第12話:修羅場5秒前

「今日はもう出前でいいか……」


 二度も甘い誘惑に耐えた俺を褒めて欲しい。

 いやまじで。

 

 またたびならぬを終えたスノウが風呂に入っている間、ぼんやりとテレビを見ていた俺は夕食を作るのが面倒臭くなっていた。

 今日はあちこち歩き回ったので疲れた。

 ていうか冷蔵庫の中身が何もないんだよな。

 出かけたついでに買っておくべきだったか。


「……出前でいいか」


 出前って便利だよな。

 頼めば出来上がったものが家に届くのだから。

 

 しかしその出前サービスのお陰でピザはややお高い値段設定になっているのだとか。

 ピザって頻繁に持ち帰り一枚無料とかMサイズ一枚無料とかしてて採算取れるのだろうかと思って調べたことがあるのだが、その時に得た豆知識である。


 ということで1枚頼むとMサイズ1枚無料のピザ屋があったので、明日の分も込みでそこで4枚頼む。


 ピザはラップで巻いて冷凍しておけば後で焼けばちゃんと美味しくなるのだ。

 スマホをポイと投げてベッドに寝転がる。


 ……このベッドで昨日スノウが寝たのか。

 ここで寝返りを打ってにおいをかいだりする程の変態性には幸い俺にはなかったようだが、それを意識してしまうとベッドで寝転がっているのも何故か罪悪感を覚えてしまう弱い男である。

 

 そういえば布団買うのも忘れてた。


 色々あると頭からすっぽ抜けるなメモ取る癖をつけるべきかもしれない。

 なんとなくだが、これから忙しくなりそうな気もするしな。


 ポポン、とメッセージアプリの通知音が鳴る。

 誰だろうと思い、スマホを手にとって見てみると、先程ネットであれやこれややる上で詳しい奴……で思い浮かんだとある知り合いにメッセージを送っていたのだった。

 その返事が来たようだ。


 というか、内容を送信中にスノウに襲われた(?)お陰で文章が若干変だな。


『ちょっと相談があるんだが』

『お前ってネットとかパソコンとかそういうの詳しいよな』

『手伝ってほしいことがあ?????』


 手伝ってほしいことがあ?????

 って。

 なんで俺から頼んでおいてちょっと鬱陶しい疑問形なんだ。

 ちなみにそのことについては特に突っ込みもなく、返事は『詳しい話は後で聞く』、だそうだ。

 忙しいのかな。


 あいつもボケ殺しというか……どちらかと言えば淡々とボケ続けるタイプでツッコミではないからな。

 俺の誤字を見たところでなんとも思わないのだろう。

 よっぽど面白いことを言わなければあいつは笑わないのだ。


 そもそも感情の起伏が薄いタイプというのもあるが。

 

「……にしても、昨日今日で色々ありすぎだな」


 というか主に昨日の続きみたいなものだが。

 冷静に話を整理しようと思うと、まるで現実味が沸かない。

 実はスノウなんて精霊はいなくて、俺はただ就活をサボって現実逃避しているだけだと言われても納得出来る。


 そうだとしたらそこまで妄想を広げた俺がヤバすぎる奴になってしまうが。


 しかし風呂場から聞こえてくるシャワーの音と、シーツを洗っている洗濯機の音がこれは現実だと告げている訳で。

 

「大変な事になっちまったなぁ、オイ」


 まるで他人事かのように呟いているとピンポーン、とチャイムの音が鳴った。


 ……ピザが届くにしては早すぎないか?

 焼き立てのやつじゃなくて出来合いのものを持ってきたのかな。

 できれば焼き立てが良かったなぁ、なんて考えながら財布を握りしめて玄関へ向かい、扉を開けるとそこには配達員ではなく――身長の低い女子が立っていた。

 

 ショートカットで、いつも眠そうな目をしている。

 身長は140センチ程度でかなり小柄だが、これでも大学生。

 俺と同年齢タメである。

 

「失礼なことを考えてる顔」


 相変わらず何を考えているかよくわからない表情で俺を責めるようなことを言う。


「……いや、そんなことはないけど。なんでここにいるんだ、知佳ちか


 こいつは永見ながみ 知佳ちか

 大学の同期で、四年の付き合いがある。

 さっき連絡したネットに詳しい奴というのが知佳だ。


「……インターネットかPCのトラブルなんでしょ? すぐに解決しないと大変」


 ああ、そういうこと。

 確かにネットあれこれやって稼いでいるらしいこいつにとってインターネットって生命線みたいなものだもんな。


「トラブルってわけじゃないぞ」

「じゃあ、なに? 慌ててたのに」

「ちょっとした相談がな。というかお前こんな夜に男の家に来ていいのかよ」


 そう言うと知佳は心底不思議そうに聞いてきた。


「そんな度胸ないでしょ?」


 言いながら小首を傾げる知佳。

 こ、こいつ。

 俺だって男なんだぞ。


「…………」


 まあ……確かにそんな度胸は無いが。

 しかし知佳は見た目こそ幼いが割と目を引く美少女でもある。

 人形みたいで可愛いと他の女子大生にハグされているのを目撃したことがあるくらいだ。アレ程自分の性別が男であることを呪った日はない。


 追い返すのも申し訳ないがスノウと鉢合わせするのもなんか厄介な誤解を生みそうな気もする。


「まあ入れ」

「お邪魔する。悠真の家に来るの久しぶり」


 とりあえず、知佳の見た目のこともあるので一旦中に入って貰う。

 ご近所さんに見られてみろ。下手すりゃ犯罪を疑われる。


「やっぱり何か失礼なことを考えてる気配」

「気のせいだ」


 とりあえず誤解を解いて早く帰って貰おう。

 スノウが出てきたら大変なことになる。


 ……あれ、よく考えてみればどの道スノウのことは説明しないといけないんだから隠そうとする必要はないのか。


「誰か来てるの?」


 目ざとく(耳ざとく?)シャワーの音を聞きつけたようで、知佳がそちらへ視線を向けたちょうどそのタイミングで。

 バスタオルを身体に巻き付けたスノウがこちらに顔だけ出して(しっかり身体の方も見えてはいるが)、


「ボディーシャンプー切れてるわよ。どこにある……の……」


 と言い放った。

 スノウは知佳を見つけるのと同時にフリーズ。


 知佳の方は表情こそ変わらないものの、どういう訳かどす黒いようなオーラのようなものが出ているような気がする。

 

 あれ、やっぱり面倒なことになる?

 というかタイミングと出てきかたが悪すぎない? スノウさんや。

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