第二章:予兆

第27話:初の攻略者

1.



 午後になり、ダンジョン管理局へ赴くと、以前柳枝やなぎさんと話し合いをした部屋に通された。

 部屋に入った瞬間、なにやらスノウが立ち止まって辺りを見回す。


「……どうした?」

「妙な気配を感じるわね」

「……? 俺は何も感じないけど」


 しかしスノウは確実に何かを感じ取っているようで、普段からどちらかと言えばキツめの顔立ちではあるのだが、その上に更に険しい表情を浮かべていた。

 なんなら昨日ダンジョンで首なし侍に遭遇した時よりも警戒しているように感じる。


「姿を現さないのなら部屋ごと……いえ、この建物ごと凍らせてもいいわよ」


 何者かに向かって警告を発したそのタイミングで――

 


「それは困るな」


 と、どこからともなく声がしたかと思うと、女性がソファに座っていた。

 パンツスタイルのスーツを着用していて、長い脚を組んでいるのだがそれが惚れ惚れしてしまう程にビシッと決まっている。

 長い黒髪をポニーテールに纏め、スノウと近いタイプの怜悧な美人と言うべき容姿。

 目つきはキリッとしていて、スタイルも良い。

 年齢は20代……雰囲気からして俺よりは年上だと思うのだが、見た目はかなり若々しい。

 それに何より――隙がない。

 ……ように感じる。


「すまない、脅かすつもりはなかった。殺気を収めてくれ、スノウホワイトさん」


 女性はフッと笑って何も持っていない両の掌をこちらに見せるようにした。

 敵意はない、ということなのだろうが。

 そうしている姿でさえ、とても無防備には見えない。

 例えるならば、鞘に収まってはいるものの、その内実は業物の刀だとでも言うような。

 

「只者じゃないわね。スキル所有者スキルホルダーなのは間違いないみたいだけど」


 スノウの方は明らかに警戒を解いていない。

 まああんな現れ方をすれば仕方のないことか。

 それと……スキルホルダーって言ったか?

 つまり俺と同じ……?


「そう。私のスキルは<気配遮断>だ。それで隠れていたのさ。脅かすつもりはなかったが、驚かせてみたくなってね」


 黒髪の女性は肩をすくめる。

 一挙手一投足がいちいち様になっている。

 女性でありながら女性にモテるタイプとはこういう人の事を言うのだろう。


「趣味が良いとは言えないわね」

「君たちと事を構えるつもりはないよ。全面的に謝罪しよう。興味はあるが、の利益にならないことは流石にしないさ」


 そう言って女性はあっさり頭を下げた。

 その姿ですらやはり様になっている……というのは置いといて。

 今、と言ったか?


「私は伊敷いしき 未菜みな。未熟者ながら、ダンジョン管理局の社長なんてものをしている――とは言え、実務は柳枝に任せているから私はほとんどお飾りだがな」

「……社長……!?」


 ダンジョン管理局のトップ。

 つまりそれは10年前、日本で初めてダンジョンを攻略した伝説の存在とでも言うべき人ではないか。

 あまりにも情報が表に出てこないのでもしかしたら実在しないのではないかとさえ言われていたのに、まさか目の前に出てくるなんて。

 いや、そういえば柳枝さんが言っていたな。

 社長が俺たちに興味を持っている、と。

 それで姿を現したのか。

 偽物の可能性はもちろんある。

 だが、なんというか、この人の存在感が本物だと物語っていた。


「知ってる人なの?」

「いいや、知らないけど知ってる人だ……けど、とりあえず悪人ではない、と思う」

「そう」


 そう言うとあっさりスノウは警戒を解いた。

 或いは敵意のなさ自体は元々見抜いていたのかもしれないが。


皆城みなしろ 悠真ゆうま君……だったかな?」

「え、あっ、はい」


 伝説の存在――その上、俺が人でもある。

 そんな人に声をかけられて返事が少し上擦ってしまった。

 スノウがジト目でこちらを見るが、それすらあまり意識出来ないほど緊張してしまう。


「柳枝から話は聞いている。<召喚術>のスキルホルダーで、途轍もない魔力を秘めていると」

「きょ、恐縮です」

「確かに凄まじい魔力だ。それに制御も完璧と言って差し支えない。意識的に力を使うことが出来る所まで成長すれば、君に比肩し得る人間はほとんど……いや、全く存在しないだろうね」

「あ、ありがとうございます!」


 褒められているのかなんなのかよく分からないがとりあえずお礼を言っておく。

 や、やばい。俺ちゃんと寝癖直してきたっけ。

 変なふうに見えていないだろうか。

 普段俺ってどんな表情してたっけ?


