第21話:有能な人材

1.



「お、緒方おがた 綾乃あやのです。23歳です!」


 突如来訪した栗色髪のスーツの女性。

 変なことを口走ってはいたが、俺の名前を知っている以上は何かあることには違いない。

 立ち話もなんなのでということでとりあえずこの豪邸には客室なるものがあるのでそこへ通し、適当なお茶を淹れてきて話を聞くことにした。

 ……のだが。


「ダンジョン管理局から派遣されてきました!」

「あー……そういうことね」


 ダンジョン管理局の社員か。

 となると、この人ちょっと抜けてそうな見た目……というか雰囲気があるけど、相当なエリートだぞ。

 プライベートは駄目駄目だけど仕事は出来るタイプみたいな感じだろうか。

 

 などと失礼極まりないことを考えていることはおくびにも出さず、


皆城みなしろ 悠真ゆうまです」

「あっあの、敬語じゃなくていいです社長・・! 私のこともどうか綾乃と呼んでください! もしくは社員Cと!」


 この人の中での<社長>ってどういうポジションなんだろう。

 しかも社員Cって。

 Aじゃないあたりにそこはかとない卑屈さを感じる。


「……じゃあ、綾乃さんで。俺のことを知ってて、<社長>と呼ぶってことは柳枝さんからもう話は聞いてるんだ?」

「はい、力になってこいと!」


 恩を売るプロジェクトの一環ということか。

 ダンジョン管理局が……柳枝やなぎさんがわざわざ送り込んでくるということは、社員の中でも特に優秀な人なのかな。

 しかし一言くらい教えておいてくれても良かったのに。

 

「えっと……綾乃さんは何ができる人?」

「あ、えと、入社してから1年は経理部門にいたのでその知識と、法学部出身でそちらも多少は……」

「ほう」


 昨日散々知佳とスノウにいびられながら色々な書類を用意したわけだが、ぶっちゃけ面倒くさすぎるので行政書士のような人を雇いたいとは思っていた。

 それに会社を経営するようになってからもその手の法律だのなんだのの方面のエキスパートは必要だ。


 それを見越して適格に必要な人材を送り込んできた感じか。

 しかも経理部門にいた法学部出身。

 つまり経理もできる。


 一度で二度美味しい感じじゃないか。

 ……正直微妙な人だったらこれ以上恩を売られても返しきれないのでということでお帰り願うところだったが、これ程になると普通に手放すのは惜しいな。

 そこまで含めて柳枝さんの戦略か。

 しかし色々と昨日の今日でやってくるあたり、あの人自身も相当優秀かつ苦労人なのだろうな。

 心中お察しします。

 

「良ければ手伝ってもらいたいんだけど……一応聞いておくけど、企業スパイ的な感じではないよね。情報漏えいは困るんだけど」

「ままままさか滅相もない! 絶対違うので殺さないでくださいぃ……」

「いや殺さないから。そんな野蛮な会社じゃないから」


 綾乃は既に涙目でぷるぷる震えていた。


 しかしものすごい小動物感だ。

 一番身近にいる一番小さい奴はそんなことないのに。


 逆に可哀想な目に合っているのを見てみたくなるくらい弱っちいぞ。


 終始怯えている様子なのはただの人見知りなのか柳枝さんから何かを聞いてきたのか。

 怖いのは俺じゃなくてスノウホワイトっていうお姉さんなのに。

 少し緊張を解してもらいたいな。

 そういえばスノウが食べたいからと買ったクッキーがあったな。

 お茶だけ出してお茶請けを出すのを忘れていた。

 

「ちょっとお菓子あるから取ってくる」

「えっ!? 良いんです社長、そんなのは社員Dの私に任せてください! ぷわっ」


 Cより降格しとるやんけ。

 そう突っ込むより先に綾乃は立ち上がり、先程までぷるぷるしてたせいか足がもつれて転んだ。

 しかもこちら側に。

 避ける訳にはいかないので受け止めようとしたのだが、あろうことか綾乃は踏ん張る為に出した足を俺に引っ掛け、それでいい感じに体勢を崩されてしまい俺ごと巻き込んでの転倒になってしまった。


