第18話:人類最強?

1.



 その後も何度か遭遇したオークやゴブリンを文字通り蹴散らしながら、俺たちはどんどん進んでいった。

 5階を難なく突破し、6階、7階と同じように全く詰まることなく突破。


 8階に辿り着いた時点で、スノウが立ち止まった。


「どう? まだ行けそう?」

「あー……まあな」


 聞いていた話よりずっと楽なのは意外と俺が強いっぽい(?)こともあるにはあるのだろうが、それ以上にスノウが俺の見えない範囲でモンスターを凍らせているからだろう。

 途中までは気づかなかったが、先程ふと路地裏を見たときに凍り付いているゴブリンの群れを見つけたのだ。


 明らかに俺よりもスノウの方が負担が大きいのに、俺が泣き言を言うわけにもいかない。


「そ。なら先に進みましょ」


 8階は確認こそされているものの、まだほとんど探索されていないので地図もないようなものだ。

 ここまでは最短距離をノンストップで来れたが、ここから先はそうもいかないだろう。


 そもそもダンジョンが出現してから10年間、8階の探索が進んでいないのはここから更にモンスターが強くなるからだ。

 スノウの方は当然問題ないとしても俺は苦しくなってくる可能性がある。

 気合いを入れて進まないとな。



2.



 吹き飛んだオークの体がビルの壁にめり込んだ。

 殴った部分は大きく凹んでいて、既に反撃することが不可能なことを如実に物語っている。

 しばらくすると光の粒となって消え、後には魔石が残った。


「なに急にはりきってるのよ」


 オークをぶっ飛ばした張本人……つまり俺を呆れたようなジト目で見るスノウ。


「いや……8階からはまた格段にモンスターが強くなるんだよ。だから気合を入れたんだけど……」

「あんたまだ自分の力がどんなものなのかよくわかってないみたいね。少なくともこの程度の雑魚相手なら今まで通りの力加減でも十分よ」


 この程度て……


「ここから先はダンジョン管理局の精鋭でもおいそれとは立ち入れない程の危険地帯だぞ? 柳枝やなぎさんも現役時代に8階へ来て、2時間で退却したくらいだ」


 確か3年くらい前の話だ。

 日本で一番最初にダンジョンを攻略したパーティの副リーダー的存在だった柳枝さん率いる部隊がたったの2時間で退却を余儀なくされ、世間はショックを受けたのである。


「あんたあの柳枝って男をリスペクトしてるようだけど、あんたはその10倍以上は強いわ。戦闘技術が未熟なのを加味してもそれくらいの差はあるでしょうね」

「……まさかあ」

「嘘だと思うなら今度勝負でも挑んでみなさいよ」


 そんなことできるか。


「……けど俺がそんなに強くなってるのなら、突然力に目覚めたアメコミヒーローよろしくドアノブを握り潰したりコップの取っ手が割れたりするんじゃないのか?」

「無意識下でも魔力のコントロールはされるのよ。あんたの場合、それが上手いから日常ではトラブルになりにくいの。普段からドアノブを全力で握る人はいないでしょ。っと、そんなことより次が来たわよ、次」


