第19話:イタズラ電話
1.
その後8階で20体ほどの赤鬼を倒し、9階へと続く階段を見つける。
「……8層が見つかってから4年間見つからなかった9層がこんなにあっさり見つかるなんてな」
スノウのサポートもあって、多分本来のダンジョン攻略の大変さは全く味わえていないと思う。
ダンジョンの構造自体は普通の町並みになっているのだが、何故か別階層へ続く階段だけは異質だ。
周りとの景観も何も考えずにズンとそこに存在しているので目立つ目立つ。
お陰である程度覚えてさえおけば帰り道には迷わずに済むのだが。
「一旦戻りましょうか」
そのまま進んでいくのかと思っていたが、意外にもスノウは戻ることを提案してきた。
「いいのか?」
「ここから先どれだけ続いてるかわからないもの。大体10階くらいだとは思うけど、時間も結構経ったしあんたも疲れてそうだしそろそろお風呂に入りたいし」
多分最後の理由が一番大きいんだろうな。
もちろん俺としてはじゃあ一人で先に進むよとか言うはずもなく、スノウの言う通り疲れてもいたので戻ることに反対する理由もなかった。
2.
「はー疲れた……」
家へ着いて真っ先に俺はベッドへダイブした。
ばふん、と柔らかい感触が俺を出迎えてくれる。
やはり我が家が一番だ……
もうすぐ引っ越すけど。
「そんなのじゃ明日大変よ?」
「……明日と言いますと?」
「だって明日はボスまで行くもの。予想では9階から10階にいるからすぐ出会えるとは思うけど」
「あのなスノウ」
ベッドの上にあぐらをかいて座る。
そして俺は子どもを諭すように優しい口調で言うのだった。
「ダンジョンってのは何年もかけて攻略するものなんだ。そんなに急いでもいいことないぞ?」
「何年もかける必要なんてないでしょ?」
取り付く島もなかった。
しかしスノウの力があればそれが紛れもない事実なのだろう。
実際、納得いかなくて一度だけ赤鬼をスノウに相手させてみたが、普通にゴブリンやオークを倒す時のように一瞬で全身氷漬けにしていたし。
道中のモンスターなんて全く問題にならないのだろう。
「……けどボスって言ったって、そんな簡単に倒せるものなのか?」
「今日だけであんたの魔力も結構増えたし、問題ないわね。もちろん油断はしないけど」
「へえ……油断してても楽勝くらいのことを言うもんかと」
「そこらに湧く雑魚とボスとじゃ次元が違うわ。あんたでも一対一だと今のままじゃ厳しいでしょうね」
「お前がそこまで言うってことは……相当なんだろうな。最初のダンジョンの時点で魔力自体は覚醒していたはずなのにゴーレムには手も足も出なかった上にワンパンされたし」
今になって思い返してみれば、ゴーレムにタックルすると決めてからは体が軽かったように感じる。
恐らくあの時点で魔力のコントロール的には早く走って強く激突する、という方にシフトしていたのだろう。
しかしゴーレムはビクともしなかった。
殴られる瞬間、オークや赤鬼の攻撃を受ける時のように身構えていたかというとそこはちょっと微妙だが。
いずれにせよスノウの言う次元が違う、というのは納得できる話だ。
「あの手の完全にフィジカル特化みたいなボス相手に身一つで特攻するのは正直言ってアホよ。アホアホよ。あんたは人類最強だって言ったけど、それでも山を動かすのは無理でしょ」
そりゃ無理だ。
「そもそも人類最強っていうのもピンときてないしなあ」
「そんなのはそのうち嫌でもわかるわよ……っと」
ふい、とスノウが玄関の方を向いた。
「どうした?」
「知佳が来てるわね」
「知佳?」
今日も来るなんて言ってたっけ。
直後、ピンポーンとチャイムが鳴らされる。
まさかと思って玄関まで行き扉を開けると、昨日も見た小さいやつが立っていた。
「きちゃった」
お前は俺の恋人か。
とでも普段の俺ならツッコミを入れるとこなのだが。
「……」
「どうしたの?」
俺が無反応というか、微妙な反応をしていたのを不思議に思ったのか知佳が首を傾げる。
「まあ入れ」
「?」
知佳を中へ招き入れる。
「昨日ぶりね、知佳」
「昨日ぶり、スノウ」
二人が軽く挨拶を交わす。
「……なあ知佳、お前って昨日のうちにスノウに今日も来るって伝えたのか?」
「別に。思いつきで来ただけだし」
「だよなあ」
ちらりとスノウの方を見ると、テレビをつけて番組表を眺めていた。
もう使いこなしてるよ、こいつ。
「なあスノウ、なんで知佳が来るってわかったんだ?」
「なんでもなにも、魔力を感じたからよ」
さらりとそんなことを言う。
「……知佳って魔力あんの?」
「量に差はあるけど普通の人間は普通に持ってるわよ。ダンジョンに入ったことある人は、だけど」
マジか。
そうだったのか……
全然知らなかったぞ。
「ていうか知佳、ダンジョンに入ったことあったんだな」
知佳はこくりと頷く。
「中学校の時に友達と」
そういえば未成年でも保護者同伴なら入れるもんな、ダンジョン。
でその時に魔力が覚醒したということだろう。
……しかし知佳の中学生時代か。
興味あるな。
どれくらい変わってないのか。
等と考えていると、知佳が俺の脇腹をつねってきた。
「な、なにすんだよ」
「失礼なこと考えてた気がした」
図星だった。
「……にしても、魔力で個人を認識できるのか」
「あんたも慣れればできるわよ」
さらりと言うスノウだが、俺はその魔力というものをまず感じることからしてできていないので多分遠い話だろう。