 魔力開放で身体能力の上がった俺を転がすとはやりおるわ。

 

「あいてて……」


 綾乃の顔が目の前にある。

 そしてちょうど首のちょい下辺りに暴力的に柔らかいなにかが当たっている。

 いや何かというかもう言っちゃうけどおっぱいが当たっている。

 これもしかしてセクハラになりますかね。


「す、すみません社長!」


 既に涙目になっている(というかもう半泣きと言っていいくらいだ)綾乃は両手を突っ張って立ち上がろうとするが、それも手を滑らせてしまい再び俺の上へ落ちてくる。

 ふにょん、と我を失いかねない柔らかさも再び俺の上でバウンドする。


 あわあわしている綾乃を抱き起こすのは簡単だ。

 しかしそれをしないでこの状況を楽しむのも一興だろう。


 とか考えていると客室の扉がバーン! と開かれた。

 そこに立っているのは顔を真っ赤にしたスノウホワイト御前。


「悠真、バタバタうるさいわ……よ……」


 OK。

 状況を整理しよう。

 綾乃が俺の上でおっぱいを押し付けながら転がっている。

 しかも半泣き。


「あ・ん・た・ねえ……!!」


 スノウの顔が般若のように変化していく。

 赤面癖以外にここまで如実な表情変化を見たのは初めてかもしれない。

 

 おやおや。

 スノウホワイトくん、君は本当にタイミングが悪いね?



2.



 状況を理解した俺の華麗なる超速ジャンピング土下座により事なきを得た後、あれやこれやと事情を説明するとようやくスノウは納得してくれた。

 話している間ずっと冷気が漂ってきていたので本当に怖かった。

 本当に。


「事情は把握したわ。綾乃、もしこのセクハラ大魔王が何かしてきたらすぐにあたしに言うのよ。股間を凍らせて封印するから」


 やめてください。

 綾乃もこくこくと頷くな。

 いやスノウ怖いからしょうがないけどさ。

 あとセクハラ大魔王て。

 今のは事故だから!


「そういえば、スノウホワイトさんの戸籍の件ですが、既に完了したと伝えてくれと言われています」

「早いな」


 流石はダンジョン管理局。

 家や人材の斡旋と言い、会社の力がずば抜けて高い。

 海外の会社や政府を含めてもトップレベルと言われるだけはある。


 そして綾乃が鞄から取り出したのは……パスポートか?


「これで身分が証明出来るので、ダンジョンにも入れます」

「至れり尽くせりだな」


 毎回ダンジョンに入りたいから手配してくれと言われるよりはこうした方が手っ取り早いというのもあるのだろう。


 しかしこういうのは役所の仕事なはずなのにここまで即座にこなせるのは……やっぱりある程度そっち方面にも介入してるんだろうな。

 噂では聞いていたが、実際にそれが行われているのを見ると会社としての規模にぞっとするものがある。


「そういえば派遣されてきたって言っても、どういう感じになるんだ? 給料とか出勤の仕方とか」

「給料は管理局から出ます。出勤は拒否さえされなければ基本的にはこちらにと……」

「なるほどね」


 そうなると派遣というよりはあちらの処理では別部署みたいな扱いになるのだろうか。

 ……そこまでズブズブになるとちょっとやりすぎな感じはあるな。


「給料はこっちが出すよ。柳枝さんには俺が話しておく」

「えっ、ですが……」

「もちろん管理局からも支払われるんだったらそれも受け取ってくれていい。あくまでも俺からの気持ちだと思って」


 これくらいの距離感は示しておいた方が良いだろう。

 体裁的にも、体面的にも。

 あと給料を払うという名目があればこっちも仕事を頼むのに遠慮しなくていいし。


「それで……あの、私は今から何をすれば良いんでしょうか?」


 何を……って言ってもなあ。

 そもそもまだ会社は設立されていないので仕事も何もないのだけれど。

 あ、そこから頼めばいいのか。


「会社設立の為の細かい書類の用意とか頼んでいいかな」

「は、はい! そういうの得意ですから!」


 得意不得意とかあるのか?

