第28話:ご機嫌取りは慎重に

1.



「もっと硬いのがあればいいんだけどな」

 

 新宿ダンジョンで使っていた武器は先端が折れ、持ち手も握力でぐにゃぐにゃになってしまっていたので新たに武器用の棒を見に来たのだが。


「……」


 むすっと黙り込んでいるスノウ。

 ……先程ダンジョン管理局を出た後から、ずっと彼女の機嫌が悪い。

 あそこへ行く度に機嫌悪くなってないかなこの子。

 まだ二回しか行ってないけど。

 原因は分かっている。

 伊敷いしき 未菜みな

 ダンジョン管理局のトップにして日本初のダンジョン攻略者。

 飄々とした態度でスノウをあしらっているように見えたが、最初の悪戯|(?)こそあれどもスノウがあれだけ警戒していた意味もよく分からない。

 少なくとも悪人ではないと思うのだが……


「なあスノウ、伊敷さんの何がそんなに気に入らないんだ?」

「……別にそういうんじゃないわよ」

「嘘つけ」


 スノウはじとっと俺を睨む。


「あんた本当に気づかなかったの?」

「気づかなかったって……何が?」

「あれは戦闘狂よ。昔の知り合いによく似たタイプがいたわ。いつ襲いかかってくるか分かったものじゃない」


 戦闘狂て。

 漫画の世界じゃないんだから。


「それでずっと警戒を?」

 

 流石にやりすぎではないかと思う反面、思い当たる節もあった。

 確かに、柳枝やなぎさんがなんとなく挙動不審な気はしていた。

 スノウと同じ理由で気を揉んでいたのだろうか。


「<気配遮断>のスキルまで持ってるのよ。警戒しない方がおかしいわ」


 そういうものなのか。

 俺としてはダンジョン管理局のトップでもあり、自分が憧れていた存在でもあるということでなんとなくそういう対象から離して置いていたが、たしかに何も知らない人が見たら――或いは柳枝さんのようによく知っている人からしたら警戒して当然だったのかもしれない。


「それなのにあんたはへらへらして」

「それは正直すまんかった」


 事実舞い上がっていたとは思う。

 しかしそれも仕方のないことではないだろうか。

 日本国民なら誰もが存在を知っていながら、正体を知らない――いわばスーパーヒーローのような英雄なのだ。

 それを知れたら誰だってああいう反応になると思う。


「まったく……そもそもデレデレしすぎなのよ、あんな正体不明の奴に」

「悪かったって」

「ふん」


 全然機嫌を直してくれる気配がない。

 とりあえず以前と同じものではあるが新しい武器だけ購入して店を出るのだった。



2.



 あの後一旦家……というか事務所へ戻った後、再び俺は買い物に来ていた。

 今度は綾乃と二人でのことである。


 「……防犯カメラってこんな種類あるのか」


 近所にあるホームセンターの防犯カメラコーナー(まずそんなコーナーがあること自体が割とびっくりだが)に来ていた俺は思わずそう呟いた。

 ダンジョンが出現して、世の中が落ち着くまでは犯罪率が増加していたという話があるのでその時以来防犯カメラを付けるのが流行っていたとは聞いたことがあるが。

 未だに専用のコーナーを設けられる程の根強い人気(?)があるとは驚きだ。


「あるだけでもある程度の抑止力にはなるので、そこまで拘らなくてもいいんですけどね」


 一緒に買い物に来ている綾乃があれこれカメラを見ながらそんなことを言う。

 何故綾乃なのかと言うと、スノウだと目立ちすぎるし知佳は根っからの出不精である。

 その上、スノウと知佳は次の動画を撮るらしいので余り物同士で来たという訳だ。


「そういえば、動画撮影用のカメラはあるのか?」

「スマホのカメラで撮ってるらしいですよ。そのうちちゃんとしたのを買いたいと言ってましたけど」

「へえ……」


 最近のスマホのカメラって凄いらしいからなあ。

 俺はあまり興味ないし自分で写真を撮ったり動画を撮ったりすることはほとんどないのであまり実感が沸かないが。


「なんか見た目ごついの買っとけばいいか? 正直、スノウほど目立っちゃうと防犯カメラ程度で大した効果が出るとも思えないけどな」

「まあ……それは否定出来ませんね」


 綾乃は苦笑いを浮かべる。


 スノウと共にダンジョン管理局から帰ってきて、知佳と綾乃に防犯や警備の話を振るととりあえず出来ることから始めようということで防犯カメラを買いに来たのだ。

 いっそ警備会社と契約すれば良いのではないかと思ったのだが、そこはスノウに何か考えがあるらしく、


「あたしに任せておきなさい」


 とのことだったのでとりあえず任せることにした。

 あそこまで自信満々に言うということはそれなりの考えがあるのだろう。多分。


 しかし、ここまで来る間にスノウが怒っていた理由を俺なりに考えてみた。

 戦闘狂である伊敷さんを前にへらへらしていたから、と言っていたがそれにしても終始不機嫌すぎる。

 ぶっちゃけ考えても分からなかったので、俺は素直に機嫌を取ることにした。


 しかし女性の機嫌を取るのに何がいいかなんて俺にはわからん。

 食べ物だろうか。

 スノウの好物ってなんだ……?

