第22話:天狗の威嚇?

1.



 まだ会社自体は設立されてはいないものの、綾乃が来てくれたお陰で基盤自体はほとんど整った。

 そしてここから先、直接書類を提出しに行ったりする時以外、座り仕事に対する適性のない俺とスノウはやることがなくなってしまったので昨日の宣言通り、する為に再び新宿ダンジョンへ来ていた……のだが。


「……なんか人多くないか?」

「昨日より明らかに多いわね」

 

 昨日の目立ちっぷりを反省し、今日はとりあえずダンジョンに入るまで目立つ白い髪と容姿を隠して貰うためにサングラスと帽子を被って貰っているスノウと違和感について話し合う。


 ちなみにツインテールも目立つので綾乃に髪型をお団子にして貰った。

 どんな髪型にしても可愛いのズルイよな。



「ここで撮影してるって本当なのかよ?」

「大体、一般人が行けるようなとこでは撮影してないって話じゃないのか」

「いや、どのみちここを通るかもしれないだろ?」

「カメラマンとか大勢いたら目立つもんなあ」


 

 雑踏に向かって耳を澄ませてみると、こんな感じの会話が聞こえてきた。

 ……撮影?

 誰か有名人でも来るのだろうか。

 だとしたらここまでの人混みになるのもうなずける。


 もしや昨日のスノウが目立ちすぎたお陰でこんなことになっているのかと思ったが、どうやらそういう訳でもないらしい。


 とは言え、これだけの人混みの中で注目を集めるのは避けたい。

 身分証明書を提示して入るのではどうしても顔の確認の為に帽子とサングラスを外す必要があるので、昨日ダンジョン管理局が手配してくれた俺の顔パスがまだ有効なことを信じて受付に事情を説明してみた。


「皆城様ですね! お話は伺っております!」

 

 すると昨日と同じく完全にVIP扱いで通されたので、多少申し訳ないが、なんとか無事にダンジョンへ入ることができた。


 ……とは言え。

 新宿ダンジョンの1階はまだそれなりに人がいる。

 ここで変装を解けば外でそうするのとそこまで変わらない面倒くささだろう。

 なにせ中へ入ってもほとんど普通の新宿の町並みなのだ。


 スノウもどうやらそれは理解しているようで、帽子もサングラスも外そうとしない。

 しかし鬱陶しくは思っているのか、


「さっさと9階まで行きましょ。そうすれば人もいないでしょ」


 と言って、スノウは俺の手を取って駆け出した。

 かなりのスピードなのですれ違う人々がギョッとした表情でこちらを見るが、それで声をかけられても返事をする前に通り過ぎてしまう。


 とりあえず俺は途中でスノウが人を撥ねたりしませんように、とお祈りするのだった。


 

2.



 もちろんスノウが途中で人を撥ね飛ばすなんてこともなく、たった30分程で9階へと続く階段まで来てしまった。

 あれだけの速度だ。

 モンスターを大量に引き連れて他の人に迷惑をかけるということもないだろう。

 そして少なくとも30分ぶっ続けで走っても全然疲れてないのは自分でもびっくりだ。


 人類最強がどうのとかスノウに言われていたが、ぶっちゃけ湧いていなかった実感をこんなところでちょっとだけ感じる。

 確かに以前の俺とは何もかもが違うようだ。


「いい準備運動になったわね」


 鬱陶しそうに帽子をサングラスを外しながらそう言うスノウも汗一つかいていない。

 ……俺が殴る蹴るでモンスターを倒せるってことは、多分スノウも同じことはできるんだよな。

 魔法があるからやらないだけで。

 

 そう考えると俺も何か魔法が使えるようになってみたいものだが。

 魔力というくらいだし出来るのかもしれないけど。

 かめ○め波とか撃ちたい。


「で、どうするんだ? このままモンスターを無視してボスを探すのか?」

「そうしても良いけど、あんたの魔力上げも兼ねてるからそこそこにモンスターを倒して貰うわよ」


 やっぱそうなるか。

 今日はちょっと楽できるかと思ったが。


「でも9階だろ? 前人未到の領域だ。もしかしたら鬼のように強いモンスターがいるかも……」

「昨日あんたその鬼を倒してたでしょ」


 ……確かに。

 ということはこれからは強さは怖さの表現で鬼のようにを使えない……!?


「そもそも魔力で大体強さはわかるわ。無理そうならちゃんとフォローしてあげるから安心しなさい」


 スノウの言う無理そうが俺の感覚と合っているのかやや心配だが、ここは信用するしかないか。

 躊躇いなく9階へと降りる階段へ足を踏み出すスノウの後ろから着いていく。

 


 9階も8階までと変わらず新宿らしい風景……ではあるのだが。

 

「なんか……今までと感じが違うな」


 ここまでとは違う、じっとりとした空気。

 何かがような感覚。


「あら、あんたもわかるのね」


 俺の呟きにスノウが意外そうに反応した。

 

「わかるって……?」

「この層にボスがいるわね。それもボス部屋を持つタイプじゃなくて、徘徊してる奴。こういうのは大抵小型ですばしっこいから厄介なのよ」

「……そんなことまでわかるのか」

「勘よ。ちゃんと感知してるわけじゃないから。でも大体当たるわ、こういう勘は」


 ……なるほど。

 意識はしておいた方が良さそうだな。


「とりあえず適当に歩くわよ。ボスの魔力を感じたら言うから、それまでは出会うモンスター全部倒しましょうか」

「あいあい、わかったよ」


 どうせここで反発しても何にもならないことはわかっているので黙って従う。

 しかし出会うモンスター全部とは。

 スノウが陰ながら処理していた分も含めると相当な量になりそうだ。

 

