
実に楽しそうに伊敷さんは俺を急かす。
……スノウ。
どうやら俺が間違えていたようだ。
確かにこの人は戦闘狂だった。
それもかなり真性の。
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