 甘いものだろうか。


「綾乃、この辺でおすすめのスイーツってあったりするか?」

「スイーツですか? 私もあまりそういうの詳しくはない方ですけど……」


 何店舗か例をあげられる。

 うーむ、どれも聞いたことがない。

 俺自身あまり甘いものを食べないということもあって、ちゃんとメモ取っておかないと忘れそうだな。


「悠真くんって甘いもの好きなんですか?」

「いや、好きでも嫌いでもないくらいだな」

「じゃあどうして?」

「んー……会社設立のお祝い的な?」


 本当はスノウが怒ってるのを鎮める為だが。

 食べ物で釣ろうとしているのがうっかり綾乃からスノウに漏れたら俺が可哀想な目に遭う可能性がある。

 

「ちなみに綾乃は何が好きなんだ?」

「私は……モンブランですかね。実家の近くにモンブランが美味しいケーキ屋さんがあったんです」

「へえ、そりゃいいな。そこって取り寄せとかできるのか?」

「あー……」


 綾乃の表情が少し曇る。


「今はもうないんです。潰れちゃったみたいで。ダンジョンができて1年くらいでしたかね」

「……あの時期はあちこち不況だったからなあ」


 ダンジョン産業にいち早く手を出した企業は大きく成長し、出遅れたところは一気に盛り下がった。

 あの辺りは先見の明が物を言う時代だったな。

 

「よし、とりあえずモンブラン食いに行くか」

「え? モンブラン……ですか? で、でも事務所では知佳ちゃんとスノウさんが――」

「いいんだよ。ちょっとくらい帰るのが遅くなったって別に怒んないって、あいつらも」


 ちなみに、その後なんだかおしゃれなカフェで食べたモンブランは甘いものがそこまで好きでない俺でも十分に楽しめる味だった。



3.



 防犯カメラを10個程購入し(家が規格外の広さなのでこれでも少ないかもしれないくらいだ)、自宅兼事務所へ戻ると知佳がノートパソコンで作業をし、スノウがそれを覗き見ているという場面だった。

 

「編集中か?」


 画面から目を離さずに知佳の返事が返ってくる。


「違う。を見てる」

「反応?」

「さっき公開したから。動画」

「え、マジ?」


 事前に聞いていたチャンネルを俺のスマホでも開いてみると、確かに一つ目の動画が投稿されていた。

 って……


「投稿が1時間前で既に再生数が30万回……!?」

「そっちでの反映は少し遅れてる。実際はもう100万近い」


 マジかよ……

 スノウの容姿だ。

 遅かれ早かれバズるとは思っていたが、あまりにも拡散が早すぎないか?


「SNSの知り合いから拡散してもらったら、思ったより早く広まってる。この調子だと明日のこの時間には数千万回まで行くと思う」

「これじゃますます外を歩けないな」


 こりゃ本当に何かしらの対策をしなければ、俺やスノウはともかく知佳や綾乃に危険が及ぶことになりそうだな。


 スノウがこちらをちらちらと見てくる。

 あれは褒めて欲しいのアピールだな。

 こいつの扱いがちょっとわかってきた気がする。


「流石スノウだな」

「よくわからないけど、あたしにかかればこんなもんよ」


 ふふん、と鼻を高くするスノウ。

 うむ、チョロい。

 これは甘いものを供物として捧げる必要もなかったかもな。


「それで、スノウの方の防犯対策ってのはどんなのなんだ?」

「これよ」

 

 そう言ってスノウが立ち上がって大体腰のあたりに手をかざすと、そこには氷の狼の像が出来た。

 ……かなり出来は良いが、これが何の役に立つのだろうと思っていたら狼の氷像が不意に動き出してその場に伏せをした。


「うそ……」


 綾乃が目を丸くして驚いている。

 俺もスノウのやることならそんじょそこらのことは驚かないと思っていたが、まさか氷で……生物? を作り出すことさえ出来るとは。


「実際に生きてる訳じゃないわ。今のは作り出す時に伏せをしろという命令を組み込んで作っただけ。侵入者や不審者を襲うという命令をしておけば――」

「……氷の番犬の出来上がりという訳か」


 こいつを何匹か作って家の各所に配置しておけば安心という事か?

 

「それとこの子が侵入者を感知したらダンジョンの中にいたとしてもあたしにも分かるようになってる。人間の警備を雇うよりも強いし、有能よ」

「すごいな」


 流石は精霊と言うべきか。

 こんなものまであっさりと作り出せてしまうとは。

 俺が素直に褒めると、ふふん、とスノウは得意そうに笑った。

 くそう、可愛いな。


「でもそうなると、スノウさんはますます外を歩きづらくなりますね」

「んー、確かにそうね」


 綾乃の言葉にスノウも頷く。

 俺は動画にも出ていないし見た目は普通の人間なので注目なんてされるはずもないが、スノウは違う。

 矢面に立っている上に目立つ。

 スノウが目立ったところで彼女自身は何も困らないのだろうが、面倒事はなるべく避けたいだろう。


「認識阻害系の魔法を使えばある程度目立ちにくくはなると思うけど、一度バレたら同じだし」

「認識阻害系の魔法?」


 あまりにも聞き慣れない言葉に綾乃がオウム返しにする。


「そこにいるのは認識出来るけど、それが誰なのかはちゃんと見知ってる人や意識してる人じゃないと理解出来ない……大体そんな感じね。道行く人の顔をわざわざ判別しないでしょ? それの発展版よ。王族や皇族がよく使う魔法ね」

 

 王族だの皇族だのがそんな魔法を使っているという話は当然聞いたことがない。

 スノウの元いた世界の話なのだろう。

 というか……


「そんな便利な魔法あるなら最初から使えば良かったんじゃ……?」

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