第23話:新宿ダンジョンの長
1.
「売ってる服まで再現してるってよく考えたら意味わからないよな……」
ボロボロになったシャツとズボンの代わりを無人の店から拝借しつつ(そもそも所有者という概念が存在しないから構わないだろう。多分)、俺はひとりごちる。
ダンジョン産の小物は意外と高値で売れたりする。
単純に物珍しさもそうだが、耐久性がちょっと上がっているのだ。
そのせいで使いにくくなるようなものも勿論あるが。
例えば黒鉛を少しずつ削って書く鉛筆なんかは顕著だ。
それはそれでまた妙な価値が付いたりするので、もはや珍しければなんでもいいのではないかとも思うが。
とは言え、ダンジョンからその手のものを持ち出して一儲けしようと思うような探索者は滅多にいない。
ああ、でも確か4層くらいまでのジュエリーショップなんかはほとんどもぬけの殻だって聞いたからどのみち物の価値にもよるのか。
ただ普通はモンスターを倒して魔石を集めた方が実入りがいい。
俺みたいにこうやって衣服とか小物とかをがめていく人は割といるらしいけど。
着替えていた試着室から出てくると、退屈そうに座って待っていたスノウと目があった。
「あんたってそういう普通な格好似合うわよね」
「褒めてるのか? けなしてるのか?」
開口一番そんなことを言われる。
白いTシャツに黒いストレッチパンツ。
確かに普通オブ普通だけども。
「ところで悠真、外に何体かモンスターがいるわよ。大半がオークやゴブリンだけど、ちらほら鬼も混ざってるわね。この前も思ったけど、オーガともまた違う種類っていうのが結構興味深いわ」
「俺としちゃそのオーガとやらを見たことがないからなんとも言えないけど……」
スノウがわかっていて倒していないということは俺にやらせようという魂胆なのだろう。
しかしどれも一度は倒している相手だ。
さほど苦労はしないだろう。
俺が黒い棒を担いで外へ向かおうとすると、突然はっとした表情を浮かべたスノウに腕を取られた。
「……待って」
「どうした?」
「数が多すぎるわ」
さっとスノウが周りを見渡す。
俺にはただの服が置いてある店内としか見えないが、スノウには何かしらの手段で外が視えているのだろう。
「半径100メートルくらいでもう100匹以上は集まってるわ。明らかに異常な数ね」
「100匹って……」
これまで精々二、三匹を同時に相手にしたことはあるが、そこまでの数となるともはやどう戦えばいいかすら想像もつかない。
「考えられる可能性は二つよ。一つはモンスター部屋が近くにあるということ」
「げっ……」
モンスター部屋。
ダンジョンにて悪名高いトラップの一種である。
そこに踏み入った瞬間に大量のモンスターがいる部屋にワープさせられるのだ。
そして大抵の場合はどうしようもなく死ぬ。
アメリカで人類史上初ダンジョンを攻略した特殊部隊の男性もそれで命を落としている。
大抵の場合、ソロにしてもパーティにしても探索者は数匹を相手取る程度ならどうとでもなるくらいのマージンで戦うが、数十匹に同時に囲まれることは想定していない。
だがこの手のほとんどオープンなダンジョンでモンスター部屋があるとは……いや、どこかのビルの中にあったりするかもしれないからなんとも言えないのか。
しかし何体に囲まれたとしてもぶっちゃけスノウがいるから大丈夫だろうという安心感はある。
なにせ部屋丸ごと凍りつかせることができるのだ。
「雑魚を取り巻きにするボスが近くにいるパターンね。本来、ボス含めダンジョンに出るモンスターにはほとんど知能がなくて生存本能とあたしたち外敵を排除するという本能だけで動いてる。けど、その生存本能を脅かすほど圧倒的に強いそこらへんをうろつくボスがいたりしたら、自然とその周りに付き従ったりするのよ」
「おお……」
「なによ」
「スノウが真面目に解説してると、なんというか見直すな」
「あんた後で氷漬けにしてあの天狗の餌にするわ」
本当にやりかねないのが怖すぎる。
しかし、ボスか。
あのゴーレムが脳裏をよぎる。
しかも今回のはあれよりも強いかもしれないと来た。
……まあ、いい思い出はないよな。当然っちゃ当然のことだけど。
「ま、強い魔力も感じるし十中八九ボスでしょうね。とりあえず、周りの雑魚はどうしても邪魔になるしあたしが一掃するわ」
そう言ってスノウは外に向かって歩き出す。
「お、おい、なにか対策練らなくていいのか? ……って言っても俺じゃ何の役にも立てないか」
「そうでもないかもしれないわよ」
何故かスノウはニヤリと笑って俺を見た。
嫌な予感しかしないのは、きっと気のせいだろう。
2.