 スノウの見ている方向を俺も見ると、今まで倒してきたオークやゴブリンとは違い、明らかに体のサイズも分厚さも違う、赤黒い肌の巨大な鬼のようなやつがそこにはいた。

 腕は丸太のように太く、全身が筋肉で覆われている。


「ゴルル……」


 赤鬼の喉の奥からこの世のものとは思えない重低音の唸り声が聞こえた。


「……マジかよ」


 手にはこれまた巨大な金棒を持っている。

 鬼は3メートル半くらいあるように見えるが、金棒も3メートルくらいはあるように見える。

 鬼に金棒とはこのことだろう。

 でかい奴がでかい武器を持ったら強いに決まってる。


 そういえば新宿ダンジョンは7階くらいから妖怪みたいなモンスターが湧き始めると聞いたことがある。

 偶然なのかスノウがそれを避けて進んでいたのかはわからないが、7階では遭遇しなかったが8階に来てようやくお目見えというわけらしい。


「なあ、俺の直感が正しければあいつは絶対ヤバイと思うんだが」

「ならあんたの直感が間違えてるわ。ほら、戦いなさい。どうしてもヤバイなら助けてあげるし」

「絶対だぞ! 絶対だからな!」


 直接あれを素手で殴る勇気はないので、ずっと背中に背負っていた黒い棒を手に取る。

 大体長さは1メートル程度。

 いざこうして構えてみるとあまり頼りになる長さと太さではないのだが、こんなのを相手にして大丈夫なのだろうか。


 無駄に高かった分、素材はいいものを使っているはずだが……


 赤鬼は俺を睨みながらじりじりと近寄ってくる。

 こ、怖い。

 怖すぎるだろこいつ。

 幼稚園のとき、節分で鬼の豆まきがあり、先生が鬼に扮していたのだが、当時めちゃくちゃ弱虫かつ泣き虫だった俺はクラスで一番泣きわめいてビビッていたらしい。


 俺自身はあまり覚えていない記憶なのだが、気分としては当時とほとんど同じだと思う。

 ぶっちゃけ逃げたい。


 しかしスノウの前で尻尾巻いて逃げ出す姿を晒すわけにはいかない。

 絶対後でバカにされる。

 危なくなったら助けてくれると言っているんだし、覚悟を決めればいいだけだ。

 

「くるわよー」


 スノウの間延びした声が聞こえる。

 のと同時に、赤鬼がどすん、と大きく一歩を踏み出して金棒を振りかざした。

 受け――るのは絶対ムリだ。

 避けるしかない。


 咄嗟に横っ飛びに飛ぶと、思った以上に吹っ飛んで勢いよくすぐ脇にあったコインランドリーの壁に激突した。


「は……?」


 壁に思い切りめり込んでいるが、ほんの少し背中がピリッとしたくらいでほとんど痛みはない。

 赤鬼の振るった金棒は俺のいた地点にめり込んではいるが、俺自身には掠ってもいなかった。

 しかし赤鬼は俺を逃がす気はないようで金棒を引っ張り出すと俺の方を向いて――


「でかくて速いのはずるいだろ!!」

 

 思った以上に速いスピードでこちらへ走ってきた赤鬼から逃げるようにして、俺は壁を壊してコインランドリーの中へ入った。


 その直後、どごっ、と重い音がして壁が吹き飛ぶ。

 というか、金棒が当たった場所がほとんど消し飛んでいた。

 なんつうパワーだよ。


「なにしてるのよ」


 いつの間にか店内の洗濯機の上に座っていたスノウが、退屈そうに頬杖をついてこちらを眺めていた。


「見てわからないか? 大ピンチだよ、大ピンチ!」

「とてもそうは見えないわね」

「だとしたらお前の目は節穴だな!」


 再び近づいてくる赤鬼から、スノウのいる方向とは逆方向へ跳んで逃げる。

 あわよくばあっちに行ってくれないかと思ったが、どうやら先にロックオンした俺を徹底的に狙うつもりらしい。

 迷うことなく赤鬼くんはこちらを振り向いた。


 そしてその場で赤鬼は金棒を振りかぶり――


「お、おい――」


 まさか、と思う間もなくそれをこちらに向かって投げつけてきた。

 いきなりのことで避ける間もなく金棒が目の前まで飛んで来て――

 咄嗟に顔面を庇った両腕にぶつかった。


 ガツン、と鈍い音がなり、その場にヒビの入った・・・・・・金棒が落ちる。


「え……」


 もしかして意外と軽い素材でできているのだろうか。

 全然痛くなかったぞ。

 

 ひょいと持ち上げてみると思った通り、軽い。


 流石に1メートルちょいしかない棒よりはこちらの方がいいだろうと思い、こちらへ向かってきていた赤鬼に向かってフルスイングしてやる。

 と。

 パゴン、とどこか間抜けな音がして、金棒が当たった赤鬼の上半身が消えた。


 残った下半身も光の粒となって消え、その場に小さな魔石が残る。

 

「な……」


 正直とりあえずの反撃をしてこれでもダメだっただろ! とスノウに助けを求めるつもりだったのだが、あっさり終わってしまった。


「……なんか見掛け倒しなやつだったな」

「何言ってんの。壁を吹き飛ばすくらいの力は持ってたでしょ、今のやつ」


 いつの間にか隣まで来ていたスノウが魔石を拾い上げる。

 

「ボス以外のモンスターとしてはまあまあのサイズね。ここから先あれがわんさか出てくるとしたら、確かに攻略は難しいかもしれないわ。あたし達以外には」

「……なあ、スノウ」

「どうしたの?」


 魔石を持ったままこちらを振り向くスノウ。

 そんな彼女に俺は恐る恐る聞いた。


「もしかして俺って、本当にかなり強いのか?」


 それを聞いたスノウはきょとんとした表情を浮かべ、答える。


「だからそう言ってるじゃない。多分あんた、この世界の人類じゃ最強よ」


 俺は自分の掌を見つめる。

 普段から見慣れた、紛れもなく俺の掌だ。


 人類じゃ最強……か。


 ……全然実感が湧いてこない話だった。

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