383.絶妙な庇護欲をプラス〜ルドルフside

「王女が見つからないとなると、やっぱり責任問題になりますか?」


 テーブルの上に置かれたクッションに鎮座するイタチなアリー嬢が、手にしていたイタチカップを下に、というかテーブルに置いて尋ねる。


 口調からして留学規定は知っているようだ。

もし留学と通常の外遊を混同していたなら、王女が行方不明の時点で問題だと判断した言葉を選ぶだろう。


「いや、今回はそうなるとは言い切れない。

明らかに自国の護衛や侍女すら伴わず、黙って出ている。

それにわが国の者だけでなく王女の護衛と侍女、隣国の留学生2人の証言もある。

もちろん王女が正式に王都の外へ外出する手続きをしていたり、最初から誘拐されていたなら話は違ったが、自発的に黙って行動して何かあったのならそれは個人の責任だ。

既に成人しているし、そこまで長期留学先の国が面倒を見る事はできない。

留学するに際し、何かしらの問題が起きた場合についての細かな誓約も書面で交わしてある。

もちろんザルハード国とも。

しかし形であれ、見つかるなら問題はないが、このまま行方不明となられるのは避けたい」


 死体で見つかったとしても、というのはあえて告げる必要はない。

まあアリー嬢なら察してしまうのだろうが。


「····左様ですの」


 少しほっとしたような表情になってないか?

イタチ顔の移ろいには自信がないが。


「それで、アリー嬢は本当に王女を見ていないのか?」


 改めて聞いてみる。

隠し立てするメリットも無さそうだが、何か引っかかる気がするのは何故だろうか。


 ごくたまにしか会わないながらも付き合いが長くなっている分、この想い人を理解している部分があるなら嬉しいんだが····。


「それ、は····」


 しばらく俺の方を見つめたイタチのつぶらな瞳は後ろの兄振り返る。


「アリー嬢?」

「僕の可愛いイタチなアリー?

何か話しそびれた事があるのかな?」


 やはりレイは事前に聞いていたんだろう。


 だがもしかしたら今日尋ねたのは正解かもしれない。


 あの水没から熱も出ていただろうし、今も気怠げな様子からして体調は悪そうだ。


 つまり何かしら兄に言いそびれたものの、この場で言うのははばかられるか、もしくは誰にも言わずにおこうとした事を余裕がなくて、うまく隠せなかったか。


「今、他国の王子でもあるゼストとその護衛のリューイ殿、それから次期ファムント領主と他数名が現場を改めて検分している。

あの洞窟で何かあったのなら教えておいてくれないか?」


 嘘だ。

捜索は昨日いっぱいで終えている。


 ただ捜索であって本格的な調査というわけではないから、何か見落としたかもしれない。


 1つあるとすれば、あの王子達が移動したと言っていた洞窟のいくつかの岩壁一面がすすけていた事だ。


 特大の火球が飛んで行くのを見た記憶をおぼろげながら持っていたから、恐らく記憶が定かではないあの2人が故意に火を放ったのだろうと結論づけたが····。


 本当にそうだろうか?


 ふと疑問に感じる。


「····えっと····王女はよく知らないけど、苔は····」

「「コケ?」」


 レイと声が重なる。


 コケ····ん?


「岩壁に珍しい苔が生えてて····その、もしかして····もう燃え····あ、えっと、見てないかなって····」


 少し戸惑いがちだが、今燃えたって言おうとしてなかったか?


「アリー嬢?

どうして岩壁が煤けていたと知っている?」

「え····煤けていたかは····」

「僕の可愛いムササビだったアリー?」

「········ハイ」


 ビクッと背後の声に身を固くし、か細い声で鳴いてそろそろと振り向けば、圧のある笑顔で妹を迎え撃つレイ。


「苔って何かな?

燃えるって何が燃えたの?

もしかして、実はかなり危険な目にあったりしてなかった?」

「ふぐっ····あの、別に危なくは····」


 そろそろと立ち上がったイタチは2足歩行でふらふらと後ずさる。


 あ、こっちに来た····。


 トン、と腕に白い尻尾が触れる。


 ヒュイルグ国で死にかけた時ほどではないが、少し毛がパサついている。


 やはり体調は悪そうだ。


「わ」


 あ、躓いた。


 さすがに長い胴をふらふらさせながら2足歩行で後退は無理があったようだ。


 倒れそうになった体をそっと支えれば、あの国にいた時ほどではないにしても、相変わらずの痩せ具合。


 骨を感じた事に少なからず驚く。

温泉に落ちたムササビ姿の時は俺の方も気づく余裕が無かったらしい。


 それにやはり体温が高い。

ふらついたのはそのせいもあるんだろう。


 一瞬妹が俺を見たのを見計らったかのように、俺を見るレイの目が殺人鬼のそれだった。


 悪魔じゃない、殺人鬼だ。


 今日は友に殺られるかもしれない。


「可愛いムササビだったアリー?

何か言い忘れてたのかな?

ほら、兄様の所に戻っておいで?」


 だが妹が視線をそちらに移した瞬間、殺人鬼から魅惑の優しげな笑みに切り替えたレイ。

変わり身が激しすぎるだろう。


 戦鬼といい、殺人鬼といい、グレインビルはこんなんばっかりか。

アリー嬢が関わった時のグレインビル関係各所が怖すぎる。


「····怒ってる?」


 だが妹もグレインビルだけあって、可愛いを全面に押し出して駆け引きだ。

瞳を潤ませ、コテリと首を傾げて絶妙な庇護欲をプラスした。


 これにはレイも苦笑してしまう。

可愛いに降参か?

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