381.自由な使用人達〜ルドルフside

「ニーア、そろそろお嬢様を許して差し上げるのじゃ。

ルドルフ王子が壁の一部になってお待ちじゃぞ。

それにレイヤード様もそろそろ外の風呂から出て来られる頃じゃからの」

「はぁ、わかりました。

お嬢様、1度水分補給をなさって下さい」


 いやいや、無茶苦茶不服そうだな。


 留学生達捜索の案内の時から薄々気づいていたが、何かとてつもなくアリー嬢に怒ってたんじゃないか?!


 何があった?!


「グスッ、あい····グスッ」

「ほれほれ、お嬢様。

お鼻チンしましょうかの」

「あい····チン」


 好々爺がハンカチを小さな鼻に当てれば、小さく鼻をかむ。

そのまま洗浄魔法でさっとハンカチを綺麗にしてから目元を拭ってやる。


 好々爺バージョンの執事長が甲斐甲斐しい。

そして既に15才となっているイタチ令嬢は、幼子のようにされるがままだ。


 ヒュイルグ国で彼女と過ごした経験から、何となくだが熱があるか、上がってくる前兆なんじゃないだろうかと心配になってしまう。


 記憶では幼児化する時には発熱しやすいように思うのだが····。


「お嬢様、イタチタオルを」


 え、何だそれ?!


「あい、グスッ」


 すっかりしおれたイタチ令嬢は、専属侍女に従順だな?!


 侍女が好々爺降臨中の執事に近寄れば、クッションの上にいたイタチはその細い肩に飛び乗り、長い胴を首に引っかけてぶら下がる。


 できる侍女は執事長の真横にあるテーブルに置いてあったコップに水差しから水をくむと、引っかかったイタチの口元にそえる。


 すると素直にこくこくと水を飲んだ。


 え、何だ、これ。

ちょっと可愛いな。

俺も肩乗りイタチに水を····いやいやいや?!

戦鬼が降臨するの一瞬かよ?!


 嘘です、イタチ可愛いけど、したくはないです、ゴメンナサイ。


「おのれ、イタチタオルを堪能するばかりか、イタチなお嬢様に水を飲ませるとは····羨ましい」


 あ、睨んだのちょうど俺の対角線上にいた侍女の方にか。

心臓に悪いわ。


 そもそも執事長よ、怨嗟にまみれた声を出しているけれども、怒るのは多分そこじゃない。


「ふっ、専属侍女の特権です」


 何だその特権。

むしろ特権なのか?

何でそんなに得意顔なんだ。


 戦鬼もイタチが鼻すすりながら目元擦ってるほんの一瞬の隙きに降臨するな。


「ふう、良いお湯だったよ」

「義兄様!」


 なんてしてたらレイが外からバスローブだけ羽織って入ってきた。


 待て待て、いつからか漏れるようになった色気には気づいていたが、今日はまた、だだ漏れだな?!


 乾ききっていない髪から垣間見せる、少し上気した頬や切れ長の赤い目からはもちろん、少しはだけたガウンの胸元からも発せられている。


 男の俺からしてもドキッとしそうだ。


 しかしイタチな妹はつぶらな瞳が涙に潤んでいたのも何のその、純粋に嬉しそうにぴょこっと顔を上げる。

そこに色めいたものは一切無い。


 これなら家族風呂とやらをしても兄の色気にあてられる事はなかったかもしれない。


 涙はもう引っこんだようで、尻尾が元気に揺れている。

ちょっと犬みたいだ。


「ふふふ、僕の可愛いアリー。

ニーアに叱られたの?

僕の水着ができたら、一緒に入ろうね」

「本当?!

一緒に家族風呂していいの?!」


 おお、さっき泣いたイタチがもう完全に喜んでいる。

立ち直りは相変わらず早いようだ。


「うん、イタチでならいいよ。

もちろん裸は駄目。

ムササビは····わかってるね?」

「········ハイ」


 随分小さいかたことなハイだな。

また目がちょっと潤んでガクッとタオルらしく脱力してしまったが、もしや禁止になったのか?


「それよりルド、何か用?

これから僕の可愛いイタチなアリーとお昼寝タイムなんだけど?」

「お昼寝?!

一緒に?!

····んー、でも今はタオル中なの」


 一瞬喜んで近くに寄ってきたレイに飛びつこうと体を起こしたが、すぐにタオル体勢に戻る。


 どうやら専属侍女との約束は守るらしい。


「そうだよ、僕の可愛いイタチなアリー。

ニーアも、今の可愛いアリーに休息が必要なのはわかっているよね?」

「チッ····イタチなお嬢様、お休み下さい」

「ほら、ニーアもわかってくれてるよ。

さあ、おいで」


 侍女の舌打ちなど歯牙にもかけないレイはそう言ってかかっていたタオルなイタチを首から外しにかかる。


 いや、そもそも専属侍女よ、主の兄に舌打ちして良いのか?

しかも心底嫌そうだ。


「はーい!!」


 イタチな主は気にしないらしく、大人しく兄の腕に抱かれた。


「フッ」

「チッ。

お茶を準備して参りますので、ルドルフ殿下はおかけになってお待ち下さい」


 戦鬼が嫌味な執事レベルの顔で鼻で笑い、出していたコップを盆に乗せて舌打ちする侍女と部屋を出て行った。

裏でお茶の支度をするんだろう。


 相変わらずグレインビルの使用人は自由だな。


「座ったら?」

「あ、ああ」


 そう言われて侍女が説教中に使っていた椅子を自分でテーブルの方に移動させて腰かけた。


 レイも片手に妹の長い胴を引っかけ、執事長の座っていた椅子をテーブルの方に向けて座った。


「それで、話って?」


 テーブルにクッションを置いて妹をその上にセットすると丸くなった胴を撫でながらそう切り出した。

 

「アリー嬢に聞きたいんだが、良いだろうか?」


 やっと落ち着いて話を聞ける事に、少しほっとしながらそう切り出した。

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