第20話:押しかけウーマン
1.
「広い家とは言ったけど、まさかここまで広いとは思ってなかったわね……」
翌日。
引っ越し作業が終わり、一息ついたタイミングでスノウがしみじみと呟く。
ダンジョン管理局が手配してくれた引越し業者がやってきてあれこれ荷物を運んでくれたり、更には引っ越しの役所的な手続きまでほとんど済ませてくれている状態となっていた。
後は名前を書いて判子を押すだけで引っ越し完了みたいな至れり尽くせりだ。
まだ中をちゃんと見ている中ではないので具体的にどれくらい広いのかは分からないが、数字だけの情報で言えば250坪近くあるらしいのでかなり広いことが分かると思う。
もはや嫌がらせでこんなに広くしたのではないだろうかと疑ってしまう程広い。
……というかスノウの脅しが強く効きすぎたのだろうか。
或いはあの魔石に釣り合うだけのものを用意しようと思ったのだろうか。
家の中はしっかり管理が行き届いているようで綺麗なものだ。
中庭にはプールまである。
どんな金持ちだよ。
広さもそうだけどプールがある時点で物凄い金持ちみたいな印象を受けるな。
部屋の数もちゃんとは数えていないが、適当に数えただけでも10部屋以上はある。
多分一部屋だけで俺がつい先程まで住んでいたワンルームよりも広いんだろうな。
「それだけ魔石には価値があるってことだな」
「そういえばエネルギー資源としても活用しているって言ってたわね」
いや、厳密には
引っ越しのアレコレに関しても、こちらに恩を売っておくという考えかな。
別にそんな腹の探りあいみたいなことしてくれなくても、ダンジョン管理局をどうこうしようとは考えていないので良き取引相手として居てくれるだけでも相当助かるのだが。
しかも家電等は元々備え付けのものがあった上にそちらの方が元々持っていたものよりも性能が良かったので、結局俺たちはほとんど何も用意しなかった事になる。
楽で良いけどね。
あまり恩を売られすぎてもそれを返済出来るかはわかりませんからね、
メッセージアプリで位置情報を知佳に送っておく。
ここが事務所という扱いになるからな。
「…………」
なにやらスノウが目を輝かせつつそわそわしている。
見て回りたいんだろうな。
気持ちはめっちゃ分かる。
だって超広いんだもん。
これ大人が本気出してかくれんぼとかしたら多分半日くらいは隠れてられると思う。
しかし自分から言い出すのは恥ずかしいのだろう。
仕方ない、助け舟を出してやるか。
「中、探検するか?」
「そこまで言うなら付き合ってあげるわ! 悠真は子どもっぽいわね!」
とスノウは明らかに嬉しそうに言うのだった。
別にそこまで言ってないし子どもっぽいのはどっちだ、と突っ込むのは野暮だろうのでやめておいた。
2.
「これは……書斎か」
「本とか置いておく場所よね?」
「だな」
壁に本棚が直接設置されているような感じだ。
その真ん中に高級そうな木製のデスクがある。
うーむ、金持ちぃって感じ。
流石に本棚に本は入っていないが、ここは多分会社としての取引書とかが置かれることになるんだろうな。
既に幾つかの部屋を見て回ったが、本を日焼けから守る為なのか薄暗く、俺好みの雰囲気だ。
意外と共感してくれる人は多いのだが、俺狭くて暗いところが好きなんだよな。
なんというか落ち着くというか。
「あたし、こういうところ好きなのよね~」
と言いつついそいそとスノウはデスクの下へ潜り込んでいった。
そうそう、そういう狭いところ良いんだよな。
しかし本当、見た目はお姉さんって感じなのに無邪気だな。
昨日新宿ダンジョンの9階を発見した立役者と同一人物とはとてもじゃないが思えない。
しかしそれは置いといてもスノウとは意外と趣味が合うらしい。
俺みたいな地味人間しかこういうところは好まないと思っていたが。
「あんたも入りたいの? それっ」
「え? おわっ」
羨ましそうに見ているのに気づいたのか、突っ立っていた俺の手を引っ張るスノウ。
不意打ちだったのでそのままスノウの方へ倒れ込んでしまう。
狭い、とは言っても大きめのデスクだ。
二人分が入っても尚多少余るスペースはあるが……
この密着感はやばい!
スノウの吐息が、身体の温もりが。
肌で感じられる程近くにある。
あと柔らかい。
女の子って全身が柔らかいんだよな。
体脂肪率が多いというよりはそもそも男と肌の質感からして違う感じ。
そしてしばらくするとスノウも今の状況に気づいたのか、ぎゅんっ、と顔を赤くした。
互いの顔が近い。
瑞々しいスノウの唇が嫌でも視界に入る。
思わず本契約のときのことを思い出してしまい、俺の顔も赤くなったのが鏡を見なくてもわかった。
と。
そのタイミングで、ピン、ポーン、とどこか慎ましさを感じさせるチャイムが鳴った。
「――っ、いつまで、触ってんのよっ!」
そのチャイムの音に我を取り戻したのか、スノウにどしーん、と胸を押されて机の下から追い出される。
自分で引きずり込んでおいて勝手なやつだ。
そして俺は若干前屈みになりつつ玄関の方へ向かう。
前屈みになっている理由?
別に特に大した意味はないさ。気にするな。
しかし知佳にしては来るのが早すぎる。
あいつは神出鬼没なところがあるが、流石に新住居の住所も知らないうちから近くをうろついているということはないだろう。多分。
引っ越し業者が何か忘れ物を取りに来たとかだろうか。
ちょっと普通より長く待たせてしまっているのでチャイムカメラで応答する前に直で出よう。
そう思って扉を開けると、業者でも知佳でもない、一人の女性が立っていた。
知佳程ではないが、小柄だ。
少しくせっ毛なのか、ショートで栗色の髪が内側に跳ねているのが小動物っぽい可愛らしさを連想する。
タイトスーツを着てはいるのだが、胸が大きすぎて似合っていない。
こんなことってあるんだな。
こんな女性がオフィスにいたら大変だろうな、と思いつつもそんな様子はおくびも出さずに対応する。
「……どちら様?」
俺が声をかけると、女性はびくりと背中を反らせてその場に気をつけをした。
大きな胸が重力でぷるんと揺れる。
うっかりしているとまた前屈みになるところだ。
「あ、あの、
「え? は、はあ、皆城ですけど……」
何故俺の名前を知っているのだろう、と疑問に思う間もなく、その小動物っぽい女性はぴょこんとお辞儀をしながらとんでもないことを口走った。
「ふ、ふつつつかものですが末永くよろしくお願いします!!」
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