第15話:オリンピック超級
『郊外にはなってしまうが、君たちの望む居住地を提供しよう。名義は君で良いのかな』
翌日。
朝の9時頃に
スノウに対応させると喧嘩になりそうなので(理由あっての喧嘩腰だったのは分かっているが、それでも穏便にいきたい)俺が話す。
「はい。ありがとうございます」
『そして情報提供の件は……また怒らせたくないのでストレートに言ってしまうが、君たちの
「別に怒りませんよ」
思わず苦笑してしまう。
むしろ妥当な判断だろう。
どうやら柳枝さんの中のスノウはよほど狂犬なようだ。
『それから君を弊社で雇うという話も同じく……だ』
「そっちに関しては問題ありませんから、ご迷惑おかけしました」
『……? どういうことだ?』
「実はこちらで会社を立ち上げることになったんです。主な事業内容は魔石の販売」
少し電話の向こうで考えるような雰囲気があり、しばらくして、
『なるほど、考えたな』
と返答が返ってきた。
「なのでダンジョン管理局とは懇意にしたいんですよ」
『それはこちらとしても願ってもない話だ。件の魔石だが、居住地の提供だけではとても釣り合いが取れない。差額を支払いたいのだが、口座を教えては貰えまいか』
ん……
確かにどう少なく見積もっても数十億はするサイズの魔石だ。
広いという条件付きとは言え、家一軒で全て使い切るなんてことはないだろう。
しかし今から少し難しいというかややこしいことを頼むので、それでチャラということにならないかな。
「実はスノウの戸籍を取得して欲しいんです」
再び、電話の向こうで考え込むような気配。
『……精霊というのが本当なら、確かに我々に頼むのが妥当だろうな。見ない例ではあるが。いや疑っている訳ではないぞ』
「分かってます。荒唐無稽な話でもありますから。……報酬は魔石の差額分ということで如何でしょう」
『正直、それでも余るくらいだぞ』
「それはご迷惑おかけしたので、こちらからの気持ちということで」
『承知した。スノウホワイトくんの戸籍の件はこちらでなんとかしよう。……君たちの立ち上げる会社だが、上層部にこの件は情報共有しても構わないか?』
「もちろん。お得意様になって頂ければ幸いです」
『……ところで、数キロ西へ離れたところで攻略された小規模なダンジョンが発見された。出口付近が氷漬けになっているのだが、あれが君たちの攻略したものという認識で良いのか?』
「はい、それです。あれがスノウの力ですよ」
『途轍もないな……。君たちを敵に回すのは得策ではなさそうだ』
電話の向こうで柳枝さんが溜め息をついた。
色々大変なんだろうなあ……
というか俺がその大変さを提供している張本人なので申し訳ないな。
「あ、そういえば」
『これ以上なにかあるのか?』
「すみません、そんな変な頼み事じゃないです」
身構える雰囲気が伝わってきて思わず苦笑いしてしまう。
「今日、<新宿ダンジョン>に行こうと思ってるんです。でもスノウって身分証明書がないじゃないですか。なのでちょっとした手回しというか……」
『そういうことか。それくらいなら任せてくれ。君たちから頼まれた事の中では一番簡単だ』
「ほんとすみません」
…………。
……。
それから少し世間話をした後、電話を切る。
……柳枝さんというか、ダンジョン管理局全体なのだろうが、相当スノウを警戒しているようだった。
そういう意味では例の強気な態度も上手くいっているのかもしれない。
或いは態度など関係なく、魔力を測定するだのしないだのの機械で測定した結果の警戒かもしれないが。
俺も一時は探索者を目指していた関係上、
そしてその把握している知識から鑑みると、スノウの力は明らかに飛び抜けている。
もちろん全てを公開している訳ではないのだろうが、それでもかなり上位の方にはなるのではないだろうか。
というか、下手すりゃスノウに勝てる人類は存在しないのではないだろうか。
「電話終わった?」
台所で朝食の洗い物をしていたスノウが話しかけてくる。
「ああ、住むところは提供してくれるみたいだ」
「他の二件は?」
「今後次第ってとこだな。俺がダンジョン管理局に入るって話は断りを入れておいたけど」
「大体予想通りね。情報の件は普通に突っぱねられると思ってたから、むしろ上々よ」
「だな」
一考の余地ありの時点で相当あちらも譲歩していることがわかる。
それも昨日の今日だからな。
相当大急ぎで決められたことなのだろう。
「そうと決まれば引っ越しの準備しないとな」
とは言っても引越し先にも持っていきたいものはあまりないので(家電くらいだろうか)、ほとんどのものは処分することになりそうだ。
軽トラでもレンタルすれば下手すりゃ荷物の全てを自分たちで持っていけるくらいではないだろうか。
大抵の家電は一人でも持ち運べるだろうし。
「あとダンジョンにも入れるようになったぞ」
「あら、そうなの? 身分証明書のことはさっき言ったばかりじゃないの?」
「柳枝さんにちょっと無理言ったんだ。身分証明書なしでもスノウが入れるようにしてくれって」
「あら、そうなの。なかなかやるわね、ダンジョン管理局」
実際はなかなかどころじゃないのだが、スノウにそれを言っても無駄なのはわかっているので俺は黙っていた。
人付き合いとは何をするかよりも何をしないかである、と誰かが言っていたからだ。
「ダンジョン攻略するならちょっとは鍛えた方がいいかもしれないわね」
「昔はやってたんだけどな。最近は全然だ」
探索者を目指していたときは結構ストイックに鍛えていた。
体脂肪率なんかは一桁台だったし。
今は普通に二桁あると思うけど。
「あんたの場合は必ずしも必要かって言われると微妙だけど」
「まあスノウがいるしなあ」
「あたしの話じゃなくて、あんたの話。魔力が解放されてからあんたの体は丈夫になってるの。力なんかは何倍にもなってるはずよ」
「……そうなの?」
ダンジョンに行くことで潜在的な魔力が開放される。
そしてその魔力の量がどうやら多いことまで聞いていたが、それに付随して身体能力が上がるという話は初めて聞いたぞ。
……が、確かに特殊な装備を身に着けているとは言え、攻略組の身体能力はとんでもないと言われている。
本気ならば陸上の世界記録だって塗り替えてしまえるとさえ言われている程に。
それがダンジョンに潜ることによって増える魔力によるものだとすれば確かに納得もいくかもしれない。
そういえば巷で噂されているレベルのようなものの正体が魔力なのでは、と俺自身考えたことでもあるしな。
実際、ダンジョン管理局に雇われている探索者の上位層なんかは100メートルを5秒くらいで走る事さえ出来るとも噂されているくらいだ。
本当のところどうかは知らんけど。
しかし俺にも大量の魔力があるという話なら、もしかしたら俺も超人のような力を手に入れているのかもしれない。
「今なら林檎だって握りつぶせたりしてな」
「勿体ないでしょ」
スノウが呆れた表情を浮かべる。
突っ込むところそこですか。
「ま、明日にでもダンジョンへ行ってみればわかるわよ」
ダンジョンへ行けるということもあってか、スノウはこころなしか上機嫌でそんなことを言うのだった。
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