第11話:トリガーの正体

「やけに攻撃的だったな?」


 家に着いて荷物を整理している途中で、ずっと気になっていたことを聞いてみる。

 スノウは普段からツンケンしているが、ああいった態度を取るような子だとは思えない。

 何かしらの狙いがあってのことなのだろう。


「ある程度つっついて情報を引き出したかったのよ。あの人には申し訳ないことしたわ」

「柳枝さんな。あの人、とんでもない大物なんだぞ」

「でも、実りある話し合いではあったわ」

「そうなのか?」


 一方的に条件を突きつけて帰ってきただけのような気もするが。


「優秀な組織ね。あそこは大成するかもしれないわね」

「大成するって……もう大成功してるぞ、あの会社は」

「それ以上によ。ダンジョン攻略の鍵にもなり得る。そう感じたからあそこまで強気に出たの」

「スノウはダンジョンを攻略したいんだよな?」

「当たり前でしょ。あたしの精霊としての仕事だもの」

「ならもっと友好的にいった方が良かったんじゃないか? 求める情報を全て寄越せとか……流石に魔石でもたらされる利益の範疇を超えてるぞ」


 なにせ天下のダンジョン管理局様だ。

 規模がとんでもない。

 そんな企業が握る情報ともなると……それだけで莫大な資産価値が生まれるのではないだろうか。

 

「いえ、あれで良いのよ。敵ではない、でも味方でもないくらいの距離感が必要だったから。だからちょっとした無理を言ったのよ」

「……その言い方だと、最初からあの要求が通るとは思っていなかったって聞こえるけど」

「その通りよ。全ての情報を開示するなんて絶対に拒否するに決まってるもの。本命はあたしとあんたの居住地の提供。多分、あっちも折衷案としてそこを持ってくるでしょうから、組織には属さないけど協力関係にはある。これくらいでいいの」

「……それじゃあ俺たちは個人で攻略を進めていくのか?」

「そうなるわね。ダンジョン管理局はあたし達無しでも攻略を進められる。あたし達も個人で進められるだけの力がある。それなら共同で攻略していくメリットはほとんどないわ」


 そう聞くとそれも一つの真理な気もするな。

 あのゴーレムを凍りつかせた時の力を見るに、中途半端な助力なむしろスノウにとっては邪魔になりそうな気もするし。


「それで、悠真。相談が一つあるのだけど」

「相談?」

「魔石の販売ルートに心当たりはない?」

「……今あるのはダンジョン管理局に渡すんじゃないのか?」

「今あるのはどうでもいいの。これから手に入るものよ。今持っているもの以上の大きさの魔石だってこれからは簡単に手に入るわよ」

「…………」


 また難しいことを言い出すな。

 そりゃ、小さなものだったらどうとでも売れる。

 しかし拳大かそれ以上のものともなればだいぶルートは限られるだろう。


「ダンジョン管理局に直接売りに行くってのは?」

「継続的に買い取ってくれるならそれでもいいけど、流石にそのうち渋り始めるわよ」


 一体この子はどれだけ魔石を売るつもりなのだろう。

 今やダンジョン管理局はT○Y○TAに匹敵するかそれ以上の規模を誇る会社だぞ。


「……個人でやろうとすると難しいかもなあ」

「どういうこと?」


 生活に必要な常識しか知らないスノウは首をかしげる。


「まず信用がない。魔石が本物だという保証があれば人々は欲しがるだろうけど、それを証明する手段がないんだ。それこそダンジョン管理局やその他ダンジョン攻略を目標に掲げている企業でもないとね」

「……そういえばこの世界の人間は誰もが魔力覚醒している訳ではなかったわね。確かにそれは厄介な問題だわ」

「けどスノウが世間的に目立つことを恐れないなら手段はある」

「どういうこと?」

「この世界にはインターネットがある。情報を発信する手段は腐るほどある。そこでスノウの容姿と実力をもってすれば、世間の注目はあっという間に集まる。その上で幾つかの魔石をダンジョン管理局なりに売って、俺たちの集める魔石が本物であることをアピールする。そうすれば他の企業や組織もこの魔石が本物なことを理解するだろうから、買い手もつきやすくなる」


 スノウは状況を思い浮かべたのか、嫌そうな表情を浮かべる。


「それってすごく目立つわよね……」

「正直、そういうことをやらなくてもスノウレベルの美少女だとすぐに注目を浴びることになる」

「褒めてるの? それ」

「まあ褒めてるっちゃ褒めてるな。今日ちょっと街を歩いただけでも相当注目を浴びたろ? それくらい綺麗な白い髪もまずいないし、お前ほど整った容姿は人類にはそういない。プロポーションも文句無し。俺がテレビのスカウントマンだったら間違いなく声をかけてる」

「ふーん」


 あらそうなの。まあ興味ないけどね。みたいなことを言わんばかりの態度で適当な相槌を打つスノウだが、顔が明らかにニヤけていた。

 満更でもない様子が見え見えである。

 普通ならそこまで目立つことによるデメリット――例えばヤバイ奴にストーカーされるとかの問題もつきまとったりするのだが、スノウの力があればむしろ危険なのはストーカー側だろう。


「まあ悪くはない手ではあるわね。考えてあげてもいいわ」


 ニヤニヤを隠せていない。

 さっき目立つの嫌ですみたいなこと言ってたのに、もう心変わりしているようだ。

 恐らくこの手を使うことになるのだろう。


 しかし魔石の販売ルートはこれでなんとかなる目処が立ったとして、動画を作るなり生放送するなり、何かしらの手段を使ってメッセージを送り出すとなるとそういうのに慣れた人材が欲しくなるな。

