第6話:精霊の本領

1.


「さあ、行くわよ」


 <本契約>を終え、5分ほど休憩した後にスノウは立ち上がった。

 先程まであれほど消耗して様子だというのに関わらず既にその体には活力が満ち溢れている。

 しかし俺の目には元気になったようには見えるものの、先程までと比べて何か状況が好転しているようには見えない。

 何が変わったのだろうか。


「本当に勝てるのか?」


 俺の疑問に、ふふん、とスノウは自慢げな表情を浮かべる。


「見ていれば分かるわ」



 そう言って無造作に、先程まで逃げの一手を打つ以外に抵抗する手段を持ち得なかった強大なボス――ゴーレムのいる間へと足を踏み入れるスノウ。

 

 危ない、と言う前にゴーレムは動き出そうとしていて、ゴーレムが動き出す前になっていた。

 

「あら、加減を間違えたわ。薄々わかってはいたけど、あんたの魔力とんでもないわね」


 ――少し?

 この惨状が少し加減を間違えた結果だと言ったのか、この娘は。


 安息地であるこの部屋まで伝わってくる途轍もない冷気。

 ただ、それに寒さを感じるよりも先に――


 ただ――美しい。


 そう感じた。

 

「眠りなさい」


 スノウが頭上に右手を掲げると、そこに巨大な氷柱が一瞬で生成される。

 先はどんな巨大な獣でも一撃で仕留められそうな程に鋭利に尖っている。

 それが音もなく高速で打ち出され、完全に凍りついたゴーレムを粉々に砕くまでの一連の動作はほんの5秒もかからなかった。


 キラキラとダイヤモンドダストが舞い散る中、澄まし顔ではあるが微妙に口の端を歪めたスノウがツインテールをふいっと揺らしながらこちらを振り向いた。


「ま、こんなもんね」


 なんとなくスノウの扱い方が分かってきた俺は苦笑する。

 要するに褒めて欲しいのだろう。


「すごいんだな、スノウは」

「ふふん、そうでしょう。でもまだまだ本気じゃないわよ。あら、寒そうね」


 緊張感の解けた俺が今更のように感じていた寒さに両腕を抱くようにしていると、スノウはふとそんなことを言って指をパチンと鳴らす。

 その瞬間、全く寒くなくなる。


 まるで魔法だ。

 ――いや、本当に魔法なのだろう。


 精霊の使う魔法。

 <本契約>する前と後とでここまで出力に差が出るとは。


 しかもこれで本気じゃないと言っている。


「本気を出したらどうなるんだ? 地球温暖化でも解決するのか?」


 スノウはイタズラっぽくウインクしてみせる。


「あら、失礼ね。その程度じゃ済まないわ。一週間もあれば氷河期にだってできるわよ」

「……流石に冗談だよな?」

「さあ、どうかしらね」


 くす、とスノウが笑った。

 今まで見た中で一番可愛らしい笑みだったが、話している内容が物騒すぎる。

 

 ……とりあえず、今後スノウを怒らせるのだけはやめよう。



2.



「狭いわねー」

「狭くて悪かったな。一人暮らしだから困らないんだよ」


 そのままだと超目立つスノウに取り敢えず俺の上着のパーカーを貸してすっぽりと被って貰った上で、家まで帰ってきたのだが。

 部屋へ入るなり開口一番スノウは部屋の広さに文句を言った。

 ワンルームである。

 家賃7万円。

 ベッドとデスクを置いたらもうラジオ体操も出来ないくらいの広さ。


 躊躇いなくベッドに腰掛けたスノウに密かにドギマギしていると、スノウが口を開いた。


「大学生なの?」

「そうだよ……というか精霊なのにやけにこの世界のことに精通してるよな」


 某ハンター漫画のことも知ってたし。

 さらりと大学生と言うワードも出てきて驚いた。


「あたしたち精霊は主人マスターに召喚されるまでは世界の至るところを彷徨ってるのよ。目には見えないだけで」

「へえ、おばけみたいな感じなのか」

「似たようなものね」


 一瞬口に出した後に失言だったかと思ったが、どうやら概念的には近いものらしい。

 