外へ出るとあたり一面氷漬けにされたモンスターでいっぱいだった。
とんでもない光景だ。
これ写真に撮ってSNSにでも上げたらめちゃくちゃバズるんじゃないか?
しかしよく考えたらSNSのアカウントをそもそも持っていない俺には関係のない話だった。
「ボスはどこにいるんだ?」
「あそこね」
スノウが見る方向には昔7時から11時まで営業していたことが名前の由来になっている某コンビニがある。
そのコンビニの自動ドアが開く。
もちろん、俺たちは自動ドアのセンサーに引っかかる位置にはいない。
外側からではなく――内側から。
何者かが歩いて出てくる。
カラン、コロン、カラン、コロン、と時代錯誤な下駄の音。
そして同じく時代を感じさせるボロボロの着物。
腰には二振りの日本刀が提げられている。
そしてそいつの頭は、無かった。
「あいつがボスね」
スノウが冷静に呟く。
……だよな。
明らかに今までのモンスターとは格が違う。
こいつに比べれば俺がこれまで倒したゴブリンやオーク、赤鬼に天狗なんて最初の村を出てすぐに遭遇するスライムのようなものだ。
そしてこいつはどう考えてもその手のRPGに出していいようなレベルの強さじゃない。
全く心得のない俺でも雰囲気だけでそこまで感じ取ることが出来る。
「……赤鬼に天狗と来て、今度は首なしの侍か――ぐえっ」
俺がそう呟くと、襟首を掴まれて後ろに引っ張られた。
目の前に氷の盾が出現し、首なし侍の刀が盾に弾かれる。
それらすべてがほぼ同時に起きた。
「な……わ、悪い、助かった」
スノウに助けられたのだと気付くのにワンテンポ遅れる。
「油断しないで。言ったでしょ、次元が違うって」
次元が違う――か。
赤鬼や天狗の攻撃は俺に全くダメージを与えなかった。
しかしこのボスの攻撃は違う。
当たりどころが悪ければ致命傷だ。
そう本能が感じ取っている。
「やっぱりすばしこい奴ね。パワー自体はさほどでもないみたいだけど――こうしたらどうかしら」
ビシィッ、という何かが張り詰めるような音と共に、辺り一面が一気に凍り付いた。
そして辺りを静寂が包み込む。
「……え」
何かヤバイ奴みたいな登場の仕方しておいて、今ので終わり?
いやしかし、ゴーレムもそんな感じで瞬殺されていた。
元々スノウとあのゴーレムの力の差は相当あったのだ。
それならばこの首なし侍も、スノウに手も足も出ないでやられるのも納得行く。
「や……やったのか?」
呟いてから気付く。
古今東西で有名なフラグを立ててしまったと。
「――トドメは間に合いそうにないわね。離れるわよ」
「えっ」
そう言ってスノウは反対方向に駆け出す。
困惑しつつもスノウについて走ると、後ろの方でキンッ、と短い金属音が鳴る。
しばらくして、辺りの氷がみじん切りになって崩れ落ちた。
その中から平然と首なし侍が歩いて出てくる。
「い、今の……元の場所にずっといたら」
「斬撃に巻き込まれてみじん切りね」
平然と言うスノウ。
あれだけ氷漬けにされても尚動ける上に、斬られれば終わり。
あれ、もしかしてこれはやばいのでは?
「安心しなさい、別に問題はないわ」
「問題ないって言ったって、お前の氷だって通じなかったじゃないか。全身を止めても斬られて脱出されるんだぞ」
氷はあくまでも氷だ。
強度自体は大したことはないのだろう。
つまり全身を芯まで一気に凍らせるか、ゴーレムにやったように動きを止めた後に更なる攻撃でトドメを指すしかない。
「通じないわけじゃないわよ。だかららくしょ……」
と、スノウが何かを思いついたようにそこで言葉を止めた。
「いえ、刀が厄介だから、悠真、あの刀をボスから取り上げてちょうだい」
「はあ!? 無理に決まってるだろそんなの!?」
どう見ても俺がなんとか出来る相手じゃない。
最初からスノウが全力で当たるべき相手だろう。
俺に出来ることなんて強いて言えば囮役くらいだ。
それも絶対嫌だけどな!!
