382.狸ではなくて、ムササビ〜ルドルフside

「私に聞きたい事?」


 テーブルの上のクッションにコロンと横になったイタチが上目遣いで尋ねる。


 ヤバイ、つぶらな瞳が可愛らしい、撫でたい。


「ああ、例の洞窟での事だ」


 なまじ椅子を人1人分と少しの距離に空けて置いたのが悪かった。


 テーブルの上にいる分、撫でられる距離に思わず手を動かしそうになって、アリー嬢の背後に陣取るレイに睨まれる。


 くっ、着ぐるみで可愛らしさを瀑上げするイタチ嬢をこれみよがしに撫でるレイがかなり羨ましい。


 テーブルの上に置いた手を組んで衝動に堪えれば、したり顔で微笑まれた。


 くっ、イタチの姿なら自然に撫でる感じで触れても不自然さはないはずなのに、この距離がつらい!


 想い人への不埒な気持ちではなく、純粋に愛くるしいイタチを愛でたいだけなんだ!


 それでも平静を装って口を開いた俺はえらいと思う。


「洞窟····」

「あの場にイグドゥラシャ国の末姫で今は我が国の留学生、ミシェリーヌ王女はいなかっただろうか。

いつもはアリー嬢も知っているザルハード国の留学生、エリュシウェル第3王子やその側近候補のコッヘル=ネルシス侯爵令息と3人でつるんでいるんだ。

ガウディード殿からは先週、整備が終わって昨日から一般開放されたあの温泉街で3人が温泉街で君ともめた事は聞いている」

「ザルハード国のお2人は何と?」


 つぶらな瞳がこちらを窺うようにじっと見つめる。


 ああ、可愛いが爆発····。


「「失礼致します」」


 不意に俺達の視界を遮るように紅茶の入ったカップがタイミング悪く、いや、この2人の使用人にとってはタイミング良くと言うべきだろうが、給仕された。


 俺とアリー嬢の間の視界に体を使って割って入った専属侍女よ。

いつの間にイタチ仕様と思わしきスモールサイズのカップを····。


「うちのイタチなお嬢様は視姦禁止じゃ、小僧」


 俺だけの側から殺気をピンポイントに当てて、耳元でドスのきいた小声で釘刺すの止めてくれ。

戦鬼怖い。


「減りますので」


 アリー嬢がそっちを見たからって、最後だけキリリとした執事な感じで言うの止めろ。

むしろそっちのが怖い。


 それに多分この類の可愛いは減らないぞ。


 クッションに座り直してイタチカップを両手で持ち、髭を震わせながら機嫌良く口をつける様がまた····ヤバイ、たぎる。

顔がにやけそうだ····。


「ルドルフ殿でん····」

「ルドだ」


 条件反射で愛称呼びを押しつけてしまうが、いつになったら平素でもそう呼んでくれるんだろうか。


 といってもまともに話すのも1年ぶりでは仕方ない。


 それにもうじき執り行われる兄上の婚約式が無事に終われば王族籍を抜けるとはいえ、今はまだ間違いなく王族だ。


 その上臣籍降下してもすぐにはアリアチェリーナ=グレインビルへ求婚もできないんだ。


 焦るな、俺。


 正直この子の後ろ盾はあのグレインビルだし、本人もかなり稼いでいて実は人脈も幅広い。

絶対ないが、仮に生家を追い出されても自分1人くらいならどうとでも生き抜けるのがアリアチェリーナ=グレインビルだ。


 妖精姫だ至宝だと言われ、外見はふんわりしたどこぞの姫とも見紛う可愛らしさだが、内面は堅実で手堅い商売人根性の持ち主。

実際商才だってある。


 嫁に迎えるにしても、俺自身が足元を固めておかないと捕まえていられないだろう。

そもそもが不甲斐ないと判断されて、それこそそこにいる悪魔弟はもちろん、魔王にも悪魔兄にも消し炭にされるだけだ。


 もちろんアリー嬢への恋慕を自覚してからの1年以上を何もせずに過ごしていたわけではない。


 レイにも手伝ってもらいつつ、冒険者としての実力だって上げてきた。

臨時講師をしながら、他に領地経営や王子としての外交術も学び、忙しかったのは間違いない。

それでもアリー嬢と話す時間を捻出する事も1度くらいならできた。


 それでもそうせずずっと我慢していたんだ。

そこの悪魔弟に監視されていたのもあるが····。


 ちょっとイタチの背中を撫でたいと思うだけなんだから、レイも許して欲しい。


「すまない、少し別の事に気を取られていた。

あの2人だが王女といたのは確かなようだ。

しかし記憶が曖昧で洞窟の中でまで一緒に過ごしたかどうかは怪しいらしい。

王女はこの国で1年程過ごしたあたりで母国から連れて来ていた侍女や護衛を学園外では連れて歩かなくなっていてな。

今は所在がわからなくて捜索中だ。

あの2人の洞窟内での記憶で確かなのは、白いたぬ····白い獣に噛みつかれた事はハッキリ覚えているらしい」

「左様ですか。

私は真っ暗な洞窟の中で怪しい言動の男性が現れたので、びっくりして噛みついただけです。

白いムササビです。

狸ではなくて、ムササビです」

「そ、そうか····」

「はい、ムササビです」


 ムササビをかなり強調するが····確かに狸に見えなくは····。


「ルド、可愛いムササビだよ」

「あ、ハイ」


 心を読んだかのように今度はレイにも冷たく強調されてしまったので、素直に頷いておく。


「んふふ、ねー」

「ねー」


 にこにこと機嫌良く微笑み合う兄妹は本当に仲睦ましいな。


 ああ····想い人····いや、想いイタチか?

白くて可愛らしいイタチがつれない。

せめて普通に背中撫でても許されるくらい仲良くなる日は来るんだろうか····。

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