第26話:株式会社妖精迷宮事務所へようこそ!
「ただいまー」
午前中にやらなければいけないことを一通り終わらせ、一旦俺たちは家へ戻る。
まあ俺とスノウはすぐに午後出かけるのだが。
ちなみに結局帰りはタクシーだったのだが、何故か終始綾乃からチラチラと視線を感じていた。
気のせいなのだろうか。
リビングの方へ行くと、何やら知佳がノートパソコンで作業していて、その向かいでスノウが机に突っ伏していた。
……どういう状況?
「おかえり。ちょうど終わったところ」
知佳がノートパソコンから目線を離して俺たちの方を向く。
と、不意に綾乃の方をじぃっと知佳が見つめ始める。
「な、なんでしょう……?」
気持ち俺の体の後ろに隠れるように移動した綾乃を見て、知佳の目がきゅぴーん、と光った。ような気がした。
「何かあった」
「ななな何もないです!」
知佳の断定するような言い方に綾乃が慌てて返す。
何かあったかと言えばあったはあったが(痴漢騒動のことだ)、それに知佳が気づくことなんてあるだろうか。
そうだとしたらちょっと勘が鋭すぎないか?
「そっちこそ何かあったみたいだけど、なんでスノウはへばってるんだ?」
「動画撮り終わった。ダンスも」
「おお」
それでスノウが突っ伏してるのは恥ずかしくてか。
道理でちらっと見えてる耳が赤くなってる訳だ。
「完成してるけど見る?」
「ちょ、ちょっと待ちなさい! 百歩譲って綾乃は良いとしても悠真は駄目!」
ビシィッ! と俺を指差してスノウが喚く。
「なんでだよ、俺社長だぞ社長」
「嫌なものは嫌なのよ!」
「スノウ、どのみち公開されれば悠真も見ることになる」
「うっ……やっぱりあれはやめない? ほら、別にあれ無しでもいいと思うのよ」
結局ダンスも撮ったということだが、どうやら相当嫌なようだ。
「割とノリノリだったのに」
「あれは知佳がノせるからでしょー!?」
ノリノリだったのか……
まあスノウっておだてればそういうのはすぐにやりそうだよな。
知佳がこちらにノートパソコンを向けてきて、ビューワーを起動する。
そこにぱっとスノウが映った。
「うーうーうー!」
もはや幼児退行しながら恥ずかしがるスノウを余所に、俺と綾乃、知佳が画面を見つめる。
カメラを回した場所はリビングだろう。
白い壁を背景に、スノウが緊張した面持ちで映っている。
『みんな、こんにちは。あたしはスノウホワイト。こう見えてもダンジョンを攻略した実績を持つ探索者よ』
すぐそこにいる人が画面の中にいるのはやや不思議な感覚だが、動画は至って普通な感じで始まった。
敬語を使っていないのは素のスノウを出した方が受けが良いという判断だろう。
そこから簡単な自己紹介を経て、魔石の実物を見せたり能力を見せたり――って。
「これ大丈夫なのか?」
「平気。むしろ
「まあ、それもそうか」
むしろこういうのを見せた方が話題性はあるだろう。
そして動画内では新宿ダンジョンを攻略したことにも触れている。
「……これ公開して大丈夫なのか?」
既に新宿ダンジョンが攻略されているという事実はニュースになっている。
朝から出かけているのでまだ実感はしていないが、恐らくテレビをつければずっと新宿ダンジョンのことでもちきりになっているだろう。
それ程10年もののダンジョン攻略というのはセンセーショナルな話題だ。
ちなみに攻略者が誰かというのは原則公開されない。
だが、ほとんどのダンジョンは大抵の場合誰が攻略したのかはオープンな情報として扱われている。
何故なら攻略した本人たちにとっては隠す理由がないからだ。
ダンジョンを攻略したという事実はそれだけで大きな宣伝ポイントになる。
探索者としての地位を上げるには一番わかりやすい成果だからな。
……とは言え。
俺たちのような吹けば飛ぶような規模の会社に所属している探索者が攻略したと言ってもそもそも信じてもらえるかどうか。
最悪炎上して終わりになるような気もするぞ。
「そこは大丈夫。動画が話題になったところでダンジョン管理局にでも情報を担保してもらえばいい」
「あー……」
なるほど、その手があったか。
原則公開されない、というだけで悪質な騙りが出たときにはダンジョン管理局が対応することもある。
もちろんそれは本物であるのに信じてもらえない場合にも動いてもらうことは可能だろう。
そもそも俺たちは個人的な……いや今は会社を立ち上げたから会社間での付き合いがあるのだから、それくらいは頼めばいいだけの話か。
そしてスノウが最後に『今回の動画はここまでよ。それじゃあね』、と言っている。
そこで画面が切り替わり――
「こ、これは……」
軽快でポップなメロディと共にスノウが踊っている。
さながらアニメのEDで踊らされているヒロインのように。
その踊り自体は10秒くらいの短いもので振り付けも簡単なものだったが……
滅茶苦茶笑顔で踊ってたぞ。
あのスノウが。
どんな魔法を使ったんだ。
「ふっ、おだてれば楽勝。意外とチョロい」
知佳がドヤ顔していた。
やはりおだてられていた。
チョロい、チョロすぎる。
「だからそれは無しでいいでしょ!」
スノウがバシーンと机を叩く。
どうやら相当恥ずかしいようだ。
しかし――
「駄目」
「これは絶対必要だ」
俺も力強く頷く。
そして知佳とガシッと握手をした。
「素晴らしい出来だった。ボーナスは弾もう」
「それ程でもある」
しかし、そもそも普通に編集技術が高いな。
字幕の出し方と言い、カットのタイミングやBGMのセレクトも雰囲気にあっている。
「パソコンで出来ることなら大抵何でも出来るんじゃないか……?」
俺の呟きに、知佳はビシッと親指を立てる。
「なんでもお任せあれ」
しかし、こうして動画まで出来上がったとなると一気に会社として動き出したんだなっていうのを実感するな。
ちらりとノートパソコンの画面を見ると、最後にポップなフォントで文字が表示されていた。
<株式会社妖精迷宮事務所へようこそ!>
机に突っ伏しながらこちらを恨めしげに睨むスノウや、いつもの眠たげな表情の知佳。
興味津々で動画をもう一度再生している綾乃。
……ま、まだまだやることは色々あるだろうが――
とりあえず一歩目は踏み出せたって考えていいんだろうな。
これから楽しくなりそうじゃないか。
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