第9話:買い物

1.



 朝っぱらからちょっとした(?)イレギュラーはあったが、とりあえずコーヒーには気をつけましょうということで改めて出かけることになった。

 のだが、直にダンジョン管理局へ行くのではなく先にデパートへ寄っていく。


「それじゃ俺はここで待ってるから、とりあえずここでまず下着とか買ってきてくれ」


 冷静に考えないでも服が一種類しかないのは不便すぎる。


 ということでまず一種類しかないと一番困るであろう下着を買ってもらうことにした。


 軍資金は5万。

 奮発しすぎかとも思ったが、一から揃えるということを考えればむしろ少ないくらいかもしれない。

 というか女性の服装に関しての相場なんてわからん。

 

 俺は自分がズボラだということもあって季節の変わり目ごとに2万くらいで済んでしまうし。

 なんなら昨年のものをそのまま着ることにして1円もかけないこともあるくらいだ。


 そんなことを考えながらデパートの中にあるランジェリーショップの前に仁王立ちしていると、それはそれで人目を惹くことに気づいたので近くにある休憩スポットで座って待っていた。


 しばらくスマホで適当に女性服の相場を調べていると、


「なんで店の前で待ってないのよ」


 スノウが紙袋を持ってふんすと仁王立ちしていた。

 

「男が女性用下着売ってる店の前で立ってたら悪目立ちするだろ」

「あー……それは確かに。なんか悠真って童貞っぽいし」

「どどど童貞ちゃうわ」


 童貞です。


「どうかしら」


 なんか機嫌いいな、スノウ。

 言動は全くご機嫌なそれではないのだが、どことなく浮かれているような気がする。

 やはり女性だからか、ショッピングが好きなのかもしれない。


 次にやってきたアパレルショップでも俺はどこか別の場所で待っていようとすると、


「あんたも一緒に選びなさいよ」


 と無茶振りをされた。


「実はこう見えても俺は女子のお洒落に疎い」

「こう見えてもなにもそんなこと見れば分かるわよ……でもあたしの感性よりは信用できるんじゃない? この世界の人間なんだし」


 それを言われるとあまりに定義が広すぎて絶対俺勝てないじゃん。

 仕方ないので店の中まで着いていくと、奥にいた女の店員さんがこっちをロックオンした。

 かと思えばササササッと逃げる間もなく近寄ってくる。



「お客様、本日はどのようなものをお探しですか!?」



 スノウをキラキラと輝く目で見つめている。

 その瞳には「超絶逸材。絶対逃スナ」と書いてあるように見えた。


 スノウがちらりとこちらを見る。

 完全に丸投げしやがったこいつ。


「あー……あまり目立たないような感じの、落ち着いた服装がいいんですけど」


「ここまでお綺麗ですと無粋な装飾のついた服はむしろ邪道ですからねっ。ささっ、奥へ奥へ。オススメのものがたくさんありますのでっ!!」


 などと分かっているのだか分かっていないのだかよく分かっていない返事が返ってきて、あっと言う間にスノウは奥へ連れていかれてしまった。


 終始助けを求めるような目をしていたが、許せスノウ。

 俺には無理だ。

 俺のコミュ力では打開できない。


 それにこういうのは素直に店員さんに頼った方がいい、みたいなこと書いてあったし。

 さっき相場を調べつつついでに調べたので間違いない。

 G○○gle先生は嘘をつかないのだ。


 男性用の服もあるのでなんとなく見て回っていると、


「あ、おーい。彼氏さーん、彼女さんの姿見てあげてくださーい」


 声をかけられたのでそちらを見てみると、先程スノウを拉致していった店員さんがこちらへ向かって手を振っていた。

 彼氏彼女の関係ではないのだが、それを訂正する意味も特にないので店員さんの後をついていくと試着室の前へ到着する。


 そしてシャッとカーテンが開くと、そこには先程までのワンピース姿とは比べものにならない程お洒落な格好をしているスノウがいた。


「おお……」


 女ものの服の名称とかには疎いので詳しくは分からないが、白を基調としたゆったりとした服と長く綺麗な脚を隠してしまっているものの清潔感を醸し出すこちらも白いロングスカート。

