第24話:エンディングダンス

1.



「出かけた時と服変わった?」


 帰ってきた俺たちを出迎えた知佳が俺を見て言う。

 何故かロリポップキャンディを咥えている。

 自分がロリキャラだとアピールするためだろうか。

 というのは流石に冗談だが。

 飴に限らず甘いものを摂取するのが好きな印象はあるな、知佳。


「ちょっと天狗に破られてな……」

「あ~れ~な展開?」

「なわけあるか」


 天狗に関してツッコミがあるかと思ったが自分がボケるの優先とは、なかなかやるじゃないか。

 まあ天狗にはツッコまれても実際に天狗だったとしか言いようがないのでどうしようもないのだが。


「スノウもお疲れ」

「ええ、知佳も留守番ありがとね」


 スノウもって言ったけどお前、俺にお疲れって言ってないよな?

 と、書斎の方から綾乃さんが出てくる。


「あ、社長、おかえりなさい。スノウさんも」

「社長って言ってもまだ会社はできてないんだけどな」


 設立前である。

 とか思っていたら、知佳が「違う」と否定してきた。

 何が違うんだよ。


「悠真達がいない間にあんな手続きやこんな手続きはほとんど終わってたり」

「……マジで?」


 普通こういうのって何日かかかるもんじゃないのか?

 

「てことはもう会社は存在してるのか?」

「そう。株式会社妖精迷宮事務所、設立」


 名前は知佳の提案である。

 妖精じゃなくて精霊じゃないのか? と指摘したところ、知佳いわく精霊スピリットと言うより妖精フェアリーと言った方が通りが良いとのことだった。

 まあ俺としてはどちらでもいいんだけども。


 というか、何日かかかるのをスキップできたのって多分あそこで俺を警戒してちょっと離れてる綾乃さんのお陰だろうな。

 というより、その本筋であるダンジョン管理局の根回しだろう。

 ぶっちゃけもうここまでズブズブだと子会社というか分社と大差ないような気がしないでもないが。


「で、悠真達はどうだったの?」

「どうもこうも……」


 ちらりとスノウを見ると、はいはいと言った感じで掌を上に向ける。

 そしてそこにはフッと魔石が現れたのだ。


「うわ、おっきい……これ何十億とかするんじゃ……」

「ええ!? その魔石、どこで手に入れたんですか!?」


 知佳のあまり大きくないリアクションと綾乃さんの大げさなりアクションのギャップで風邪を引きそうな気分になるが、どちらかと言えば綾乃さんのリアクションの方が正しいものだろう。


「新宿ダンジョンのボスからだな」

「…………」


 流石に絶句した知佳がぽろりとキャンディを落とすのでそれをキャッチする。

 綾乃さんに関してはもはや状況を理解できていないようで、頭にはてなが浮かんでいた。

 知佳の方が先に我を取り戻したようで、かなり訝しんでいる様子で聞いてくる。


「……本気で言ってる?」

「本気だよ。大真面目だ」

「なんでそんな落ち着いてるの」

「まあ……そりゃなあ」


 スノウがいればいずれ攻略できるダンジョンもあるだろうとは思っていた。

 それがまさか新宿ダンジョンになるとは思っていなかったが。

 国内でも有数の人気ダンジョンだからな。


「はあっ……」


 それを聞いていた綾乃さんがその場に倒れ込んだので、そちらもキャンディをキャッチしたのとは逆の腕で抱きとめる。

 すげえ、本当に人ってショックで失神するんだな。

 しかし両手が塞がってしまって困っていると、知佳がキャンディは取ってくれた。

 かと思うと何故か俺の口に突っ込んでくる。


にすんだよ」


 ……あれ? これ間接キスじゃね?

 

「頑張ったご褒美?」

んでお前が疑問形んだ」


 無表情で小首をかしげる知佳は……こりゃ気付いてないな。

 俺だけが気にしててアホみたいである。

 

「いつまで綾乃担いでるのよ。その状態で目が覚めたらあんた捕まるわよ?」

「……救護しただけなのに!?」


 どうやらこの会社における俺の扱いはほとんど決まっているようだった。

 可哀想じゃないかな、俺。



2.



『ちょうど君たちに連絡しようと思っていたところだ』


 新宿ダンジョンを攻略したという話をダンジョン管理局へ連絡しようとしたところ、『ワンコール』どころか『ワ』くらいで出た柳枝さんが開口一番そんなことを言い出した。


『新宿ダンジョンを攻略したのは君たちだな?』

「……情報が早いですね?」


 ダンジョンを攻略してもモンスターがいきなりいなくなるわけではない。

 ただ新しくモンスターが湧くことはなくなるので、各階層を完璧に掃討してしまえばそれ以降は安全に使えるのである。

 とは言えダンジョン内には相当な数のモンスターがいるはずだが……


『第1層は一般向けに公開されているからな。モンスターの数が減ってくると我々に苦情が来るのだ。その苦情が一時間程前から殺到している上に、比較的探索者の数の多い2、3層からもモンスターが新しく湧いていないかもしれないという報告を受けている』

