終電

 ある日、地球は宇宙人に侵略された。

 友好関係など築く間もなく人類の4分の3は残滅され、残りの半数は小国に身を潜めゆっくりと滅びを迎える日を待つのみだった。

 宇宙人の目論見は未だ分からない。SF作品において彼らの望む物と言えば水や希少な資源など、地球由来の環境を欲することが定石だ。

 しかし現実は、目的や意図などは度外視され、結果として宇宙人の行動は【侵略】という形に収まった。

 そう定義された頃には、人間になす術など無かったが。


 けれど、1人の夢想家の鶴の一声で人類は新たな目標を見つけたのだ。


『――宇宙を翔ける列車を作ろう』


 SF映画で言う起承転結における“承”にあたるこの発言は、人類にとって藁にもすがる思いを賭けた一大プロジェクトへと発展した。


 生き残った各国の整備士やプログラマー、システムエンジニアに設計者。果てはその道のオタクにまで声がかかった。


 後の無い生物というのは恐ろしいもので、侵略されてからわずかたった3年という月日で宇宙を走行する列車を完成させたのだ。

 それも3両も。


 1両目は、試走も含め一般人が乗り込むことになった。

 彼らの手にあるものは、まさに地獄への片道切符。言わば実験台だ。


 運行を務めるのもまた、各国の運送会社の生き残り。かく言う私もその1人だった。


「先輩、始まりますね」


「その先輩というのはよしてくれ。もはや階級など関係ない」


「こんな状況でも自分の地位に縋る権力者が2番手に出発とは、人は変わらないですね」


「……だが、誰かが生きねばならないのだ。それが鼻持ちつかない金持ちであってもな」


『先輩』と私の事を慕う彼女は、1両目に乗車する。彼女が出発するのは30分後。

 侵略される前からの仲だが、別段親しい訳では無い。

 それでも3年間を共に乗り切った間柄だ。もっとなにか言葉をかけてやるべきなのだろう。

 しかし、口下手な私は今になってなお日常的な会話しか出来ないのだ。


「はー、宇宙人もなんで攻めてきたんですかねぇ。やっぱり水ですかねー」


「どうだろうな。彼らの行動は、こちらから見れば破壊と殺戮だ。考えることも無意味だろう」


「どーせなら友好的なエイリアンが良かったですね。センパイ、コウハイ、ナカヨシー」


 彼女はカタコトを喋り、指先をこちらに向ける。


「君は緊張感とか無いのか?」


「緊張しても仕方ないでしょー?このプロジェクトだって宇宙に放り出されて死ぬようなものでしょ。

 私たちは死に方を選んでいるだけです。

 その点、先輩は3番目でいいじゃないですか」


「最初も最後も変わらんよ。終末の終電。終わりしかないじゃないか」


「親父ギャグゥー。全く面白くないですよ」


「意図して言った訳じゃない」


 終電か。まさに終わりへ向かう列車だ。

 心の奥底では誰もが皆思っている。列車に乗り、宇宙を旅したところで何処の星にもたどり着けぬまま死ぬだけだと。


「っと、アタシそろそろ行かなきゃ。先輩も頑張って下さいね。アタシ、実は生き延びる気満々なんで。

 ていうか、宇宙ってめちゃくちゃ感動するらしいですよ!

 楽しみじゃないですか!」


「その心持ちだけは尊敬するよ。二度と会えないだろうがね」


「それじゃあ、まぁ、そういう訳で。サヨウナラ」


「あぁ」


 彼女は踵を返した後、こちらを振り向くことは無かった。



 ――――


 1両目が出発し、2両目も出発。そして残るは我々3両目だけとなった。


「彼女は生きているのだろうか。いや、人の心配などしている場合では無いな」


 他の乗組員から合図が来る。

 私は慣れた手つきで列車を出発させた。


 列車は爆音を上げ宇宙を目指し飛び立つ。身体に相当なGがかかるがこの苦痛も想定済みだった。


 数分後無事に宇宙へたどり着く。

 すると1人の乗組員が声を上げた。


「あ、あれを見ろ!!」


 彼の指を指す先には“No.2”と記された外壁と共に、大量の人間と金品が漆黒の宇宙に漂っていた。

 それは2両目に乗った人々の失敗を意味していた。


「設備は2両目が1番良かったはず……残念だが、我々もいずれああなるだろうなぁ」


「でも、1両目の残骸は見当たりません!」


「仮に上手く進めているとしてもいずれはああなるのさ」


 乗組員たちの不安の声が列車内に木霊する。

 対照的に私は落ち着いていた。

 後輩の、彼女の言葉が思い出していたからだ。


「宇宙は感動する……か。月並みな言葉だが、確かに」


 私の目の前に瞬く無数の星々が広がっていた。そのどれにでもたどり着くことは恐らく出来ないのだろう。


 地上を走る列車からみる景色や風景。美しいものを美しいと思う心はどんな状況、場所であれ根底は何一つ変わらない。

 私は宇宙に感動していた。


「終点ではどんな景色が見れるだろうか」


 私はただ1人、慌ただしい最終電車の向かう先に思いを馳せ静かに笑みを浮かべた。






 リクエスト:本棚めぐる様

 時間:51分

 一言感想:素直に現実の終電について書けばよかった。広大なSF設定は短編向きではないことに気付いた。


 本棚めぐる様リクエストありがとうございました。

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