第10話:交渉
魔石とは。
基本的に形は定まっておらず、赤紫色に発光する。
ダンジョンのモンスターを倒すと出現する、昨今の世界においてはエネルギー源としてとても重宝されている特殊な鉱石だ。
将来的にはほんの1グラムの魔石からでも大都市で使用される一日の電力を賄うことさえ出来るとまで言われているとんでもない物質である。
富裕層の中にはダイヤ以上に価値のある鉱石として、自らの財力を示すステータス代わりに身に着けている人もいる。
そして現在、これまでに確認された魔石の中で最も大きなものは成人女性の拳程度の大きさだった。
日本で発見されたその魔石は5億ドルでアメリカが買い取っている。
当時まだ魔石自体がかなり珍しいものとされていたとは言え破格の値段である。
先程スノウが取り出した魔石はそれに負けずとも劣らない大きさ。
そんなものがごろりと出てくれば大混乱が起きるに決まっている。
それもここはダンジョン管理局。
誰よりも魔石の価値というものを正しく理解している人々の集まりだ。
ほんの5分後、俺たちは客間へ通されていた。
アポ無しで特攻してきた若者二人へのもてなしとしては異例も異例だろう。
まるでとんでもない大物を相手にしているかのようにぷるぷると小動物のように震える女性社員が恐る恐る置いていった(本当に申し訳ないと思う)コーヒーをスノウは忌々しげに睨んでいる。
「何故コーヒーはここまで浸透しているのかしら」
「さあな……」
「オレンジジュースの方がよほど美味しいわよ」
そういえばさっきデパートの自販機で買ってあげたな。
美味さの種類がコーヒーとジュースでは違うのでなんとも言えないが、俺もこういう場合に出てきて嬉しいのはオレンジジュースの方かもしれない。
恐らくそのうち来るであろう偉い人をそわそわしながら待っていると、ちょいちょいとスノウが肩とつついてきた。
「悠真、このダンジョン管理局って信用できるの?」
「信用できるかって……そりゃどういう意図での質問だ?」
社会的な信用ならこの上ない程に得ていると思うが。
「機密を話したとして、それを絶対に漏らさない秘匿性がどれくらいあるのか。それとダンジョン攻略にどの程度役に立つのか」
「前者に関しては俺は思いっきり外部の人間だから知らないけど……後者に関しては少なくとも日本ではトップクラスだな」
ダンジョン攻略を掲げている会社や組織というものは幾つもある。
その中で絶大な人気と力、知名度を誇るのがダンジョン管理局だ。
なにせ創設者が日本初のダンジョン攻略者で、
他の会社や組織では一人入ればそれだけで花形になるレベルのスキルホルダーが23名だ。
文字通り桁が違う。
「スノウってダンジョン攻略にかなり意欲的だよな。何か理由があるのか?」
「さあ、なんででしょうね」
「……ふぅん?」
「…………」
「……どうした?」
スノウが俺を意外そうに見つめている。
「詳しく聞こうと思わないのね」
「んーまあ、話せない理由があるとかそういうことだろ? 多分だけどさ」
「あんたお人好しねー……」
何故か呆れたようなジト目で俺を見てくるスノウ。
と。
コンコン、と扉がノックされる。
「どうぞ」と中から声をかけると髪をオールバックにきっちりとセットした壮年の男性が入ってきた。
40、いや、30台半ばくらいだろうか。
口元にはヒゲを生やし、目つきは鋭い。
どこかで見た顔のような……
慌てて俺が立ち上がって挨拶をしようとすると、隣に座っていたスノウがそれを制した。
それをどう見たか男性は立ったままダンディな声で挨拶してくる。
「ダンジョン管理局本部局長をしている
「なっ……!」
――柳枝 利光。
存在以外全てが謎に包まれている最初のダンジョン攻略者……のパーティメンバーだった人だ。
確か年齢は35歳くらい。
そうだ、見覚えがあるどころの騒ぎではない。
今まで写真でしか見たことがなかったからすぐにはわからなかったが、超有名人だ。
実は俺、柳枝さんのファンなのだ。
というか全国の青少年がこの人に憧れていると思う。
まさかこんなところで会えるなんて。
ダンジョン管理局は幹部の情報がほとんど外部に漏れていないということもあり、少し驚いたな。
「君は
柳枝さんが俺の方を向く。
特に敵意を感じるという程でもないが、その鋭い視線に少したじろいでしまう。
「……何故俺の名前を?」
「過去、君がテストを受けに来た時のデータと照合させて貰った。失礼な話でもあるが、君たちの信ぴょう性を確かめる為でもあった。許してほしい」
「あ、いえ、構いませんけど……」
別に渡した情報を外部に漏らすとかならともかく、本人確認のための照合で使うくらいならなんてことない。普通のことだ。
「……だがお隣の女性に関しては、我々の方では確認出来なかった。魔石を持っているのはそちらの方だと聞いている」
ちらりと柳枝さんがお隣の女性ことスノウの方を見る。
それに対してスノウは尊大に脚を組んだ。
「スノウホワイトよ」
な、なんでちょっと威圧的なんだ。
大丈夫なんだろうな?