 確かに過度な装飾だったりはないのだが、そういうのとは違う意味でかなり目立つのではないだろうか。


 そしてスノウはと言えば結構まんざらでもないようだった。

 自分でも納得のいく出来なのだろう。


 うっかり天使が降臨してきたと思ってしまっても仕方がない程似合っている。


「うんうん、いい反応しますねえ彼氏さん。では次の服もどうぞ~」


 シャッとカーテンが閉まって中で着替えて、再び開く。

 その繰り返しを5回程見た後で、店員さんは揉み手をしながらこちらへすり寄ってきた。


 なんかやだなぁその揉み手。


「で、どれにしますか彼氏さん」


 ロングのスカートや丈の短いもの、パンツスタイルもあったがそちらも短いものや長いものと別れていたり当然トップスも全てセンスの良いものであった訳で、どれが好みかと問われても正直俺は答えられない。


「あたしはどれでも構わないわよ。悠真のセンスに任せるわ」


 期待するような眼差しで俺を見るスノウに聞こえないように小声で店員さんに聞く。


「……全部と言ったら幾らになりますか」

「これくらいですかね」


 既に俺が全てと言うことを予想していたのか、いつの間にか持っていた電卓の表示を見せてきた。

 うっ……5万を余裕で超えてやがる。

 ……ATMは下の階にあったよな。


「下ろしてきます」

 

 パチーン、と何故か店員とハイタッチさせられた。


「毎度ありぃー!」



2.



「なんだか悪いわね、まさか全部だなんて」

「いや……俺の好きでやってることだからいいよ」


 スノウは口では申し訳無さそうに言っているが満面の笑みだった。

 正直その笑顔を見れただけでも合計で8万ほど使った甲斐があると言うものだ。

 しかしバイトの数増やさないとなあ。

 最近は就活であまりバイト出来てなかったし。


 今スノウが着ているのは最初の試着で見たゆったりした白い服に白いロングスカートというものなのだが、やはりかなり注目を集めていた。

 人で溢れるデパートの中ではもちろん、外を歩いていても道行く人々が振り返る振り返る。


 一旦うちへ帰って荷物を置いてからまた外出しようかとも迷ったが、このまま行った方が近いのでダンジョン管理局へは直で向かうことにしたのだ。


 お陰ででかい紙袋を両手に提げているが、道行く人々にはどういう二人組みに見えているのだろう。


 女王と従僕とかかな。


 しばらく歩いていると、曲がり角をちょうど曲がったタイミングで真正面に巨大なビルが映った。


「あれがダンジョン管理局だ」

「へー……何階なの?」

「全部だ」

「全部?」

「あのビル全部ダンジョン管理局だよ」

「はー……儲かってるのねえ」


 この世界の常識は知っていると言っていたが、本当に常識的な部分しか知らないのだろう。

 新鮮な様子で普通に驚いていた。

 しかし俺は何度も来ているので特に驚きも感慨もない。

 わざわざ選んでダンジョン管理局の近くで一人暮らししていたのだから。


 しかしビルの入り口の自動ドアが開いた辺りでふととあることに考えが至った。


「そういやアポ取ってくるべきだったかな」


 ダンジョンクリアしてきました!

 なんて急に言ってくる二人組、まず信用されない気がする。


「大丈夫よ。あたしに考えがあるから。スマートに解決してみせるわよ」


 しかしスノウは平然と言い放った。

 なんという心強さだろうか。


 ツカツカと俺より速いペースで受付へ歩いていったスノウは、どこに隠し持っていたのかを取り出して言った。


「ダンジョンを攻略してきたわ。一番偉い奴を出しなさい」



 何がスマートだよ。

 ぐうの音も出ないほどの力技だよ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る