 しかしどのみち何も分かっていない俺がやるよりは確実だろう。

 

 と言う訳でまだ設立されてもいない会社に新たな社員が増えたのだった。

 小動物系法務部兼経理担当。

 

 待てよ。

 綾乃は多岐にわたって役に立ち、知佳はネット関係のあれこれを担当してくれるし、スノウは稼ぎ頭だ。

 ……俺は?


 己のアイデンティティについて考え始めたタイミングで、ピンポーン、とチャイムが鳴る。

 それと同時にメッセージアプリに新着メッセージが。


知佳:来たよ♡


 ハート、じゃねえよ。

 しかしタイミング的にもばっちりか。

 顔合わせだけ済ませて貰おう。



 という訳で我が社の社員4名が全員集まった形となったのだが。


「その……知佳さん……あまり見つめられると……その……」


 自己紹介が終わった後、知佳が綾乃をロックオンしていた。

 普段と変わらぬ眠たげな目だが、見ようによっては捕食者のそれに見えるのだけど気の所為かな。

 あと綾乃の小動物感がそれを強めている。

 今にも捕食されそうだ。

 

「容姿良し、スタイル良し、庇護欲もそそる」


 知佳がぽつりと言う。

 何の分析?


「スノウ一人でも十分だと思ってたけど、綾乃も使おう」


 完全に何かを思いついた表情の知佳。

 使うとは一体。


「最初はスノウ一人でいい。けどどれだけスノウの容姿が優れていても新規を取り込めなくなるタイミングは絶対に来る。そのタイミングで綾乃を投入すれば万事解決」

「……なるほど」


 つまりPR用の動画のことを言っていたのか。

 美人は3日で慣れるなんて言うが、実際スノウの見た目は3年でも30年でも眺めていられるレベルではあれども純粋に好みのタイプでないとか、目についてもそこまで惹かれないという人もいるにはいるだろう。

 100人中100人が振り向く美女でも、それが1万、10万、100万となっていけばそうではなくなる。

 スノウが刺さらなかった層に綾乃をプロデュースする、ということか。


 確かにどちらも美人だが、どちらかと言えばスノウは綺麗系で高嶺の花感がある。

 対して綾乃は可愛い系で身近な可愛さがある。

 タイプは真逆と言ってもいい。


「……でもそれならお前も出ればいいんじゃないか?」

「私? なんで」

「いや、見た目で選ぶならそりゃそうなるだろ」


 もう4年程の付き合いになるのである程度慣れはしたが、こいつもこいつで美少女なのには間違いない。

 小さいけど。

 知佳は考え込むように少し黙って、ちらりとこちらを上目遣いで見た。

 

「……悠真が言うなら考えとく」

「それがいい」


 しかし、自分の預かり知らぬところで動画出演が決まった哀れな綾乃よ。

 そういうのも含めて一応柳枝さんに連絡はしておいた方が良いだろうな。

 

「とりあえず今日は仕事とかのことは考えなくていいから、女性陣で親交を深めておいて。俺はちょっと電話してくる」


 スノウと知佳という肉食獣みたいな奴らの中に小動物たる綾乃を置いていくのは少し気が引けたが、まあうまくやってくれるだろう。

 多分。


「分かったわ」

「おっけー」


 スノウと知佳のおざなりな返事を聞きながら、俺は電話をかける為に少し離れるのだった。



3.