名前を聞いた柳枝さんが確かめるように聞いてくる。
「……それはコードネームか何か、かな?」
「どう思うかはそちらの勝手ね」
「なるほど、失礼した。それでは皆城君に、スノウホワイト君。君達は特大サイズの魔石を持っている。それをここへ持ち込んで私を呼び出し、何をする――何をさせるつもりなのかな。そもそも魔石が本物かどうかも確かめたいものだが」
柳枝さんが先程までの鋭い目つきは嘘だったかのようににっこり笑いながら席についた。
正直俺も何をするのかスノウから聞いていないので何も答えられずにいると、スノウが不意に右手を前に出した。
その手の上には大きな魔石が乗っている。
……今、俺の見間違いでなければ何もない虚空から魔石が出てこなかったか?
「本物かどうか確かめる?」
そんな言葉と共に魔石を目の当たりにした柳枝さんは、しばし気圧されるように黙っていたものの、首を横に振った。
「……いいや、この濃密なエネルギーは間違いなく魔石だ。どこでこれを手に入れたか、聞いていいかな」
「まずは無礼を侘びて貰ってからね」
何故終始喧嘩腰なのだろう。
怖いんだけど。
一触即発ってこういうことを言うんじゃないの?
スノウさん、ちょっと落ち着いてくれない?
柳枝さんはピクリと眉を動かす。
「……無礼と言われても、心当たりはないが」
「この建物へ入った瞬間、魔法的な感知をされたわ。一番偉い奴を呼び出したんだもの。知らないとは言わせないわよ」
……魔法的な感知?
一体何を言っているのだろう。
しかし柳枝さんの方には心当たりがあったようで、表情が激変していた。
明らかに驚いたような――そして多分に警戒を含むような表情でスノウを見ていた。
「……君は一体何者なんだ」
柳枝さんは戦慄しているようだが、俺は何がなにやらわかっていない。
ただひとつわかることは、俺がここにいるのは場違いだということである。
「ご想像にお任せするわ」
「……」
態度の大きいスノウに、柳枝さんは怒るでもなくじっとその真意を見抜くかのようにスノウを見つめる。
しかしどれだけ視線を注がれようとスノウ自身はどこ吹く風である。
やがて根比べに負けたのか、柳枝さんが頭を下げた。
「まずは君の言う通り、非礼を詫びよう。確かに我々は君の言うところの――魔法的な感知システムを取り入れている。この建物へ入ったものの魔力を計測する為のものだ。ダンジョンに入ったことのない……つまり非覚醒状態の魔力量も計測できる」
魔力の計測……?
……そんな話、初めて聞いたぞ。
少なくとも公表されている情報にはないはずだ。
何年も試験を受ける為にここへ訪れ、様々なことを調べた俺が言うのだから間違いない。
それに柳枝さんから当たり前のように<魔力>という言葉が出てきたのも驚きだ。
スノウが言っているだけで、一般的に使われる単語だとは思いもしなかった。
ダンジョンへ入ると非覚醒状態から目覚める、というのもスノウから聞いた話と一致している。
「魔力の存在が常識的に知られていないこの世界でそこまでするということは、あんた達ダンジョン管理局は魔力が何なのかを知っている訳ね」
「……そういう君はどこかの組織に属しているのかい? 魔力の存在をはっきり知っているのはごく一部のトップ探索者だけのはずだが」
「それだけ聞ければ十分よ。魔力も知らない組織と手を組むつもりはなかったから」
スノウはゴン、と魔石を机に置いた。
「あたしも無礼な態度を詫びるわ。これはその詫びの品だと思って頂戴。もちろん、それだけではないけど」
「…………」
机に無造作に置かれた魔石を柳枝さんは訝しげに見る。
時価で数十億は下らない鉱石だ。
それをここまで無造作に扱う胆力に驚いているのだろう。
それに今の言葉に間違いがなければ――
「それを我々に譲って頂けると?」
「もちろん完全にタダとは言えない。条件が3つあるわ」
スノウの言葉に柳枝さんが姿勢を正すように椅子に掛け直した。
「条件か。何かな」
「まず1つ。あたし達に広い家を用意して。監視はつけないようにね」
「……もし監視をつけたら?」
試すように聞いてくる柳枝さんに、スノウはすっぱりと答える。
「その監視人の命の保証はしないわ」
「……肝に銘じておこう」
命の保証って……
ぞっとしないことを言う。
しかし実際、スノウがその気になれば人間のひとりや二人、簡単に命を奪うことが出来るだろう。
それもゴブリンやゴーレムを凍らせていたようにすれば、そんなことができる人間なんて普通いないのだから要するに証拠も残らないわけで。
「2つ目。あたし達の求める情報を全て包み隠さずに全て渡しなさい」
「それは……私の一存では決めかねるな」
柳枝さんが苦々しげな表情で言う。
本来ならばこの場で無理と即答したいくらいの案件なのだろうな。
「幾らでも持ち帰って吟味すればいいわ。そして3つ目。悠真を攻略者として雇って」
「……君ではなく?」
「あたしは悠真が召喚した精霊よ」
「…………どう見ても普通の人間にしか見えないが」
困惑したように柳枝さんは言う。
でしょうね。
俺にもそう見えるもん。
「これが普通の人間に見えてるようじゃ、そもそもこの話を考え直さないといけなさそうね」
これ、と言いつつ俺を親指で指し示すスノウ。
スノウさんや、僕はモノ扱いですか?