「来たわよ」


 ふい、とスノウが上を向く。

 俺もそれに釣られて上を見ると、ダンジョン内なのに何故かある空に鳥のような何かが飛んでいるのが見えた。

 いや、鳥にしてはでかすぎる。

 それに――飛んでいるから鳥だと思ったが、あれはむしろ人型に見えるぞ。


「……なんだあれ」


 俺の呟きに反応したわけではないだろうが、その空を飛ぶ人影が急激にこちらに向かって下降を始める。

 そして少し離れた位置に降り立った。

 

「……あれって……」


 山伏の衣装に身を包み、赤ら顔で鼻が異様に高い。

 手には大きな扇を持っている。

 どう見てもだ。


 妖怪っぽい奴が出てくることは昨日の赤鬼からもわかっていたが……


「おい、こいつボスなんじゃないのか!?」


 こういうときに出てくる天狗というのは総じて強キャラだと相場が決まっている。

 

「違うわね。ボスにしては魔力が弱すぎるわ」

「よ、弱すぎるって……」


 明らかにやばい雰囲気をビンビン感じるんだが。

 しかしスノウはそれに構わず、すいっと三歩ほど俺の後ろへ下がった。

 手を出す気はない、という意思表示だろう。


 天狗は中ががらんどうになっている口を大きく開け――


「カッッッ!!」


 

 ただそれだけなのに周りにある店舗のガラスが割れて吹き飛ぶ。


「うるさいわねえ」


 後ろの方からスノウの呑気な声が聞こえた。

 うるさいどころの騒ぎじゃないだろ、これ。

 

 天狗が大きく扇を振り上げる。

 幾ら俺でも何が起きるかなんて想像できるぞ。

 天狗のイメージと言えば――


 ぶおん、と勢いよく振られた扇子から突風が発生した。

 

「……っ!」


 台風の風なんて目じゃない程の風圧で周囲のものがバラバラに引き裂かれ、千切れ飛んでいく。

 というか俺の服もボロボロになっている。

 最悪すぎる。

 

 だが……俺の身に着けているもの含め周りに影響は出たが、俺自身には何のダメージもない。

 な、なんだ……?

 さっきの大きな声と言い、威嚇かなにかか……?


「こんなものあたしの知ってる風に比べればそよ風みたいなものね」


 後ろでスノウがぼやいているが、今のがそよ風って異世界はどんな劣悪な環境なんだよ。


 次は何が来るのかと身構えていると、表情を怒りのものに歪めた天狗が今度は扇を振りかぶってこちらへ突撃してきた。


 だが、それ程のスピードはない。

 この程度なら……


 俺は天狗の扇を少し身を引いて躱す。

 そしてそれだけではまだ余裕があったので腹に向かって蹴りを入れてやると、そこから爆散するようにして天狗の体が砕け散った。


「え……」


 なんだ?

 天狗なのに弱いのか……?

 いや、天狗が強いというのはただの俺の思い込みでもあるのか。

 別にこのダンジョンに出てくる天狗が必ずしも強いわけではない。


「あーあ、9層の入り口付近がボロボロじゃない」


 後ろからてくてくと歩いてきたスノウが天狗の残した魔石を拾い上げる。

 それは昨日倒した赤鬼のものよりも更に一回り大きなものだった。

 流石にあの時のゴーレムから出てきたものに比べれば小さいが、それでも大きめのビー玉くらいはある。

 結構な値段になるのではないだろうか。


「あんたの服もボロボロじゃない」

「……そういうお前の服はなんで無傷なんだよ」

「あんな風を食らってるようじゃこの先が思いやられるわよ?」


 風を避けるなりガードするなりしろと言うのだろうか、この娘は。

 というかあれは俺を狙ってのものではなくただの威嚇なんだから別に食らうも食らわないもないだろう。


「それともあえて直撃したのかしら。モンスターに力の差を見せつけるために。それなら及第点をあげてもいいけど」

「直撃?」

「めっちゃ当たってたでしょ、あいつのかまいたちみたいな攻撃」


 ……当たってたのか……?

 

「いやでも確かに風が強いなとは思ったが、持っていかれたのは俺の服だけだぞ?」

「……? ……ああ、分かったわ。あんたビビリすぎなのよ」


 俺の言葉に怪訝な表情を浮かべたスノウだったが、ややあって納得したように頷いた。

 

「な、なにおう!?」

「だってそうでしょ。なんて。そこまでしなくてもあいつ程度なら余裕で倒せるのに。あんた無意識下での魔力操作が上手すぎるのよ。<怖い>と思ったから過剰に強化しちゃってたってことね。普段はそれで困らないけど、本当の強敵と戦うってなった時に色々困るかもしれないわね」


 スノウの言っていることは半分程度しか理解できなかったが、つまり俺はあいつにビビってたから逆にダメージを受けなかったということか?

 なんだその意味のわからない理屈は。

 

 ……いやだが怖かったのは事実か。

 だって天狗怖いじゃん。

 どんな漫画に出てきても大抵強キャラだし。


「ま、あんたの場合アホみたいに魔力は多いからそういう無駄遣いしても困らないからいいのかもしれないけど。本当は相手の力を見極めていい具合に調整した方がいいのよ?」

「……そんな細かいこと俺に出来ると思うか?」

「思わないわね。だから実戦あるのみよ。戦いの中でこそ人は成長するの」


 にっこりと笑顔を浮かべるスノウは天使みたいな笑みなのに悪魔にしか見えなかった。


 うっすら思っていたことではあるが、今はっきりわかった。

 こいつはSだ。

 間違いなく俺が困っている様子を見て楽しんでいるぞ。


 今日は生きて帰れるのだろうか、俺。

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