と、きょろきょろと部屋を見回していた知佳が俺に訊ねてくる。
「外出でもしてた? 昨日帰る前とほとんど物の位置が変わってない」
……どんな記憶力してるんだこいつ。
目の付け所が探偵かなんかのそれだよお前。
知佳の質問にスノウが答える。
「ダンジョンに行ってたのよ」
「ダンジョン?」
「ああ、新宿ダンジョンの9階までな」
俺が続いて答えると、知佳は俺のことを残念な奴を見る目で見てきた。
「悠真、新宿ダンジョンは8階までしか確認されてない」
「やめろその哀れなバカを見る慈しみの目。本当に9階まで行ったんだよ」
そこで知佳はちらりとスノウを見た。
「本当よ」
「スノウが言うなら信じる」
「お前さては俺のことをイジメに来たな?」
なんて陰湿な奴なのだろう。
「失礼な。会社設立のこと色々調べたから情報共有に来た」
「ありがとう知佳様」
なんて天使のようなお方なのだろう。
「……けどその前に、本当に9階見つけたならダンジョン管理局に連絡とかした方がいいと思う」
「あ、そっか」
いや別に義務ではないのだが。
一応9階もありますよという話はしておいた方がいいだろう。
「ちょっと
と言ってスマホを取り出すと、ちょうどその柳枝さんから電話がかかってきた。
ナイスタイミングすぎるだろ。
「もしもし、
『柳枝だ。実は君たちの引越し先が正式に決まってな。今すぐにでも移動してもらって構わない』
流石、仕事が速いな。
今朝郊外になるかもしれないということを伝えてきたくらいなのに。
あるいはその時点でほぼ決まっていたのかもしれないが。
「ありがとうございます。すぐにでも引越し準備を始めますね」
『こちらで業者を手配しよう』
「いや、流石にそこまでは……」
『それでも数十億という単位でお釣りが出るくらいだ』
「……ではお願いします」
確かにそう考えるとそこまで遠慮する必要もないのかもしれない。
『では伝えることは伝えたので失礼す――』
「あ、一つ報告することが」
電話口で向こうが身構えた雰囲気が伝わってきた。
別に無理難題を言うわけではないのだが。
ただの報告だし。
『……なんだ?』
「新宿ダンジョンの9層を発見しました」
『…………』
恐らく隠しきれなかったのであろう溜め息のようなものが電話の向こうから聞こえてきた。
『年に数件、その手のイタズラ電話がかかってくることがある』
「9層までのマッピングはしてあるんで、後でデータで送りますよ」
『……いや、すまない。疑っているわけではない。君たちなら十分あり得る話だろう。攻略してきた、なんて報告でないだけまだ心の準備はできていた』
「あーそれが……明日にはボスを倒すとうちのスノウが言ってまして」
『…………』
柳枝さん、黙っちゃった。
しばらくして、確認するように柳枝さんが聞いてくる。
『君の目から見て、でいい。それは現実的に可能なのか?』
「……可能、だと思います」
『そうか……』
明らかに疲れている「そうか……」である。
別にダンジョンを攻略すること自体に実害があるわけではない。
ボスを倒してしまうとモンスターが湧かなくなるのでそこからの魔石資源という意味では尽きてしまうが、特に新宿ダンジョンのような形のダンジョンならば有用な施設として使い回すことが可能だろう。
モンスターなんてどこのダンジョンにもわんさかいるのだから、それで全体的な採石量が減るということもない。
しかし攻略された直後はやはりある程度の混乱が予想される。
そこを主な活動場所にしている探索者や業者から問い合わせが殺到するからだ。
というのを、柳枝さんの自伝で読んだことがある。
「その……お疲れ様です」
『……とにかく、君たちの住むところは用意した。スノウホワイト君の戸籍も明日には用意できる。そして明日のことは明日考える』
……それでいいのだろうか、社会人。
と思わなくもないが、まあダンジョンが攻略されるかどうかなんて明日にならないとわからないしな。
俺はもう一度お疲れ様です、と言って。
電話を切るのだった。
3.
「色々準備するものがあるんだな……」
「会社を建てようと思うのなら、当然」
くるくるとペン回しをする俺を知佳が嗜める。
あれこれ決めることもあるし発注しないといけないものもある。
うーん、めんどくさいぞ。
「頑張れ、若人」
「お前同い年だろ」
知佳に適当に励まされる。
そういえばスノウって何歳なんだろう。
多分今直接聞いたらデリカシーのなさを知佳とスノウの二人にツッコまれることになるので、せめて知佳がいない時に聞こう。
頭を抱える俺を見て知佳はぼそりと呟く。
「……本当はこういう面倒くさいのは本当は行政書士でも雇って丸投げするのが普通だけど」
「え、そうなの?」
「でも悠真が困ってるの見るのは楽しいからこのまま」
「お前はそういう奴だって分かってたよ」
表情筋が仕事をしていないので表情は変わっていないが、雰囲気からして楽しそうなのは伝わってくるさ。
それを聞いていたスノウまで悪ノリし始める。
「わかるわ、なんか悠真が困ってるのって面白いわよね」
「その通り」
「お前ら呪ってやるからな」
とは言え。
出資者である知佳に、ダンジョン絡みの要であるスノウ。
一番何の役にも立たない俺があれこれ雑用をするのは当然のことなのかもしれなかった。
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