第17話:真リアルダンジョン

1.



 スノウの容姿と俺の背負っている黒い棒のお陰で衆目を集めつつ電車を乗り継ぎ、20分ほどで目的のダンジョンへ辿り着く。


 <新宿ダンジョン>だ。

 よく言われるリアルに迷子になる新宿駅のことではなく、本当に新宿駅から少し離れたところにダンジョンが出現したのである。

 世界中にダンジョンが同時出現した時に出来たものなので歴史は古い。

 とは言っても10年程度だが。

 10年間誰も攻略出来ていないので難易度は高い方なのではないかと

 

 と言うのも、大抵の人は普通のダンジョンを探索することもかなり稀なことなので、そもそもダンジョン同士の難易度は簡単には比べられないのだ。

 道中の雑魚は誰でも簡単に倒せても、ボスは年単位で戦略を練って訓練し、ようやく討伐するなんてことも珍しい話じゃない。

 それに<新宿ダンジョン>に関してはそもそもボスの目撃情報がない。


 それが意味するのは今まで誰も会っていない程奥深くにボス部屋があるか、それともボスを目撃した人は誰一人生還していないかのどちらかだ。

 

「今の所確認されてるのは8階まで。5階あたりからはベテランでもなかなか入れないくらいの難易度らしい。1階は一般人でも倒せる程度のモンスターしか湧かないから、ちょっとしたレジャー施設にもなってるな」


 と、ざっくりした情報をスノウに伝えると、「ふーん」と7階までマッピングされた地図を流し見して、


「それじゃ、目標は8階ね。それより先はその時考えましょ」


 とこともなげに言うのだった。


 

 入り口付近に立っていたお姉さんに俺の名前を伝えただけでほとんどVIPみたいな扱いで通された俺たちだったが、ダンジョンへ入ってすぐにスノウが立ち止まった。

 

「……へえ」


 というのも、<新宿ダンジョン>の中身はほとんど普通の町並みと変わらないのだ。

 どこかに存在する下へ続く階段を降りても同じ。

 どの階層も同じく、普通の町並みのように見える。

 これがリアル新宿ダンジョンこと新宿駅でないだけマシなのかもしれないが。


 ちなみに何故こんなことになったのかは今の所解明されていない。

 だがこのようなダンジョンは他にも幾つも確認されているのだ。

 中にはもっと変わり種もあったりするが。


「一級以下、二級以上ってとこね」


 ざっくりとダンジョンの中を眺めたスノウが呟く。


「一級? 二級?」

「この世界だとなんて言われてるのかは分からないけど、ダンジョンの難しさを等級で表した場合の尺度の話よ」

「いや、そもそもそんなことされてない。このダンジョンは難しいらしい、とか簡単な方かもしれない、とか。それくらいの情報しかないけど」


 するとスノウは意外そうな表情を浮かべた。


「ふぅん……まあ魔力が存在しない世界だとそんなものなのかしら。あんたも慣れてくれば中に入るだけでそのダンジョンがどれくらいのものか分かると思うわよ。分かりやすい目安もあるけど」

「分かりやすい目安?」

「そのダンジョンの中身が、出現した場所の影響を受けている見た目の場合は二級以上。大体そう考えていいわ」


 つまりここ……新宿ダンジョンも二級以上であることは確定なのか。

 

「とは言っても一級とか二級って言われてもどれくらい難しいかはよくわからないな」

「この世界のことにそこまで詳しい訳じゃないから簡単にしか言えないけど……そうね、最初にあんたと出会ったあのダンジョン。あれは四級以上三級以下ってところかしら」


 ……確かに道中短かったけど、あの化け物みたいなゴーレムがボスにいて三級以下?

 

「つまり二級以上なこのダンジョンのボスは……」

「少なくともあのゴーレムよりは強いか、厄介な特性を持っているかのどちらかね」


 しかしそんなことは関係ないとばかりにスノウは地図を見ながら歩き出す。

 度胸あるなあ……

 いやしかし、本契約後のスノウはあのゴーレムを瞬殺してる訳だから別にあれより強いとしてもそこまで怖くはないのか。

 改めて考えるととんでもない精霊を召喚してしまったのかもしれない。


 道中でちらほらと同じくダンジョンへ潜っている人からの視線を受けるが(やはりダンジョン内でもスノウは相当目立つようだ)それすらも意に介さず地図を見ながら突き進んで行く。

 実際、<新宿ダンジョン>の1階なんて一般人でも倒せるレベルのモンスターしか出てこないのだが。

 

 

 地図通りに進むこと1時間。

 俺たちはここから先はベテランでも苦戦すると言われている5階まで到着していた。

 ちなみに、道中でちらほらとモンスターに遭遇はしているのだが全て凍りついていた。

 もしかしてダンジョン攻略超イージーモードなのではないだろうか。


「出てくるモンスターが精々ゴブリンやオーク程度なら、あんたも戦っておいた方がいいかもしれないわね」


 と、5階の探索中、スノウが唐突にそんなことを言い始めた。

 