 等と内心かなりテンパっていると、脇腹にビシッとスノウの肘鉄が入った。


「なにデレデレしてんのよ」

「い、いや、デレデレはしてないだろ!?」


 そんな俺たちの様子を見て伊敷さんはくすっと笑う。

 

「そしてスノウホワイトさん。氷の精霊だと聞いているが」

「お望みなら見せてあげましょうか? 実戦で」


 な、何故ちょっと好戦的なんだ。スノウ。

 落ち着け、どうどう。


「遠慮するよ。興味はあるが、この時期に暖房を使う訳にもいかないのでな。実力の方は疑っていない。魔力の総量もそうだが、力を使っている私に気づく時点で尋常ではない」

「そう。あんたも中々のものね、未菜みな。あたしには及ばないけど」

「精進するよ」


 スノウの挑発じみた答えも伊敷さんは軽く受け流す。

 頼むから喧嘩しないでくれ。

 かたやまだダンジョンの攻略法や対策法が確立していない時期にダンジョンを攻略してしまった伝説の存在。

 かたや一瞬でボスを殲滅するこの出来る精霊。

 そんなの同士がこんなところで喧嘩になったら、まず俺の命がない。

 早く来てくれないかなあ、柳枝さん。



2.



 結局柳枝さんが姿を現したのは5分程経った後だった。

 

「すまない、色々立て込んでてな……って、どうしたことだ、この雰囲気は」


 スノウが伊敷さんにガンを飛ばし、当の伊敷さんはそれに意に介さずに微笑を浮かべながら俺たちを見ている。

 そして俺は小さく萎縮している。

 

「柳枝さん! 魔石持ってきました、魔石!」

「あ、ああ……そうだな、話を始めよう」


 場の雰囲気を払拭するように俺が敢えて大きな声を出すと、俺の頼むからなんとかしてくれオーラが伝わったのか、すぐに本題に入ってくれるようだった。


「新宿ダンジョンを攻略したとのことだが……その魔石は?」

「これよ」


 例のごとくスノウが何もない空間から掌に魔石を出す。

 なんでちょっとふよふよ浮いてるのかは分からないけど。

 俺の掌くらいのサイズはあるのでかなり大きい。


「ううむ……かなりのサイズだな。今まで発見された中での最大サイズと比較しても遜色ない」


 柳枝さんが感嘆するように声を漏らす。

 ダンジョン関連の資料はあれこれ漁ったことのある俺もこれ程のサイズはちょっと記憶には少ない。

 

「君たちはこれを二人で取ってきたという訳か。素晴らしいな」


 先程まであまり感情らしい感情を見せてこなかった伊敷さんが乗り出して魔石を眺めている。

 なんだか意外な反応だ。

 こんな雰囲気で結構お金とか好きだったりするのだろうか。

 

「しかももうひとつあるのだろう? 先日発見されたダンジョン跡のものが」

「ええ」


 ふっ、と音もなくもう一つの魔石が空中に浮かび上がる。

 新宿ダンジョンのものの半分程度しかない大きさとは言え、推定数十億の魔石だ。

 改めて考えると、そんなものがそこに存在しているというだけで息の詰まりそうな価値である。


「これも君たち二人で?」

「スノウ一人みたいなものです……新宿の方もですけど」


 最初のダンジョンに関しては俺は死にかけただけだし、新宿も落とす必要のない刀を落としただけである。

 俺がいなくともスノウはあっさりボスを倒していただろう。


「これだけの大きさの魔石を落とす人型のボス相手に傷一つ負わずに武器を奪ったのよ、悠真は」


 ふふん、と何故かスノウは自慢げに言った。

 いやだからそれって俺がやらなくとも君一人でなんとかなったよね?


