第29話:シェアハウス
1.
翌日。
知佳と綾乃が出勤してきて全員が揃ったタイミングで、知佳が切り出した。
「とんでもないことになってる」
「……とんでもないこと?」
綾乃はどうやらそのとんでもないことを既に把握しているようで、若干青ざめているようだった。
「ニュースとか見てないの?」
「スノウがバラエティばっか見るから……」
「なによ、あたしのせいって言うの?」
昨日には買ってきておいたモンブランのお陰で機嫌がほとんど治っていたスノウが俺を睨みつける。
社長……俺は社長なんだよな……?
「妖精迷宮事務所の名前が全国……ううん、世界中に轟いてる」
知佳がテレビをつけると、朝の情報番組が映った。
『――新宿ダンジョンを攻略した妖精迷宮事務所の”白い妖精”について――』
ピッ、と知佳が番組を変える。
『――件の動画は現在全世界合計で3億回再生を突破していて――』
ピッ。
『――ダンジョン管理局幹部の証言によりますと、”白い妖精”が新宿ダンジョンを攻略したと――』
プッ、とテレビの電源を知佳が切る。
「とまあ、こんな感じでどこもここを取り上げてる」
「うわー……まあこうなるよな」
しかも途中でキャスターが言っていた3億回て。
頭おかしい数字になってるじゃないか。
どういうことだよ。
「途中から字幕を英語だけでなく中国語、ポルトガル語も追加した。そうでなくとも勝手に翻訳して再生数とってる不届き者もいるけど」
……なるほど、海外の人々をがっつり掴んだのか。
スノウは日本人どころか人間離れした美貌だ。
そりゃどこの国でも話題になる。
白い妖精というのはまず間違いなくスノウの事だろう。
衝撃的なデビューを果たした動画に、衝撃的なニュースの新宿ダンジョン攻略。
それらが合わさればこうなることは想像に難くない。
「けど、よく信じてもらえたな。証拠なんて何もないようなものだろ?」
「多少変装したところでスノウは目立つ」
「…………あー……」
……ぐうの音も出ない証拠だな。
突然現れた白い髪の美女が世界中で話題になった上に、ダンジョン攻略者だと本人がカミングアウトしている。
テレビ局としても当然疑う声も多いだろうが、それ以上にその情報を真として話題性を取る方がいいと判断したのだろう。
「昨日の夜の番組からずっと特番。どこの番組も同じ内容」
それだけ視聴率が取れるということだろう。
確かに、俺も当事者でさえなければ興味津々になるニュース内容だと思う。
新宿ダンジョンが攻略された。しかもそれが巷で噂の”白い妖精”の仕業とくればそうもなる。
実際は妖精ではなく精霊なのだが。
しかし確かに知佳が言った通り、妖精の方が通りが良かったようだ。
実際、妖精のようだしな。スノウの見た目は。
「ちなみに、どこの番組も妖精迷宮事務所に連絡が取れないって嘆いてた」
「あー……」
こうなることが予想されたのであらかじめ知佳の提案で電話線を引っこ抜いていたのだ。
メールサーバーも既にパンクしているだろうし、そもそもその確認は知佳に任せているので当然俺たちは何も知らない。
で、当の知佳も今は放っておくと言っているので誰も連絡が取れない。
こうなる訳か。
「この上、二本目の動画を出すんですよね……?」
綾乃が恐る恐ると言う感じで聞いてくる。
「2本目は正式に妖精迷宮事務所が攻略したという情報をダンジョン管理局が出してから」
「今の所はまだ憶測のところが確定した後にまた動画が上がれば、再生数はとんでもないことになるんだろうなあ……」
恐らくは一本目を優に超えるロケットスタートになるだろう。
なにせ10年間攻略者が現れなかったダンジョンを攻略してしまったのだ。
日本だけの問題ではない。
海外でもとんでもない反響と注目を浴びていることだろう。
とても日本だけではたかだか1日2日では億単位の再生回数は行かないしな。
「スノウ、ちょっと提案があるんだが」
「なによ」
「知佳と綾乃もダンジョンへ連れていかないか? お前がいればモンスターを倒すのもそう難しい話じゃないだろうし」
「……んー……ダメよ、危険だわ」
しばらく悩むような素振りを見せた後、スノウはすっぱりそう切り捨てた。
「……お前がいれば安全だろ?」
「あんたみたいに無駄に頑丈ってわけじゃないのよ、二人共。万が一があるし、今は特に戦力を増やすのが先決だから。最低でももうひとり精霊を召喚できるまではあんたを無理やりにでも強化するわ。あんたがもうちょっと魔力の扱いに慣れればちょっと荒っぽい方法で魔力を増やせるけど、今はまだ無理だろうし」
「無理やりにでもて」
だからあんなスパルタなのだろうか。
いや絶対スノウ自身の性格も含まれているだろ、あれは。
ボス相手に単独で戦わせるとか正気の沙汰じゃないね!
