357.得体の知れない薄ら寒さ〜ガウディードside

「アリー」


 先に伝えていた通り、従妹の部屋に様子を見に来れば眠っていた。

そっと呼びかけてみたけれど起きる気配がなく、穏やかな寝息をたてている。


 そっと額に触れて、特に変調はないようだとほっと息を吐いた。


 小さくて華奢な手には、少し前に頭から被っていた俺の服が握られていて、何というか····可愛らしい。


 あの魔王や悪魔兄弟が可愛い、天使だ、と連呼するだけの事はある。

あどけない寝顔もこういう仕草も庇護欲をとんでもなくそそる。


 本来なら成人した淑女の部屋に立ち入るべきではないが、今は叔父上から正式に依頼された保護者の代わりだ。


 虚弱体質ですぐに熱を出すし、何より邸に戻って別れる時までずっと様子がおかしかった。

それが体調からなのか、気持ち的な何かなのか、その両方なのかはわからないけど。


 俺が別れ際に後で行くと伝えていたからか、セバスチャンはすんなり通してくれた。

当然のように睨まれていたんだけど、止めて欲しい。

アリーの前で見せる好々爺のような顔で俺にも接してくれ。


 時に魔王にすら強く出る、執事の皮を被った猛者の1人に睨まれるとか、怖すぎる。


 主人に何かしら頼まれて外出していたアリーの専属侍女ニーアも今はそこに控えている。

奥の使用人部屋に消えたセバスチャンの代わりに俺達が2人きりにならないようにしているみたいだ。


 それにしても、隣国のバカ王子。


 ほんの少し俺が片づけで目を離した隙に、何してくれてるんだ。


 あの従者だか側近だか····もう子分でいいか。

子分が仮にも女性に暴力的な行動を取って軽く返り討ちにあったくらいで、逆ギレして魔法で攻撃しようとまでしやがって。


 まあもしあのまま攻撃してきても、悪魔弟の怪しいネーミングの魔具が作動するから無傷だっただろうけど。


 アリーがあの時俺にしがみついて離れなかったのも、俺ごとその魔具で守るつもりだったのはわかっている。

悪魔使いは魔王や悪魔達より俺に優しい、良い子だよね。


 けど、そういう事じゃない。


 他国の王子だろうが貴族の坊ちゃんだろうが、身分は留学生だ。


 仮にアリーが平民だったとしても、無駄に高圧的にからんでクダを巻き、あまつさえ暴力を振るうとか、あり得ないだろう。


 もちろん一部始終を見ていたわけじゃないが、バカ王子は声も大きかった。

周りの大多数は平民だし、お前の国の貧しさや差別に堪えかねてこの国にきた流民だっているってわかっていないのか。


 なのに隣国の高位貴族や王族の特徴を隠しもしない外見で、差別発言を声高々に宣う始末。

アリーがあそこで無理にでも止めなければ、すぐ近くにいた獣人で流民の男達に、それこそ殴る蹴るの暴行を受けていただろう。


 ましてやあのバカ王子はまたグレインビルの悪魔使いに手を出した。


 特に商業祭で同じ事をして国を介して問題になったのは、ほんの数年前の話だぞ。

どれだけ学習しないんだよ、あのバカ達2人は。


 しかし、だ。


 心の中ではこんな事をつらつらと、それこそ声高々に宣たっとしても、だ。


 残念な事に、俺は非力!

高位貴族らしくそれなりに魔法は使えるが、それなりでしかない。


 もちろんもしもの時はこの可愛らしくも無謀で度胸がある従妹を守る覚悟はしているけど、文字通り身を挺してしか守れないぞ。


 相手が上位貴族だろうが、王族だろうが、なんなら一国の王だろうが関係なし。

歯向かう奴は誰であっても鼻で小馬鹿にしたように笑って、不遜に挑発して叩きのめすのを生業にする魔王や悪魔兄弟にはなれないんだよね。


 ついでに客商売の経営者なんてやっているから、世間体も身の保身もしっかりと考える男。

それが俺だ。


 という事で、この邸に戻ってすぐに通信用魔具で関係各所へ言いつけておいた。

もちろん魔王や悪魔兄弟にも。


 予想通り彼らの可愛い天使を護れていなかった事を言及されたけど、それは想定の範囲内だ。

下手な言い訳はせずに謝りまくった。

まだ死にたくない。


 まあとにかく、この従妹のお陰もあって、コネや交友関係だけはやたら身分が高い者が多いのが俺の強みだ。

これで誰かしらはあのバカ達をどうにかしてくれるだろう。


 だから今は別の事が気になっている。


「ニーア。

アリーの知り合いでイグドゥラシャ国の者っているのかな?

知らない?」

「私がお嬢様の専属侍女になってからは少なくともございません。

あの国の者との交流も存じ上げません」


 やはりそうだよな。

アリーの交友関係を全て把握しているわけじゃないけど、さすがにあのきな臭い国と接点があるなんてのは無さそうだ。


『アレは誰?』


 硬い声でそう聞かれた時は、バカ王子との間に割って入ったあの国の末王女が、ただ気になって聞いたんだと思っていた。


 けれど集まってしまった大衆から銀髪を隠そうとして、アリーに服を被せた時に一瞬見えたあの顔。


 やり場のない怒りをどうにかして抑えようするような、そんな表情だった。


 アリーは1度も王女を見ていないから、声だけで何かを判断したんだろう。

だけど····。


『アレは?』


 時間を置くほど、そんな意味だったように感じられてしまう。


 王女の外見は優しげで、王族や貴族らしく整っている。


 社交界の花とか、妖精姫と称されるような見た目に過剰な華やかさはないけど、まあ年相応の可愛らしい部類だ。


 そんな初対面だったあの王女に、今は得体の知れない薄ら寒さを覚えていた。

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