「……お察しの通り俺たちが新宿ダンジョンを攻略しました。ボスがいたのは9層。首のない侍みたいな奴でした」

『7、8層あたりから妖怪のようなモンスターが出る。ボスはその布石だったというわけか』

「だと思います。8層で赤鬼、9層で天狗を見ました」


 赤鬼、天狗以外にも何かいそうだしな。

 特に8、9層は何がいてもおかしくないような雰囲気はあった。


『赤鬼は私も一度新宿ダンジョンの8層で遭遇したことがある。パワーもスピードも今まで会ったモンスターの中でもかなり上の方だったな。無事で済んだのか?』

「ええ、まあ」

『……アレを二人で切り抜けたのか。いや、そもそもボスを討伐している時点であんなものは障害にもならないのか?』

「あー……」

『気を遣わなくていい。君たちは我々とということを既に理解している』


 スノウがボスと他のモンスターとの間で使った表現を、柳枝さんは自分自身と俺たちとの間にある差で使った。

 事実――俺はともかくとして、スノウはどう考えても別次元だ。

 いや、もはや世界が違うと言ってもいい。

 どっちの方が表現として上なのかは知らないけど。


「赤鬼も天狗もさして苦戦はしませんでした。けど、出てきた魔石からして多分……結構強いと思います。特に天狗は突風を使います。あれは……厄介です」


 多分。

 服をボロボロにされたし。


『そうか。何年先になるかはわからないが、8層と9層もいずれは掃討作戦の対象になるだろう。その時の参考にさせてもらう。感謝する』

「いえ、これくらいのことは……あと、会社設立に関してなんですが、裏で根回ししてくださったんですよね。ありがとうございます」

『それくらいのことは造作もない。とは言っても実際に動くのは私ではないのであまり大きな顔はできないが』

「いえ、色々ご迷惑おかけします……」


 本当に……色々だな。

 

『いいや、上層部がどう思っているかはともかく、私個人としては君たち――特に君とは懇意にしておくべきだと勘が囁いている。できることがあればなんでも相談してくれていい』

「助かります」


 会社では虐げられることがほとんど確定しているので、素直に頼れる大人な柳枝さんは得難い存在なのかもしれない。

 まだ付き合いの浅い綾乃さんはともかく、スノウも知佳も俺をいじめることに楽しみを見出している節がある。


 ……いやスノウも付き合いは浅いはずなのだが。


「そういえば、新宿ダンジョンの魔石も買い取って欲しいんですけど、大丈夫ですか?」

『もちろんこちらで買い取ろう。大きさはどれくらいだ?』

「以前お見せしたものより一回り大きいくらいです」

『……新宿ダンジョンのボスのものともなれば当然か。恐らく3に達するぞ』


 3桁、というのも単位は億だろう。

 間違いなく。

 ゴーレムのやつも数十億という価値が付く見込みだしな。


『先日のものも含めて、明日か明後日にでも持ってきて貰えれば助かるが……できれば緒方おがた君ではなく、君たちに持ってきてもらいたい。流石に彼女に100億以上の価値のあるものを持ち歩かせるのは酷だろう』

「それはもちろん。俺たちで持っていきますよ。午後になると思いますけど、いいですか?」


 明日の午前中は役所関係でどうしてもスキップできない作成した印鑑の受け取りや機材の買い出しなんかがある。


『わかった。午後一番で開けておこう』

「お願いします」

『では……まだなにかあるかね?』

「いえ、とりあえずは。何かあればまた明日お伝えします」

『そうか。ではまた明日』

「はい」


 電話を切る。

 電話ってかけた方が先に切るっていうのがマナーだって知ってたか?

 俺は割と最近まで知らなかった。

 電話なんてかかってくる機会もかける機会も滅多にないからなあ。

 

 知佳とはちょくちょくメッセージアプリで通話するが、あいつの場合眠くなったら寝るって感じでサクッと切るし。

 

 リビングへ向かうと、なにやらスノウが大騒ぎしていた。


「動画とやらに映るのはまだしも、は絶対いやよ!」

「でもあるのとないのとでは大違い」

「絶対うそよ! 知佳、あんたは嘘をついてるわ!」

「嘘はつかない。この目を見て。嘘をついてるように見える?」

「見えるわね!!」


 知佳、お前の目は嘘をついているように見えるぞ。

 

「で、何の騒ぎだ?」


 スマホをしまいながら二人に話しかけると、スノウが俺の方を睨んできた。

 なんで?


「あんたからも言ってやってよ! 動画の終わりに流したいからって変な踊りをさせようとしてくるのよ!」

「……変な踊り?」


 知佳が無言でスッとタブレットを差し出してくる。

 そこにはアニメキャラクターがコミカルな動きで踊っていた。

 エンディングダンスってもう一昔前の文化だろ……


「もちろんちゃんとオリジナルのダンスを踊ってもらう。元ネタがわかる程度にリスペクトしたやつを」


 知佳はそんなことを言う。

 正直俺はどちらでもいい……というわけにもいかない。

 コレに関しては。

 スノウがこんな感じの言ってしまえばどこかアホな踊りをするというのは普通に絵面的にかなり面白いと思う。

 それはそれとして様にもなりそうではあるが。


 なので俺は知佳と頷きあった。


「スノウ、この世界では動画の最後にダンスを披露するのが常識なんだ」

「この裏切り者ぉー!!」


 小さな氷の礫が俺の額に直撃したが、その程度では俺は痛くも痒くもない。

 赤鬼だの天狗だの首なし侍だの色々無茶させてくれた報いを今受けさせようではないか。

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