「…………」
スノウの言葉に柳枝さんは俺をじっと見つめる。
しかし俺自身も何が何やらわかっていないので微妙な表情を浮かべるしかない。
「……すまない。私にはどうにも普通の人間にしか見えない」
「あらそう。じゃあヒントをあげるわ。魔力よ」
魔力?
俺は首をかしげる。
柳枝さんはそんな俺をじっと見つめる。
おっさんが男を熱く見つめるこの空間は一体なんなのだろう。
「……魔力がない……という意味で特別だということか?」
えっ。
俺って魔力ないの?
スノウはなんか俺にはたくさん魔力がある、みたいなこと言ってたのに。
「何言ってんの?」
当のスノウは意味がわからない、という様子で眉をひそめていた。
「どう見たってあるじゃない、魔力。あたしが今まで見てきた人間の中で一番豊富な魔力よ。ぶっちぎりで」
その言葉に柳枝さんはもう一度俺の顔を見る。
そんなに俺の顔ばかり見ていても楽しくないと思うのだが。
「……冗談はよしたまえ。計測器はエラーを表示した。ダンジョンへ入場していない、つまり潜在魔力でも計測できる計測器だ。エラーは全く魔力を持っていない者にしか出ない表示。だからこそ彼は何度試験を受けても合格させられなかったのだぞ」
「え……」
俺が何度試験を受けても不合格になっていた理由ってそんなのだったのか。
適正無しが毎回の結果だったが、まさかそんな隠し要素があったなんて。
確かに合格基準に達しているのに何故だろう、とは思っていたけど。
「計測器ってのがどんなものかは知らないけど、普通の機械で測ろうとしても測りきれるような量じゃないわよ、悠真の魔力は」
「君からは膨大な魔力を測定出来た。それに私でも感じることが出来る。だが皆城君にはそれがない。機械ばかりに頼っているわけでは――」
柳枝さんの言葉をスノウが遮る。
「違うわね。多すぎて感じられていないだけよ。魔力が浸透していない弊害なのかしら。少し感知する範囲を広げてみなさい」
「……私はあまりそういう器用なことは出来ないのだが――」
柳枝さんは目を閉じて集中し始めた。
正直、俺は会話にイマイチついていけていないのだが今はどういう流れなのだろうか。
俺、このまま普通にしてていいのかな。
しばらくすると、柳枝さんの額に汗が浮かび始めた。
心なしか顔も青ざめている。
「――バカな」
柳枝さんが俺を見る目は、まるで檻から出た虎と遭遇した時のようなものだった。
「なんだ、この魔力は……本当にこの青年が……?」
「そういうことよ。普通の尺度では測れないわ」
柳枝さんの身体が震え始める。
何がどうなっているのだろう。
「……スノウ、何が起きてるんだ?」
小声でそう聞くと、そっけない答えが返ってきた。
「あんたは黙ってふんぞり返ってなさい」
「……へーい」
しばらく柳枝さんは苦悶の表情を浮かべた後、俺とスノウを交互に見た。
「……すまない。私の認識違いだったようだ」
「ま、仕方ないわ。それくらい規格外だもの、悠真は」
俺の話をしているっぽいが俺は蚊帳の外である。
そろそろ拗ねようかな、なんて思っていると、柳枝さんが落ち着かない様子ながらも口を開いた。
「……一週間……いや3日以内に結論を出す。それまで待っていてくれないか」
その答えに満足したかのようにスノウは頷いた。
「構わないわよ。最後に1つ。あたし達を取り込んでおくメリットは単なる戦力だけじゃないわ。それだけは言っておいてあげる」
「……肝に銘じておこう」
こうしてダンジョン管理局での交渉は幕を閉じたのだった。
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