「あんたは魔力のコントロールが上手すぎるのよ。ここで一皮むけなさい」
「……は?」
何を言い出すんだこの娘。
良いから無理難題を突きつけずに早くあのボスを倒して欲しい。
一刻も早く。
「最初から臨戦態勢に入ってれば刀を奪うくらい簡単よ。というかそれくらい出来ないと困るわ」
そう言い捨てると、とんとん、と軽いステップでスノウは俺から離れていってしまった。
俺も言えたことじゃないが、スノウも大概人外じみた身体能力なようだ。
「それじゃよろしく。本当にやばくなったら助けてあげるわ。しょうがないから」
「ばっ――」
俺が文句を言おうとするタイミングで、後ろから気配のようなものを感じて咄嗟にその場にしゃがむ。
ピュゥン、と真上を刀が通り過ぎていった。
さぁっと血の気が引く感覚。
や、やっぱり無理だってこんなの。
背中に取り付けてあった黒い木刀チックな棒を取り外し、構える。
が、やはりこいつから刀を奪えるというビジョンは全く浮かんでこない。
探索者になる為には何かしらの武術をやっていると有利になる。
だが俺はその手のものを一切習ってこなかった。
興味がなかった訳じゃない。
単に金と暇がなかったのだ。
もし俺が少しでも剣道なり柔道なり習っていたのだとしたら勝ち筋を見出すことが出来ていたのだろうか。
そんな脈絡もないことを考えていると、首なし侍は再び動き出した。
顔がない、つまり表情がない、視線もないということでどこを狙っているのか分からないので、狙われている場所を見てから躱す。
首、胸元、腹、また首。
どこも斬られれば一発で致命傷になり得る場所だ。
相手はモンスターなので当然だが、全く容赦ない。
くそ、こっちが手を出す隙がない。
避けているだけで手一杯だ。
……あれ?
待てよ。
最初はあの首なし侍の動きは見えもしなかった。
スノウに背中を引かれてなければ、そのまま俺は串刺しになっていただろう。
しかし今は違う。
見てから避けているのだ。
明らかに余裕が出来ている。
何故だ。
最初が不意打ちだったということを別にしても明らかに視えている。
――魔力のコントロールが上手すぎる。
スノウはそう言っていた。
これが今の状況と関係するとするならば、それは何を意味するのか。
最初から臨戦態勢に入っていれば。
そうも言っていた。
要は意識の持ちようの話をしているのか?
最初の不意打ちのときは戦う気が全くなかった。
だから避けるどころか見えもしなかった。
だが今は避けようとしている。
だから見えるし、避けられる。
つまり――
刀を奪うつもりで戦えば、奪える……のか?
手に持っていた棒を強く握る。
すると、途端に首なし侍の動きがスローモーションになったように鮮明に見え始めた。
先程までよりもより余裕を持って躱すことが出来る。
そうか、そういうことだったのか!
というかなら最初からそう言って欲しかったなあ!
無駄にスパルタじゃないですかね!!
ぶん、と首なし侍の刀が振られ、俺がそれを躱す。
その隙を突こうとしたタイミングで、下駄の足で思い切り腹を蹴り飛ばされた。
「うっ――」
腹の中の空気が一気に押し出されるような感覚。
刀を使っての斬撃だけではなく、普通の打撃もそこらのモンスターとは桁違いの威力だ。
だが。
だが、この程度ならなんとか踏ん張れる。
破壊力だけで言えばあの時のゴーレムの方が遥かに上だ。
再び首なし侍の刀が俺の真横を通り過ぎていく。
「今だ!!」
刀が振り切られたその瞬間。
持っていた棒で思い切り首なし侍の手の甲を叩いた。
メギッ、と嫌な音と共に棒の先端が砕けるが、それと同時にその衝撃で首なし侍は刀を離す。
――やった!
と思ったその瞬間。
首なし侍の動きがぴたりと止まった。
「……へ?」
何事かと思ってよく見てみたら、凍っているではないか。。
完膚無きまでに。見事に。
確認するまでもなく、体の芯まで凍り付いている。
ボスは誰がどう見ても絶命していた。
「ほら、刀を取るくらい簡単だったでしょ?」
と、てくてくとこちらにスノウが歩いてきながら言う。
いやちょっと待てお前。
「最初からこれが出来るんならわざわざ刀落とさせる必要なかったよな!?」
「言ったでしょ、ここで一皮むけなさいって。それに強いモンスターと戦えば魔力の増え方も大きいわ。ボスにもなると相当よ。あと、必死に攻撃を避けてる時の顔が迫真すぎて面白かったわ」
「お前いい性格してんなあ!!」
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