ダンジョンのある世界で賢く健やかに生きる方法
子供の子
序章:精霊との出会い
第1話:落ちた先は
0.
世界中に<ダンジョン>と呼ばれる不思議な建物が出現し始めて10年が経った。
俺こと
大人になったら、自分もいつかダンジョンを冒険する時が来ると思っていた。
非日常が始まると思い込んでいた。
だが人間というものは案外順応性が高いものらしい。
10年も経てばダンジョンはすっかり生活の一部と認識され、今ではダンジョン産の果物や野菜が売っていたり、同じくダンジョン産の便利なグッズが販売されていたりする。
今でも最前線でダンジョンを攻略している人は存在するし、不幸な事故によって人が亡くなったりもしているが、多くの一般人にとっては遠い話だった。
と言うのも、日本でダンジョンを最前線で冒険しようとなると、ダンジョン攻略を目標として掲げている企業に勤めないといけないからだ。
いや、絶対にそうしないといけないわけではないけれども、現実的に考えてそうする他ないというのが正しいか。
そしてそれらの企業に入る為に必要なものは高い身体能力、優れたIQに膨大な量の各種基礎知識。
そりゃそうだ。
ダンジョンの最前線では簡単に人が死んでしまうのだから。
言ってしまえば戦地となんら変わりない。
攻略済みのダンジョンならば誰でも立ち入ることが出来るし、場所によってはダンジョンの低階層をレジャー施設として運用していたりもするので、関係ない人にとっては本当に関係ないことなのだが。
ちなみにダンジョンを攻略している企業には、基本的に15歳から応募できる。
若い方がダンジョン攻略をしていく上で有利だと言われているからだ。
何故かは知らないが、ダンジョンを探索する者は徐々に身体能力が人間離れしていく。
巷ではゲームよろしくダンジョンを攻略していくことでレベルアップするのではないかとかなんとか言われているが、本当のところどうなのかは未だ確認できていない。
事実として若い方が身体能力が上がりやすいという実験結果は出ているので、何かしらのダンジョン不思議パワーが働いていることは間違いないのだろう。
ちなみに俺は現在22歳。
ダンジョン攻略を夢見る者として当然、7年前にとある企業の試験を受けた。
しかし落ちた。
完膚無きまでに不合格だった。
その後何度も挑戦したが駄目だった。
だからもうダンジョンを攻略するという夢は諦めて、多くの人々と同じように生活の一部、便利なモノを排出する謎多き施設として受け入れよう――そう思って実のない就活を続けていたときのことである。
あの事件が起きたのは。
1.
「多分、今日のも駄目なんだろうなぁ」
梅雨特有のじめじめとした空気を感じながら、俺の気分も空模様と同じくどんよりしたものをかもしだす。
面接帰り。
この三ヶ月くらいで一生分の自己紹介をしたのではないかと思う。
世の中は今、10年前に突如現れたダンジョンによる高度経済成長で大盛りあがりしている。
しかしそれはあくまで消費者側か、雇い主側の都合だ。
割を食っているのは労働者である。
ダンジョンによって世の中にもたらされた恩恵は大きい。
なにか例をあげろと言われれば、まず矢面にあげられるのはエネルギー問題だろう。
200年か300年も経てば全ての資源を使い尽くすと言われていた時代はもう終わった。
ダンジョンの魔物が遺す魔石と呼ばれる高密度のエネルギー鉱物によって電気やガスが劇的に安くなったのだ。
ガスは基本的に用済み、電気は魔石エネルギーによって原子力よりローリスクでハイリターンの発電ができるようになった。
そして金持ちは魔石エネルギーに莫大な投資をして更に大金持ちとなる。
割を食うのは労働者とはそういう意味である。
同じような問題が他でも――例えば食料だったり水産資源だったり――いくつも起きているが、正直これに関しては誰が悪いという訳でもない。
強いて言えば突然出てきたダンジョンが悪い。
10年前にはみんなにとって憧れの的だったダンジョンも、今では一部の人間から疎まれる存在というわけだ。
かく言う俺もダンジョンの存在を今では鬱陶しく思っている訳だが。
解雇された労働者たちがその後何をするかと言えばもちろん他の職を探すのだが、そのお陰で新卒ブランドが最近ではなかなか通じなくなっているのだ。
そりゃそうだ。
大抵どの分野にも手広く影響を与えるダンジョン産業が出てきて、今はどの会社にとっても大事な時期。
即戦力になる社会人経験者よりもついこの間まで学生だった若者を優先する理由がない。
もう5年もすればそれが落ち着いて、今度は新卒をどこも喉から手が出るほど欲しがる時代が来ると言っている専門家もいるが……
「それじゃもう遅いんだよな」
今日も望み薄だが、1%でも可能性が残っているのならやるしかない。
気持ちをなんとか奮い立たせ、下を向き気味だった視線を上げるのと同時に――
「――は?」
俺は落ちた。
面接に、という比喩ではない。
物理的な落下である。
さっきまで確実に大都会のど真ん中、みんなが普段信頼して歩いているアスファルトの上に立っていたはずなのに。
そこには足場がなく、俺は落ちていた。
「――うっそだろ」
心臓が縮み上がるような感覚。
全身の汗腺と言う汗腺から冷や汗が吹き出ているのではないだろうか。
しかし地獄に仏と言うべきか、その自由落下は体感2秒程度で終わった。
もしかしたらもっと短いかもしれないし、長いかもしれない。
どさ、と地面に着地……もとい落下した俺は、ぱっと上を見る。
しかしそこには落ちてきたはずの穴など存在しないで、無機質な岩の天井があるだけだった。
そして目の前にはまるで俺を誘うかのように続く道があった。
何へ誘うのかって?
決まっている。
死だ。
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