380.主従逆転〜ルドルフside

「よろしいですか、お嬢様。

いくら獣の姿であっても、お嬢様は人です」

「····はい」


 項垂れて素直に人の言葉で返事をする白いイタチ。


「そろそろ人である自覚をお持ち下さい」

「····はい」


 できる専属侍女は椅子に腰かけ、そんなイタチに向かってこんこんと説教している。

どうやら今日は主従が逆転しているようだ。


 傍で聞いてると、会話の内容がおかしい。


 正しい事を言っているはずなんだが、今の状況に内容がどうしてか入ってこない。


 彼女の対面には同じく椅子に腰かけた執事な爺が座っている。


 執事の服を着ていてもわかる····あの執事、かなり鍛えている。

そして間違いなく戦力的に強い。


 それはそうだろう。


 彼は先代グレインビル家当主の頃から、あの家に仕える執事長だ。


 いや、違う。


 確かその昔、鮮血の戦鬼と呼ばれた猛将だったと記憶している。

前線で活躍し、当主と共に辺境の厳しい紛争を収めてきた。


 ただし今現在、当時の面影は全くない。

主に顔が。


 まるで遅くに産まれた孫娘にメロメロにしてやられる好々爺こうこうやだ。

デレデレしまくっている。

やべえ爺にしか見えない。


 そんな爺の揃えた膝の上のクッションに、白いイタチはちょこんと腰かけ、長い背筋を伸ばして顔はとてつもなく神妙な顔····のように見えなくもない。


 イタチの表情判別には自信がないが。


「そしてお嬢様は侯爵令嬢です。

いくらご兄妹とはいえ、イタチの姿であるとはいえ、家族風呂と称して外で露天風呂を楽しむレイヤード様の浴槽にしのびこもうとなさるとは、令嬢として恥をお知り下さい」

「····はい」


 ああ、それで今こうなってるのか。

やっと状況がわかった。


 レイの姿が見えないと思ったら、外にいたのか。

確かにこの宿の部屋についている露天風呂は気持ち良いからな。


 アリー嬢も、さすがにそれは専属侍女が正しいと思うぞ。


 遠目だと東の諸国の正座というものをしているようにも見えなくはない。

獣足の構造像上それは不可能ではあるのだが····雰囲気がそう見せるのか?


 どうでもいいが今回もヒュイルグ国の城で何度も見た、白いイタチに白いイタチの着ぐるみを着せている。

頭にはイタチを模したフードを被り、ちょっと可愛らしい白い毛玉が、何度見ても暴力的な可愛らしいに変貌をとげているから不思議だ。


 自分でも何を言っているかわからないが、俺の顔を弛ませて侍女の説教をこちらに飛ばす危険性をはらんでいる気がしてならない。


 それとなくイタチのつぶらな瞳が時々こちらに向く········狙ってないか?

やめて欲しい····グレインビルの侍女怖い。


「それに何も身に着けずに動くのは、露出狂と同じなのですよ」

「····はい」


 イタチは全身で反省の雰囲気をかもし出してはいるが、まだまだ専属侍女の説教はまないらしい。


 それより獣は何も身に着けないのが普通だから、露出狂というのは····。


「····!!」


 なっ、好々爺から殺気?!

いつの間に戦鬼化した?!


 いや、何も考えていない!

思わずはだかの(?)イタチの姿なんか思い浮かべていない!

着ぐるみバンザイ!


「?」


 何かを感じたらしいイタチが上を見上げれば、瞬時に好々爺が召喚された····グレインビルの執事怖い。


 まあそれはさておき、白いムササビが黒鳥と共に空から降ってきて水没したのを救い上げ····ん?

すくい上げ?

いや、爪を立てて登られる梯子役だったな。


 まあとにかくその後、グレインビルの悪魔弟の雷風呂の脅威を回避してから更に2日が経った。


 もちろん本来のイタチ、いや、アリー嬢も、俺が常にはレイと呼ぶ悪魔も人間だ。


 その翌日いっぱいは予想通りアリー嬢は熱を出したらしく、1度も会えなかった。


 ただ驚いた事に彼女こそが例の行方不明中の留学生達の居場所を知っていた。


 現在絶賛説教中の侍女の案内で、暗くなる前に回収すべく、すぐに向かった。


 他に隣国の第1王子ゼストゥウェルと、この領の次期当主とそれぞれの護衛達も伴ってだ。


 そして真っ暗な洞窟の中に隣国の第3王子とその側近候補は転がっていた。

しかしあの国の王女がいない。


 2人は気を失っているというよりは、何故か爆睡していたから容赦なく叩き起こした。


 しかし問題が起きた。


 2人の、特にここ半年程は断片的な記憶しか無かった。

加えてここに来る前からの王女に関しての記憶は著しく曖昧。


 ただ俺の知るこの数年の中では、2人共かつてないほどすっきりとした顔をしていた。

それも憑き物が落ちたかのような、落ち着いた言動になっている。


 これには第3王子の異母兄であるゼストと共に驚いた。


 そんな彼らの断片的な記憶の中で1つ、はっきりした記憶があるらしい。


 それが白い狸に襲われて頭を噛みつかれた事だった。

噛み痕もしっかり残っていた。


 橙頭の側近候補の方が気持ち酷かった気がするが、ゼストがサッと治癒魔法をかけて痕を消したから今はわからない。


 今日はその事も聞きたかったのだが····。


「お嬢様、反省だけでしたらそこらの山猿でもできます」

「········あい····グスッ」


 あ、イタチが泣き出した。

つぶらな瞳からぽろり、ぽろりと光の粒が転がり落ちる。


 俺が訪ねてくる前からされていた説教に、とうとう耐えられなくなったらしい。


 好々爺が慰めるように頭を撫で始めたが、顔はかなりデレデレしている。

せめてもう少し引き締めてやれよ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る