第4話:自分らしく
轟音と共に地形が変化していく。
先程まで通路だったところが大きく広がり、大きな空間になった。
俺が昔通っていた小学校の運動場くらいの広さはあるんじゃないか。
「な、なんだ!? なにが起きてるんだ!?」
「ボスよ。このダンジョンの」
スノウが見据える先には――巨人がいた。
いや、厳密にはあれは人ではない。
人型の彫像のようなものだ。
ゴーレム。
各地のダンジョンで確認されているモンスターだ。
しかしあそこまで大きいのは聞いたことも見たこともない。
5メートルはあるように見える。
「ボスに会ったら……どうなるんだっけ?」
「二人とも死ぬわ。戦えばの話だけど」
戦えば?
つまり戦わないという選択肢があるということか。
当然、俺は死にたくないので戦わない方を選ぶぞ。
「来た道を戻ろう!!」
「残念。ボスに出会った時点で来た道は塞がれてるわ」
その言葉に弾かれるように振り向くが、スノウの言った通り来た道はなくなっていた。
石の壁になっている。
恐らくその壁をぶち抜いたところで、向こう側に通路はないのだろう。
焦る俺にスノウが落ち着いた様子で語りかけてくる。
「安心しなさい。ちゃんと逃げる方法はあるわ」
「そうか、なら――」
「あんただけはね。あたしが時間を稼ぐから逃げなさい」
俺は一瞬思考が止まってしまった。
あんただけ――つまり俺だけ?
「……逃げるなら一緒にだろ」
「無駄死にを避けるのならどちらかが時間を稼ぐしかないわ。でもあんたは戦えない。誰でもわかる理屈でしょ。あのゴーレムの先――通路が続いてるのが見えるでしょ。あの先は出口よ。さっさと脱出しなさい。ボスを倒さなくても、出口からは出られるはずだから」
淡々と告げるスノウ。
「スノウは……どうなるんだ」
「あたしは精霊よ。死の概念はあんた達とは違うわ」
「再召喚とかはできるのか」
「それは不可能でしょうね」
「だったら……!」
「あんたは召喚術師よ。そしてあたしは使い魔の精霊。どちらが生き残るべきか、わかるでしょ」
ゴーレムは動き出していた。
見た目の重厚さに反して凄まじいスピードだ。
「はっ!!」
スノウが両手を前に突き出すと、巨大な氷の盾が現れた。
硬質な音が響いてゴーレムの突進が停まった。
その激突した部分からゴーレムの体が凍りついていく――が。
その巨体が少し身じろぎする度に、まるで薄氷のように氷が剥がれていってしまう。
道中で見たゴブリンの氷像はどう見ても内部まで完全に凍りついていたが、アレほどの巨体となるとそうはいかないようだ。
「早く行きなさい。もって数分よ」
先程までと変わらぬ声音でスノウは言う。
だが、うっすらと流れている汗でわかる。
かなり無理をしていることが。
俺に心配させまいと平然としているフリをしているんだ。
「生きて――あんたは希望なんだから」
「なんだよ希望って……!」
「いいから行って!! 二人とも無駄死にになるわよ!!」
スノウが必死の声で叫ぶ。
もう取り繕うことさえできなくなっているのか。
その間にもミシミシと氷の盾が嫌な音を立てて崩壊していく。
俺に何ができる。
世界が違う。
全くの別物だ。
ダンジョンに落ちた時点で無力に死ぬ運命だったのに、今は生き延びる方法があるんだぞ。
逃げろよ、俺。
早く。
俺がいたところで何の役にも立たない。
逃げよう。
そうだ、俺は召喚術師。
スノウも言っていたじゃないか。
他の精霊を召喚することも出来ると。
彼女はここで終わりかもしれないが、死の概念も違うと言っていた。
会えないからと言ってそれがなんだ。
どうせまだ出会ってほんの数時間だ。
逃げよう。
逃げるんだ。
俺だけでも。
それがベストだろう?
走り出す。
一歩目でこけた。
上手く走れない。
しかしすぐに立ち上がって、また走る。
出口に向かって。
ゴーレムはこちらを気にするような素振りを見せたが、スノウが目の辺りを凍てつかせた。
それに怒ったのか、ゴーレムがズン、と一歩前に進もうとする。
巨大な氷の盾が既にひび割れていて、今にも完全に砕け散るだろう。
でも間に合う。
俺が出口に辿り着く方が先だ。
生き残れる。
俺だけ。
「くっそッッッッたれがああああああ!!!!」
俺だけ逃げるのがベスト!?
違うだろ!!
二人で逃げるのがベストに決まってる!!
自分でも驚くほどの速度で俺の体はゴーレムに向かって走り出していた。
そのままの勢いで――
膝だ!!
膝カックンの要領で後ろからぶちかませば、隙くらいは出来るはず!!
ドッ、と肩からぶつかる。
凄まじい衝撃と、脳が揺れたのか視界がチカチカと光る。
ゴーレムは――まるで堪えていなかった。
膝カックンとか言ったけど、こんな岩で出来たような化け物だ。
見た目は人間でも関節の構造が同じとは限らないよな。
どこか冷静に考えている間に、ゴーレムの俺の体ほどもある巨大な掌が迫っていた。
ゴギンッ
先程、俺が自分でぶつかっていったものとは次元の違う衝撃。
痛みは感じなかった。
しかし人間の体で、絶対に傷ついてはいけないところがボロボロになったのだろうということがなんとなく分かった。
大きく吹き飛ばされた体は壁に叩きつけられる。
その拍子に崩れた岩が俺の体の上に落ちてくるが、それを重いとさえ感じない。
「悠真!!」
遠く聞こえた叫ぶような悲鳴。
スノウ。
君ならきっと、足手まといである俺がいなくなれば逃げられるだろう。
俺の逃げる時間はもう稼がないでいい。
自分だけでも助かる未来を選択してくれ。
そうして俺の意識は途切れた。
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