第2話:絶望の先に

1.


 心臓が早鐘のように鳴っている。


 俺はこの現象を知っている。

 同じくこんな目にあってした、最初のダンジョン制覇者であるアメリカ人のドキュメンタリーを何度も何度もテレビで見ているからだ。


 10年前、世界中にダンジョンが突如として出現した。

 今までに何人もの探索者が挑み、いくつかのダンジョンは既に攻略されているのだが――未攻略のダンジョンは一向に減る気配がない。


 それは何故か。


 からだ。


 とは言っても年に多くてもギリギリ二桁行くか行かないかくらいの数。

 それが世界中に散らばるわけで、言ってしまえばダンジョンの出現に巻き込まれる可能性は宝くじに当たるより遥かに低い確率だ。


 そして俺はたまたま運悪く、そのダンジョンの出現に巻き込まれた。

 ……ということなのだろう。


「……死んだかな、俺」

 

 ダンジョンの出現に巻き込まれる人間は宝くじに当たるよりも低い確率とは言え、やはり年に数人は出る。

 そしてそれに巻き込まれた不幸な人々は唯一の例外を除いてそのまま行方不明か、変わり果てた姿で発見されているのだ。


 だからこそ10年前、世界中に数百個のダンジョンが同時に出現し、それに巻き込まれた数万人の中で唯一生還した、特殊部隊に所属していたアメリカ人は未だに崇められているという訳だ。


 ……そんな彼も3年程前にダンジョンで命を落としているが。


「入り口が発見されるまで粘ればなんとかなる……かもしれないけど」


 入り口が発見されて、誰かが攻略を始めて、俺のいる地点までたどり着くことができれば或いは生き残ることが出来るかもしれない。


 しかしそれも無理な話だろう。

 俺は特殊部隊の人間じゃない。

 その上素手だ。

 もし万が一モンスターをうまく凌ぐことが出来たとしても餓死して終わり。

 カロリーメイトでも持ち歩いておけば良かったな。


 今でこそダンジョンは攻略法が確立され、専用の武器や防具も専門の店で入手出来る。

 が、そんなものを普段から持ち歩いているのはよほどの変人だ。

 というかその手の武器や防具は免許を持っていないと逮捕されるし。

 

 もちろん俺がそんな都合のいい武器を持っているはずもなく、唯一持っている辛うじて武器になりそうなものはボールペンとシャーペンである。

 ……人が相手だとしてもちょっとした怪我を負わせられる程度だ。

 俺が少年漫画に出てくる、舌で人を突き殺したり自分で投げた柱に乗って移動できるような殺し屋だったらまだしも、こちとらなんの取り柄もない天下無敵のザ・凡人である。


 それに特殊部隊の彼が運良く生き延びたのは、培った戦闘技術や隠密行動のイロハのお陰と言うよりは、ダンジョン内で偶然見つけた<スキルブック>によるものが大きいと言われている。


 スキルブックとはそれを読んだ者に特殊な力を与える本だ。

 ダンジョン内のどこかに一つだけ存在していると言われている。

 特殊な力と言っても火を吹けるようになったり肌が鉄のように硬くなったりと様々なのだが。


 しかし攻略済みのダンジョンでさえ未だに<スキルブック>が発見されていない例もあったりするので結局のところは謎ばかりだ。


 ちなみにスキルブックは一度使用すると燃えてなくなるので特殊な力を何人にも配ったりすることは出来ない。

 

 最初の生還者はパワーが途轍もないことになるというシンプルかつ強力な能力だったらしい。

 スーパーマンが強いわけだ。

 

 ……まあ彼が生き残ったのがスキルのお陰だとしてところで、もし万が一俺が同じ能力を運良く<スキルブック>を見つけて入手したとしても、生き残ることは出来ないだろうけども。

 彼は手に入れた魔法のようなスキルに加えて特殊部隊として培った現実的なスキルも持っていたから生き残ったのだ。

 

「……よりにもよってダンジョンで俺は死ぬのか」


 ダンジョンにはモンスターと呼ばれる凶悪なが出現する。

 明らかにゴブリンにしか見えないゴブリンやどう見てもオークにしか見えないオークがいたりと、ダンジョンが実は人間の手によって造られたものではないかという説を提唱する者がいるが……まあそれは今はさほど関係ない話か。


 ゴブリンだろうがオークだろうが普通の人間よりは圧倒的に力も強いし、皮膚も硬いらしい。

 どう考えてもペンで勝てる相手じゃない。

 もしうっかり遭遇エンカウントしたらその時点で即終了だ。


 一応道は続いている。

 というか、まるでこちらへ来いと言わんばかりの綺麗な一本道だ。

 ここで朽ち果てたくなければ進むしかない。


「……一応、武器になりそうな石くらいは持っていくか」


 心細いので頻繁に独り言を呟きつつ、少し壁にめり込んでいるが手頃な大きさの石をぼこっ、と取り出すと――


 ゴゴゴゴゴゴ――と重い地響きと共にそこにと入り口のようなものが出現した。


「……は?」


 恐る恐る中を覗き込むと広さは四畳ほど、天井の高さは3メートル程度の空間がそこにはあり、更にその中央には石膏のようなもので出来た台座と――


 ――その上に鎮座する本があった。

 俺は高鳴る心臓と昂ぶる気持ちを抑えるように、小声で呟いた。

 

「……スキルブックだ」


 ドキュメンタリーで見たままの空間に、見たままの台座。

 あれはかなり正確に再現されていたものらしい。


 俺は惹かれるように本に近づいていって、手に取った。

 さほど分厚くはない。

 精々が市役所で配られるパンフレット程度だ。

 

 こんなもので本当にスキルが? と思う反面、体はほとんど自動的にページをめくっていた。


 ――言語は理解出来ない。

 日本語ではないことは間違いないし、アルファベットでもない。

 しかし内容は何故か一目で理解出来た。


 

 ――授かる力は召喚術サモン

 精霊を呼び出し、共に戦う。



 本が青白い炎に包まれる。

 熱さを感じる間もないままに本は完全に消えてしまった。

 灰にすらならないので、今の炎は普通のものではないのだろう。

 

 しかしそんなことも気にならないまま、俺は呟いていた。


「……召喚サモン


 魔法陣のようなものが地面に浮き出て、光の粒のようなものがその上に出現する。

 それは徐々に形を取っていって――やがて、それは人の姿になった。


 真っ白く長い髪を頭の横で二つに括り――俗に言うツインテールというやつ――、透き通るような白い肌を持つ女性。


 身にまとっているのは純白のワンピースのような服で、周りの岩肌に全く似つかわしくない儚さのようなものが見て取れる。


 そしてつり上がった気の強そうな青い瞳は俺をまっすぐ見ていた。

 

 息の詰まるような美人だ。

 いや、美人などという言葉で言い表すことが適切なのかということすら考えてしまう程の圧倒的な美しさ。

 人の言葉で形容することさえ烏滸がましいと感じてしまうような神秘的な存在だとさえ感じる。



 そしてその真っ白い美女はしばらく俺を見つめていたかと思うと、ぽつりと呟いた。


「――なるほど、そうね」


 ……普通で悪かったな。

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