「……けど知佳や綾乃の魔力が増えれば安全になるかもしれないだろ? 身体能力も強化されるわけで。一気に名前が売れた今、優先すべきは二人の安全だ」
「そのレベルまで増やそうと思ったら年単位で時間がかかるわよ。あたしがモンスターを無理やり氷漬けにして動きを止めてトドメだけ刺す……ってやり方じゃ魔力は上がらないし」
「そうなのか」
いや、当たり前の話か。
なんとなく頭の中に魔力が増える=レベルアップという考えがあったからそういうパワーレベリングが可能なんだと思っていたが、そもそもゲームみたいな経験値があるのかどうかすら不明だ。
強いモンスターと戦うほど増えやすいというのは如何にもそれっぽいが、今までスノウが全く手出しをしなかった理由もそう考えれば納得いく。
「別にここにいれば安全でしょ」
知佳はそう言う。
確かにここならスノウの作った氷犬もいるし安全っちゃ安全だが……
「けどずっとここにいるわけにもいかないだろ?」
「じゃあここに住む」
「……は?」
「私、ここに住む」
知佳はなんでもないようのことにそう言った。
「いや。待て待て待て。何故そうなる」
「だってここが一番安全でしょ」
「それはそうだけど……」
「優先すべきは私たちの安全、じゃないの?」
知佳は何を思ったのか目をうるうるさせながら俺の袖を掴んで下から見上げてきた。
「…………ちょっと見せてみろ」
「あ」
知佳のもう片方の腕を取り上げると、案の定手に目薬を持っていた。
芸の細かい奴である。
そんな俺たちを見て、スノウは「なにイチャイチャしてるんだか」と呟いていた。
別にイチャイチャしてるわけじゃないからな。
「けど実際そうね。毎朝家からここまで来る間が危ないし、もういっそのこと一緒に住んじゃった方がいいかも」
「……いやスノウ、男女で同棲はまずいだろ」
「あたしとあんたも男女なんだけど?」
確かに……
いやでもそれは精霊と
正直な話、同居するともなると知佳のからかいに俺の理性が耐えられなくなる可能性があるのだ。
ここは綾乃にも説得を手伝ってもらおうと思って助けを求めるためにそちらを見ると、綾乃はこくりと頷いた。
良かった、気持ちが通じ――
「……なら私もここに住みたいです!」
「綾乃さん!?」
助けが来たと思ったら後ろから回り込まれていた。
何を言っているかわからねーと思うが俺もわからねー。
「いいわね、どうせならみんなでシェアハウスしましょう」
あの……ここって俺の会社で……俺の家なんだよね……?
いやでも実質スノウの功績だしやっぱり俺は強く出られない不憫な立場なのでは……?
しかしスノウの言葉で既にこれは決定事項となったようで、女子組はどこの部屋にするだの着替えを持ってこないといけないだのという話で盛り上がっていた。
いやでも知佳も綾乃もスノウも、タイプは違えど全員美少女だ。
そういう点で見ると一緒に暮らせるというのは冷静に考えれば得しかないのでは……!?
とあらぬ夢妄想に思いを馳せていると、冷たい目をしたスノウに釘を差された。
「悠真、何か問題が起きたらあんただけ追い出すから」
「……へい……」
肩身の狭い生活が始まりそうな予感がするぞ。
「でもどうしてもあたし達が不在にする時もあるし、少ない魔力でも使える魔法くらいは護身用に覚えておいてもいいかもね」
スノウがさらりととんでもないことを言いだした。
魔法……人間でも使えるの……!?
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