「それに本契約後はわざわざ接触しなくてもあんたの記憶から一般常識を引っ張ってこられるから、社会に溶け込むのもそう難しくないわ」

「あの額を合わせた時のとはまた別か?」

「あれはその時の状況を把握しただけだから、本契約後に起きる共有とはまた別ね。何が違うのかって言われたらただの情報量の差なんだけど」


 それってもしかして俺のあんな秘密やこんな秘密もバレてしまうのだろうか。

 俺の不安げな表情を読み取ったのか、スノウはさらりと言う。


「あんたの個人的な趣味とかは知らないわよ。そこを知る必要は基本的にはないもの」

「そりゃよかった……けどなんか随分と俺に都合のいい気がするな」

「そうしないと主人マスターの負担になってしまうでしょう? 都合が良くて当然なのよ」


 ……なるほど。

 そう言われてみればそうな気もする。

 しかしスノウが現代日本に馴染めるかと言うと微妙なラインだよな。

 

 なにせ美貌が浮世離れしすぎている。

 

 そのとんでもない美少女が俺のこの狭い部屋にいるという状況がなんだかもう、頭がおかしくなりそうだ。

 これは据え膳か? 据え膳なのか?


「あ」

 

 思考が変な方向へ行きかける寸前でとあることを思い出した。


「なんとなく普通に帰ってきちゃったけど<ダンジョン管理局>に連絡しないとな」


 ダンジョン管理局とは日本の民間企業のことだ。

 現在日本にある全てのダンジョンを管理しているということになっている。

 創設者は日本で最初にダンジョンを攻略した人間だということになっているのだが、その全てが謎に包まれている。

 ただ最初の攻略者、という情報しかないのだ。


 別に新たにダンジョンを発見したからと言って報告するはないのだが、基本的にダンジョン絡みのことはダンジョン管理局に通報・報告することになっているというのが暗黙の了解である。


 実質日本にあるダンジョンはほぼダンジョン管理局が管理していると言っても割と過言じゃないからな……


「……しかしどう言ったもんかな」


 俺のつぶやきにスノウは首を傾げる。

 それと同時にツインテールがしゃらんと揺れた。

 もしあれを引っ張ったりしたら多分氷漬けにされるんだろうな。


「何がよ」

「ダンジョンの発生に運悪く巻き込まれましたが、運良くスキルブックを見つけたので攻略して出てきました」

「そうね。それが?」

「すんなり信じられると思うか?」


 当然のようにスノウは答える。


「すんなりとは行かないでしょうね」

「だよなぁ……大学生にとって今が一番大事な時期なのは分かるだろ?」


 主に就職関連のことで。

 今日だけでも面接を二つぶっちしているのだ。

 ダンジョンに巻き込まれてなんやかんや有耶無耶になっているが。

 これ以上貴重な時間を浪費したくない。

 すんなりと信じて貰えないということは調査やら捜査やらで時間が潰れるということだ。


「あんたバカぁ?」


 ツンデレ(?)キャラからその言葉が出てくると色々と危ない気がするのだが、本人的には意図したところではないらしく本気で呆れた表情をしている。


「あんたは<召喚術師>なのよ。世界でも有数のスキル持ち。探索者以外の何になるつもりなワケ? ありのまま報告してそのまま探索者になればいいでしょ」

「あ」


 ……ごもっともだった。

 確かにそうするのがベストだよな、どう考えても。

 

「何度も探索者になる為のテストで落とされてるから、完全に選択肢から消えていたな」


 ぽりぽりと頭をかくと、スノウは呆れたような表情を浮かべた。

 

「あれだけの体験をしておいてそれで済ませられるって、あんた意外と大物なのね」

「それほどでも」

「褒めてないわよ」


 ジト目になるスノウ。

 

「それじゃ早速連絡するか……あ」


 何か行動をしようとする度に出鼻をくじかれているような気がするぞ。


「どうしたのよ」

「ダンジョン管理局ってアレでも一応ホワイト企業なんだよ」

「それが?」

「18時で窓口が閉まってる」

「あー……」


 恐らくその気になれば24時間繋がる電話番号もあるのだろうが、俺としても幾つか整理しておきたいことがあるのと、スノウも話しておきたいことがあると言い出したので結局諸々の手続きは明日行うことになったのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る