第14話:からかい上手

 街灯もそこそこの暗い道を知佳と二人で歩く。

 流石にこの時間に女性……というかほとんど小中学生みたいな身長の知佳を一人で帰らせるわけにもいかないので送っていくことになったのだ。

 

 小雨が降り始めたので傘を差しているのだが、知佳は傘を持参しておらず、一人暮らしの俺の家に傘が二つあるわけもなく思いがけず相合い傘という形である。


 そして見た目はロリであっても中身は22歳。

 しかもどちらかと言えば性格は大人びている方ということもあって、俺は一人で勝手に気まずくなっているのだった。

 そして沈黙に耐えられずに話を振る。


「この時期ってさあ」

「ん」


 適当な相槌を打つ知佳。


「ジメジメするよなあ」

「……夏って暑いよなあって言われてどう思う?」

「返事に困るな」


 何を当然のことを、という感じである。


「今の私がそう」

「すんません」


 いくら話題に困っていると言っても適当すぎたか。


「あー……雨……降ってるな」

「冬って寒いよなって言われて」

「悪かったって!」


 ここでもう一度このネタで責めるべきか悩んでいると、


「会社の事務所のことだけど」


 と至極真っ当な話を切り出されたのでテンションを切り替える。

 

「悠真がダンジョン管理局から貰う家にする」

「……そんなことできるのか? 住居だぞ?」

「できる。3人しかいない会社でわざわざ事務所借りるのは非効率」

「それもそうか」


 なんとなく会社と言うとどこかのビルの一角を借りたりしてそこを事務所にするようなイメージがあるが、俺を社長とした実質3人の小規模な会社だ。

 そんなことしても無駄にコストがかかるだけか。


「あと、形態は株式会社にする。出資をするお金は……」

「あると思うか?」


 貯金が全くないわけではないが、それで会社を設立したりなんだりは多分無理だと思う。


「じゃあ私が出す。資本金は……大体1000万もあればいいと思う」

「そんなに持ってんの!?」


 稼いでいることは知っていたが、ちょっと想定よりもだいぶ多かった。

 しかもポンと出せるってことはもっと持ってるよな……

 

「ていうか良いのかよ、そんなに」

「間違いなく元は取れるから平気。手続きとかはどうするの。私がやる?」

「流石にそれは俺がやるよ。そこまで任せっきりなのは気が引ける」

「別に良いのに。悠真の世話を焼くのは嫌いじゃない」

「お前は俺のオカンか?」


 随分小さいオカンもいたものだ。


「悠真、肩濡れてない?」

「濡れてないな」


 実際は結構身長差があることと、そもそもこの傘は一人用だということでどうしても俺は濡れてしまうのだが。

 俺がそう答えると、知佳は「ふうん、そう」と頷いて、俺の腕に密着してきた。

 

「人の話聞いてたか?」

「風邪引いたら大変」


 本当に母親みたいなことを言う奴である。

 しかしこいつ体温高いな―。

 小さいからだろうか。

 こんなこと本人に言ったら後が怖いので言わないが。


 しかし実際のところ密着されたお陰で俺の肩が雨に濡れなくなったのは事実だ。


「……本当にいいのか? 1000万ってとんでもない大金だぞ」

「わかってる。ただの出資だし、そんなに遠慮するものでもない」

「とは言ったってなあ……」


 確かに理屈で言えば将来性のある企業に1000万投資するようなもの……と言えなくもないのかもしれないが。

 それとこれとは別問題だと思ってしまう自分がどうしてもいるわけで。


「そんなに気になるなら身体で返してもらう」


 ……身体でって。

 やらしい響きに聞こえるのは俺の心が汚れているからだろう。


「……肉体労働って意味か?」


 ちらりと知佳が俺を見上げる。

 相変わらず何を考えているのかわかりにくい、深い青色をした目だ。

 

「悠真が最初に想像した方」

「なっ」

「冗談」


 くすりと笑う。

 ちくしょう、こいつこんな見た目しておちょくってきやがって。

 知佳はちょくちょくこうして俺をからかうことがある。

 そして毎回まんまと俺は引っかかるのだが……

 今回は甘んじて受け入れよう。

 なにせ1000万だ。

 本来ならば靴をぺろぺろ舐めるような立場である。

 

「……まあ、稼いだらまっさきにお前に返すよ。友人間でそういう貸し借りは良くないからな」

「別に気にしなくていいのに」

「お前が気にしなくても俺が気にすんだよ」


 そんなことを言っている間に駅に着いた。

 早足に歩いている人が多い。

 雨が降っている時の駅の雰囲気って、割と嫌いじゃないんだよな。 

 雨自体は嫌いだけど。


 屋根のあるところに入って傘をばっさばさやりながら改めて聞く。


「本当に家まで送っていかなくていいのか?」

「平気。電車降りたらすぐだし」


 そうだった。

 大学入学時には既に自分で稼いでいる知佳は駅から徒歩1分(実際に俺が測ったみた時はなんなら40秒くらいで着いた)という超好立地に住んでいるのだ。


 知佳がふと思い出したように切り出してくる。


「そういえば」

「うん?」

「さっき友人間の金の貸し借りはよくないって言ってたけど、友人じゃなかったらいいの?」

「んー……まあそういう企業もあるくらいだしな」

「そうじゃなくて」

 

 ぐいっと袖を引っ張られ、俺は屈ませられる。


「友人だったら?」


 耳元でそう囁かれ、俺は顔が熱くなるのを感じてバッと離れた。


「……お前なあ」


 耳元を手で抑えながら知佳を睨む。

 表情はあまり変わらないのだが、楽しそうな雰囲気で知佳は俺に向かって言う。

 

「ロリコン?」

「ロリって言ったら怒るくせに都合のいい奴だな」

 

 俺の抗議も虚しく、「それじゃまた」と言って知佳は改札の方へ向かっていくのだった。

 


 二十分後。

 コンビニで明日の朝ごはん用におにぎりだけ買ってきた俺はガサガサとレジ袋を鳴らしながら扉を開ける。


「ただいまー」

「おかえりー」


 テレビを見ていたスノウがこちらを振り向く。

 すっかりこの世界に順応しているようである。

 異世界人ってもっとなんか色々なものに驚くようなイメージがあったんだけどな。


 まあずっとふよふよ漂っていたとか言ってたし、そういう段階は既に通り過ぎているのか。


「なんか覇気がないわね、覇気が」

「あいつにからかわれてそのまま勝ち逃げされたからな」

「あいつって……知佳のこと?」

「そうだよ」

「からかうってどんな風によ」

「友達での金の貸し借りが良くないならそれ以上はどうなの、みたいな感じで俺の純情を弄ぶんだよ」

「ふぅん……」

 

 スノウが俺の顔を意味ありげにじろじろと見てくる。


「……なんだ?」

「別に―。あんたが気付いてないならなんでもないわ。あたしから言うのもお門違いだろうし」


 ひらひらと手を振りながら再びスノウはテレビの方を向くのだった。

 

 ……なんのことだろう?

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