「……なんと」

「へえ……」


 それを聞いた柳枝さんは俺を驚いたように見て、伊敷さんは口元を手で隠すようにして俺を眺めた。


 ……薄っすらとだが、笑っているように見えるのは気の所為だろうか。

 

「面白い」


 伊敷さんが呟く。

 それと同時に――何か。

 刺されるような感覚を覚えた。

 

「伊敷」


 間髪入れずに柳枝さんが伊敷さんを嗜めるように名を呼んだ。

 え……?

 なに?

 今のやり取り。


「私ももう大人だぞ。10年前とは違う。分別くらいあるさ」

「そうあって欲しいものだがな」


 どういう訳か僅かに腰を浮かせていた柳枝さんが改めてソファに深く座り直した。

 心なしか疲れているようにも見える。

 なんだったんだろう……

 

「……それで、1つ目……新宿ダンジョンでない方の魔石については、君たちの住まいの提供にかかった費用から天引きして22億程支払おうと思う」

「いや、1つ目に関しては色々やって貰ってるんでトントンだって話になりませんでしたっけ?」

「そういう事にはなっていたが、君たちはこちらの想定以上に知名度が上がりそうなんでな。体外的な問題もある。それに君たちにこんなことを言うのはどうかと思うが、正直我々の規模からすれば大した金額でもない。受け取ってくれた方が助かる」


 後々のトラブル回避というかやつか。

 袖の下を疑われるよりはきっちりしておいた方が楽という話なのだろう。

 ならば受け取らない手はない。

 俺は黙って頷く。


「そして2つ目についてだが、一度こちらで預かって本格的に査定しても良いだろうか。流石にこのサイズだとすぐには価値を決められない」

「はい、それで問題ないです……よな?」


 スノウに確認すると、こくりと頷かれた。

 

「それから、君たちの情報についてだが、問い合わせが殺到している。名乗り出る気はないのか?」

「動画で発表するつもりです。いつになるかはわかりませんけど」


 そこは知佳の采配次第だろう。

 俺が口を出してどうこうなる問題じゃない。


 ……もしかして柳枝さんが少し遅れた理由って、殺到する問い合わせに対応していたからだろうか。

 スノウと伊敷さんがバチバチやっている中、一人俺を待たせた柳枝さんを密かに恨まなかったと言えば嘘になるのでそれは取り消そう。


「……つまり我々がその情報を本物だと担保するのは、その後ということか」

「そういうことになります」

「わかった。それまでは君たちの名前を出すことはないと約束しよう」

「すみません、助かります……あ、でもスノウが精霊であることは公表しないつもりなので、そのつもりで」


 これは昨日のうちに話し合ったことだ。

 これを言い出したのはスノウ自身。

 いずれ明かすことは来るかもしれないが、少なくとも今はその時期ではないとのことだった。

 ちなみに既に綾乃はスノウが精霊なのを知っている。

 もちろん口外は禁止してある。


「確かに、精霊と言われても世間はにわかには受け入れがたいだろう。面倒なことになる可能性の方が高い、か」


 柳枝さんが納得したように呟く。


「後は所在地なんかは元々伏せてますから、その辺りも考慮して貰えれば。マスコミがこちらに直接押しかけるってことはなるべく避けたいので……それも時間の問題だとは思いますけど」


 ぶっちゃけスノウが目立ちすぎる。

 いつまでも隠すのは難しいだろう。

 それまでに防犯や警備のことをなんとかしないといけないな。

 

「分かった。ではそのようにしよう」


 その後も今後の方針について少し話し合い、俺たちはダンジョン管理局を去った。

 最後まで伊敷さんがこちらを意味深に見つめていたのは少し気になったが……

 まあ、害意はなさそうなので襲いかかってくるとかはない。

 はずだと思いたい。


 ……サイン貰っておけば良かったなあ。

 存在を公表していないからそういうのもないのかな。

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