「それってマジで言ってる?」

「何の為に武器を持ってきたと思ってるのよ」

「それはまあ……」


 しかしスノウがいる時点で俺の戦力など必要ないのではないだろうか。


「あたしが蹴散らしてもあんたの魔力は上がるけど、あんた自身がやった方が効率はいいわよ」

「そうは言われてもなあ」


 ……念の為説明しておくと、このダンジョンは下へ降りれば降りる程モンスターも強くなる。

 同じゴブリンでも1階と5階のゴブリンでは全然強さが違う。

 ポ○モンで言えば一番最初のジムと四天王くらいは難易度が違うと思う。

 慣れておくのが大事だと言うのなら1階でやるべきだったのではないでしょうか、スノウさん。

 しかし俺は割とかっこつけたい人間だったようで、かっこよく頷いて親指を立てる。


「ままままま任せておけ」


 全然かっこよくはなかった。


「来るわよ」

「えっ……」


 ふい、とスノウが視線を向けた方向に立派な体格のオークがいた。

 豚のような顔に鈍重そうな身体。

 身長は大体3メートルくらい。


「グルルルルルルル……」


 オレ、オーク。

 オマエ、ニンゲン。

 オレノホウガ、ツヨイ。


 という幻聴が聞こえてきた。

 ちらりとスノウへ視線を送って助けを求めると、街を再現したダンジョンと言うことで、何やら物珍しそうにラーメン屋の看板を見ていた。

 へーちゃんと見てなかったけどそういう細かいところまで再現されてるんだ……じゃなくて!


「おいおいおい!!」


 オークはぶっとい腕でそのまま殴りつけてくる。

 スノウの方に一瞬気を取られていたお陰で避けることもままならず、せめてプロテクター部分でガードしようと腕を上げると、思惑通りそこにオークのでかい掌が当たった。


 のと同時に、ボギィッ、と痛々しい音が響く。

 俺から出た音ではない。

 オークの腕が折れた音だ。


「へっ……?」


 痛くも痒くもない……?

 見ればプロテクターにはヒビが入っていたというか一部砕けているが、俺自身には何のダメージもないようだ。


「殴るなり蹴るなり叩くなりしないと勝てないわよー」


 スノウの間の抜けた声が聞こえ、奇っ怪な叫び声をあげながら片腕を抑えてのたうち回っているオークを蹴っ飛ばす。

 と。

 ドパン、と蹴った部分が爆ぜて消し飛んだ。

 直後にオークの体全体が光に包まれて消滅し、小さな石……魔石がころんとその場に転がる。


「思っていたより楽勝そうじゃない。もっと下の方へ行かないと練習にはならなさそうね」


 一部始終を眺めていたスノウは至極当然と言わんばかりの態度で腰に手を当ててそう言うのだった。




2.side名もなきモブ探索者



 俺はそれなりに腕の立つ探索者だ。

 ダンジョン管理局にこそ入れなかったものの、他の民間企業で探索者として雇われ、それなりの利益をもたらしている。

 今日も3体ものオークと、2体のゴブリンを狩った。

 正直何度も命の危険は感じたが、それでも敗けることはない。

 そのスリルこそが俺を楽しませてくれる。

 やはり戦いはギリギリであってこそだ。


 そういえば今日は何度か氷漬けになっていたオークやゴブリンを見かけたが、あれは一体なんだったんだろうか。

 何か特殊なフィールドボスでも出たか?

 しかしそんな話は聞いたことがない。

 もし出会ったら倒せそうなら戦い、無理そうなら逃げよう。

 ギリギリの戦いは好きだが、あくまでもそれは勝ち目があってこその話だ。

 確実に勝てないモンスターを相手にする程俺も馬鹿じゃない。

 

 俺にだって彼我の戦力くらいは見抜ける。

 一度だけ調子こいて8階に降りた時は、死の香りを濃厚に感じた。

 あそこに長時間いれば俺は死んでいた。

 今じゃ5、6階のモンスターは誰よりも上手く狩れる自信があるが、8階以降に入れる奴らは人間じゃない……それこそダンジョン管理局に雇われているようなエリートくらいだろう。

 

 ん?

 どこかで話し声が聞こえるな。

 1階は一般人がうようよいるが、5階まで来る奴は珍しい。

 今日は他の会社の奴も来る日じゃないはずだぞ。

 

 少し様子を見てみるか。

 

 ……。 

 ……女?

 真っ白い女だ。

 白い服に白い髪、白い肌。

 それにとんでもなく美人だ。

 なんであんな女が?

 

 と、近くに男もいる。

 体格はそれなりに鍛えているもののように見えるが、立ち振舞いは素人そのものだ。

 まさか地図にまかせて、運良くモンスターに遭遇せずにここまで来てしまったのだろうか。

 仕方ない、俺が1階まで案内してやろう。

 ついでにあの白い女の連絡先とかを聞いてもそれは役得というものだ。


 って、オーク!?

 しかもあの男、オークの攻撃をあろうことか素手で受けようとしていやがる。

 おい馬鹿、避け――え、オークの腕が……折れてる?


 俺は一体何を見ているんだ?

 

 馬鹿、何が起きてるか分からねえがそこから逃げろって!

 そんなお前、ただの蹴りで……蹴りで……

 ……ただの蹴りでオークの体が吹き飛んだ……?


 …………。

 今日はもう帰ろう。

 どうやら俺は疲れているみたいだ。

 あんな化け物、いるはずがない。

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