 俺は部屋を出てスマホを取り出す。

 早速部屋の中では女子3人で盛り上がっているようだ。

 柳枝さんにコールをかけると、一回目で着信に出てくれた。

 マメな人である。


「お疲れ様です、皆城です」

『柳枝だ。まさかもうダンジョンを攻略してきたとでも言うまいな?』


 ……警戒されてるなあ。


「ダンジョンはまだです。えっと……緒方綾乃さんのことなんですけど」


 そう言うと明らかに安堵したようなテンションで返事が返ってきた。


『ああ、そっちか。すまないな、連絡もなしに寄越してしまって』

「いえ、実際助かりましたから。少し驚きましたけどね」

『君達にはサプライズされてばかりだからな。こちらからもサプライズというわけだ』


 サプライズて。

 つまり意趣返しか。

 いい性格してるな、柳枝さんも。

 

「でも本当に助かりますよ。ダンジョン管理局のお墨付きなら能力にも問題ないでしょうし」

『ああ、その点については心配しなくていい。現場からも少々気弱だが能力は高いと聞いている。彼女の給料はこちらで払う。君たちは気にしなくて良い』


 少々ってレベルかなあ。

 

「いえ、こちらでお支払いしますよ。流石にそこまでして頂いたら悪いですし。その上でそちらも彼女に給料を出すのは止めませんが」

『……そうか。ではそう認識しておこう』

「あと、緒方さんをうちのPRに使ってもいいですか?」

『PRに? そちらで好きなようにしてくれて構いはしないが……』

「そうですか。実は動画を出そうと思ってるんです。スノウを映して、知名度を上げる為に」

『なるほど、確かに彼女の容姿は注目を集めるだろうな。それに緒方君も?』

「最初の内はスノウだけですが、いずれは」

『承知した。問題はない』


 懐が深いな。

 それにダンジョン管理局の宣伝にもなると考えているのだろう。

 綾乃も綾乃で企業務めなのが信じられないほど可愛らしいからな。

 アイドルでも十分に食っていけるだろう。

 本人の性格的にあり得ない仮定ではあるが。


『ところで、君から連絡があったら話しておきたいことがあったのだが、時間はまだ大丈夫かね』

「? ええ、大丈夫ですが」


 柳枝さんから話?

 また恩を売られるタイプの話だろうか。

 これ以上は本当に返せないので辞めて欲しいのだが。

 いや本当に。


『社長が君に会いたいと言っている』

「……社長……って、ダンジョン管理局のですか?」

『そうだ』


 ダンジョン管理局の社長と言えば、日本で一番最初にダンジョンを攻略した豪傑と言われている人じゃないか。

 しかしその詳細は世間には一切公開されておらず、存在のみ誰もが知っているという特異な人物だ。

 そんな人と俺が会う?

 どころか、あちらから会いたいと言っているだって?


 柳枝さんは日本では英雄だ。

 ダンジョンを攻略したパーティの副リーダーだったのだから。

 だが副リーダーということは更に上が一人いる。

 ようするにその一人こそがダンジョン管理局の社長である。

 

 当然、そんなの俺だって会いたいに決まっている。

 俺がダンジョン管理局の探索者になりたかった理由の一つでもあるからだ。

 ダンジョンが出現し世間が混迷していた際、颯爽とダンジョンを攻略したが故に英雄とさえ称される程の存在。


 この現代において英雄と呼ばれる人間に憧れない男の子なんている訳がない。

 憧れ以外にも会ってみたかった理由はいくつかあるが。


「もちろん、俺も会いたいです。いつになりますか?」

『それが今でもダンジョンにちょくちょく赴いているのでいつになるのかは分からん。今回も君の話を伝えるとぜひとも会ってみたいと言った後、またすぐにダンジョンへ行ってしまった』

「あらら……」


 どうやら相当な現場主義なようだ。

 あれだけの大企業の社長なんて一生何もしないで食っていけるだろうに、仕事熱心だなあ。

 

『なので次帰ってきたらなんとか無理やりにでも引き止めて連絡する』


 なんとか無理矢理にでもって。

 まるでその社長がものすごい破天荒な人みたいに聞こえるな。

 しかしこれまで情報が一切出てこなかったような人だ。

 どんな容姿でどんな性格なのかは全然わからないんだよな。


 俺はムキムキの大きなおっさんをなんとなく想像しながら、頷いた。


「お願いします」


 ダンジョン管理局の社長。

 日本の英雄。

 まさか会える時が来るなんて。

 楽しみにしておこう。

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