379.怒れるムササビと雷風呂の危機〜ルドルフside

「悪いが切るぞ」


 体に触れれば首や肩に巾着の紐が絡まっていたのに気づき、そっと外しつつ断りを入れてから紐を風の魔法で切る。


 巾着はゼストに預けて体をさすり続けていれば、不意に治癒魔法に包まれるのを感じた。


「引っかき傷くらいなら治癒できる」

「そうか、助かった」


 ゼストは治癒魔法が苦手だが、今はそれを学んでいる。

最近流民達と接する機会が増え、思いの外怪我人が多いと気づいたらしい。


 彼らの生活は元々過酷で、中には暴力に見舞われる者も多い。

流民となるには貧困という止むに止まれぬ事情もあって、栄養失調気味だと傷の治りが悪く、骨折なんかの後を引くような怪我もしやすい。


 ゼストは王子としてただ立太子されてその地位につきたいわけではないんだ。

彼なりの方法で国を良くしようと模索し、日々努力している。


「ケホッ、だ、誰?

コホッ、コホッ、はぁ、はぁ、ん、コホッ」

「えっ、子狸が喋っ····」


 違う、絶対ムササビ・アリーだ。


 ムササビが人語を話した途端、ゼストが驚いて後ずさる。

ふっ、まだまだ愛が足りないな、ゼスト。


 アリー嬢は少しずつ落ち着いてくると、しがみついているのが人間だと気づいたんだろう。

相変わらずの可愛らしい声だ。


「落ち着いてきたな。

俺だ、ルドルフだ」

「ケホ、ルド、ルフ殿、コホ、下?」

「ルドだ」


 相変わらず久々に会うと殿下呼びに戻るのが悲しい。

いつも通りに訂正する。


「ケホ、ケホ、ルド、様?」

「そうだ。

抱えてもいい····」


 バサバサッ。


「ア〜ホ〜!

ア〜ホ〜!」


 一足先に反対側の浴槽に落ちて、いつの間にか器用にも水面に仰向けに浮いて気絶していた黒鳥が、意識を取り戻したのか飛び立った。


 ふと、頭に乗っている体がビクッと揺れ、震え始めた。


「アリー嬢、具合が····」

「だからカラスは、ゲホッ、カァッて鳴けー!!!!

うわぁーん!!!!

ゴホッ····馬鹿ー!!!!

ゲホッ、ゲホッ、ゲホッ」

「お、おい、大丈夫か?!」


 突然むせながら叫んで頭頂部に突っ伏して····泣き出した?!


 そういえばあの黒鳥ともつれ合うように落ちていたが、何事だ?!

泣いてはいるが、それよりももの凄く怒っているのを頭で感じる。


 今までで知っている中で1番怒り狂ってる気がするが、何があった?!


 取りあえず言葉そのまま、咽び泣いているので背中をさするのは継続しても良いように思う。


「ケホ、ケホ、グスッ、カラス、嫌い、コホ、グスッ、カラス、禿げろ、コホ、コホ」


 多分カラスというのが黒鳥の事だと思う。


 ややもすると咳も少し落ち着いてきたし、呪いの言葉を吐くくらいには心も落ち着いたようだ····多分。


 それより頭の上を陣取る体が冷えてきている。


「その、抱えてもいいだろうか」

「駄目に決まっているでしょ」

「そうか、駄目····レイ?!」


 見ればいつの間にかアリーの義兄、レイヤード=グレインビルが片手にバスタオルを持って浴槽の縁に立って見下ろしていた。

どことなく機嫌が悪そうだが、それはそうだろうな。

妹がカラスと一緒に空から落ちて、溺れて死にかけたんだから。


「ケホ、兄様?」

「うん、久しぶり。

こんな形で再会するとは思わなかったけど、迎えに来たよ」

「どうして、コホ、わ、かった、の?

コホコホ」

「ニーアから連絡が来たんだ」

「····うくっ、コホ、ど、どこまで····ケホ」


 頭の振動でわかる。

明らかに狼狽え始めたな。


 レイが来てからそれとなく俺の後ろに気持ち隠れてみてるゼストは小さく、アリー嬢?と呟いているから、いい加減気づいたようだ。


「ふふふ、さあ、どこまでかな?

とりあえず打ち上がってるそこの黒毛山から、僕の腕に帰っておいで?」


 笑顔だ。

美青年らしい清々しい程の笑顔だが、珍しくレイがアリーへと圧を····。


「ルド、さっさと僕の可愛いムササビ・アリーを解放しないとそのお湯を雷風呂に変えるよ?」


 あ、俺への圧だったのか?!


「いや、待て、レイ!

すぐだ、すぐ返すからやめてくれ!」

「げっ、師匠、待ってくれ!」


 本当にパチパチし始めたのを見て慌ててレイの元に進んで頭ごと差し出した。


 暫し事の成り行きを黙って見守っていたゼストは、いち早く浴槽から出ている。

裏切り者め!


 ちなみにゼストの美形な護衛は地味に主の危機だったはずだが、見ているだけだ。

ムササビに向ける目がどことなく呆れている気がしないでもない。


 レイは手にしていたバスタオルで妹を包んで大事そうに抱える。


「ルド、つまらないものを僕の可愛いアリーに曝してくれた件は後でね」


 そう言われて初めて気づいた。


 腰に巻いていたタオルが向こうで漂っていた事に。


 呆然としている間に、グレインビル兄妹はいなくなっている。


 腰にタオルをしっかり巻いたゼストだけが再び浴槽に浸かり、気の毒そうな目で俺を見ていた。


「ア〜ホ〜!

ア〜ホ〜!」


 まだいたのか····俺もあの黒鳥に暴言を吐いてやりたくなったのは秘密だ。

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