 ……あいつならそういうの詳しそうだな。


 とある大学の同期を思い浮かべる。


「ま、とりあえずはダンジョン管理局の返答待ちだな」

「そう遠くはない内に返事は来ると思うわよ。情報の開示まで全部飲んでくれたら一番楽なんだけど」

「そういやさっき個人でやるって言ってたけど、もしダンジョン管理局が俺を雇うことに積極的だったらどうするんだ?」

「そうなったら普通に断るわよ?」


 当然のようにスノウは答えた。


「……それって最初からその条件は入れなければ良かったんじゃないか?」


 正直、居住区の提供と情報の開示だけでも十分スノウのやりたいことは出来ていたのではないだろうか。

 するとスノウはちょっと頬を赤らめた。

 

「……あんたが侮られてるのが気に食わなかったのよ」

「へ?」

「気づかなかった? あの柳枝って人の態度で。明らかにあたしには警戒してたけど、あんたには全く気を払ってなかった」

「……いや、俺は正直分からなかったけど」


 というかスノウと俺が並んでたら、柳枝さんが俺だとしても絶対スノウの方を警戒すると思う。


「長く戦いの場に身を置いていればわかるようになるわ。あっちの練度が低いせいであんたの実力が見えていないだけなのに、ああいう態度を取られるのは腹が立つの」

「つまり俺の為にあんなことを言い出してくれたってことか?」

「べ、別にあんたの為じゃないわ」


 めっちゃツンデレみたいなこと言い出したぞ。


「あたしの主人マスターであるあんたが侮られるってことはあたしが侮られるってことでもあるの。だからよっ」

 

 ……まあ、スノウなりに俺のことを思ってやったことには違いないのだろう。


「一応、礼は言っておくよ」

「一応、その礼は受け取っておいてあげるわ」


 素直じゃないなあ。


「そういえばこの近所にダンジョンはあるの?」

「新宿にあるよ。ここからなら電車を経由して20分くらいで着く」


 現在日本には大小合わせて53個のダンジョンがあると言われている。

 森の中や山の中に出現して、そのまま未発見のものもある可能性は高いと言われているので厳密にはもう少しあるのだろう。


 どこの国だったかまでは忘れたが、湖の中に出現した例もあるので海の中にさえあるかもしれないというのはなかなか、夢の広がるようなぞっとするような話でもあるが。


「今から出かけるか?」


 ダンジョンへ入るには別に特別な資格とかは必要ない。

 ただ満年齢が15歳以上であれば……あれ、ちょっと待てよ。


「スノウって身元を保証出来るものはないよな」

「そんなものある訳ないでしょ?」

「身分証明書か何かで年齢を提示しないとダンジョンには入れないんだよ。いや、法的な縛りはないんだけど間違いなく揉める」

「…………」


 流石のスノウもこの状況は考えていなかったようだ。

 

「……そのうちダンジョン管理局から連絡来るだろうから、その時に相談してみようか」

「……そうして貰えると助かるわ」


 しかしそうなると今日はやることがなくなるな。

 面接……は今更いいし、バイト……も急には入れない。

 そもそも魔石を売って一儲けしようとしている時にバイトなんて行ってもなあという気持ちがある。

 取らぬ狸の皮算用でもあるが、魔石を手に入れる算段はついているのだから問題ないだろう。


 とりあえずどうせ暇だし、スノウを軸にネットで色々展開していくことを見据えて、そういうのに詳しい奴に連絡しておこう。


 スマホで文字を打ちつつ、何とは無しに冷蔵庫からエナジードリンクを取り出して飲んでいると、スノウが興味津々な目でこちらを見ていた。


「それってエナジードリンクよね」

「そうだけど?」

「みんな美味しそうに飲んでたからずっと気になってたのよ」

「美味しいかどうかは人による。少なくともあまり身体に良いもんではないな。カフェイン配合で目が冴えるような気がするとか、そんなレベルの話だよ」

「どれだけ身体に悪いものを食べようと直接の影響はないわ。それこそ今朝のコーヒーみたいに特殊な条件でもないと」

「そういうものなのか」


 便利だなあ精霊って。

 そこまで行くと食っても太らないとかそういう話になってきそうだ。


 ……しかしそう言われても驚きはないな。


 冷蔵庫からエナドリを取り出し、スノウに放って寄越す。

 

「人によるって言っていた意味が分かったわ。正直あたしはそんなに好きじゃ――」

「だろ? 俺も特別好きな味って訳じゃないんだよ。半分中毒みたいなもんだから、やめないといけないのは分かってるんだが……スノウ?」


 スノウの様子がおかしい。

 顔を真っ赤にして、目を潤ませている。


「ゆう……ま……これ……」


 息も荒く、発汗も見られる。

 しかし体調が悪いという訳ではなさそうで――

 今朝も見た症状だ。


 何故?

 コーヒーは飲んでいないはずだ。


 ……待てよ。


「もしかして……カフェインか?」


 ……カフェインって色んな飲み物に含まれてるイメージだけど。

 結構厄介なトリガーなんじゃないのか、これ。


 今後どうそれを避けていくか考えようとしたが、その思考は打ち切られてしまう。

 いつの間にかすぐ近くまで来ていたスノウが俺の服の袖を掴んだからだ。


「悠真」


 とろんと蕩けた声としなだれかかってくる柔らかい身体。

 

 ……俺は鋼の男だ。

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