356.チュ、と加護、後、これは····オカン
「少し横になるといいわ」
ヴァイにそう言われて、ほっそりした優しい手に導かれるまま膝枕してもらう。
荒れ狂っていた心が、波が引くように落ち着いた。
彼女の加護の力かな。
「忘れないで、アリー。
私達精霊王との契約は消えたわけじゃないの。
本来ならあり得ないけれど、あの時は右目にあの男の魔眼と、時に干渉できるあの子が揃っていたから、あなたを生き延びさせる為に契約を今のような保留の状態にできただけ」
体が楽になって力が抜けたのもあってか、ゆっくりと頭を撫でられてしまうと眠気に襲われてしまう。
瞼が重い。
「だから一見切れてしまったかのように見えても、限りなく薄く、けれど確かに私達は繋がっているのよ。
近くにいればあなたが喜んでいるのも、楽しんでいるのも何となく感じるわ。
もちろん今日みたいにあなたが大きく怒りや悲しみの感情に揺れれば、少しくらい離れていても気づく。
もちろんあの子に心を傾けるのはわかるわ。
産まれる前からの、あなたの特別なパートナー精霊だもの。
けれど私達がいる事も忘れないで」
声を出すのが億劫で、ヴァイも望んではいないみたいだから目を閉じたまま、小さく頷くだけにする。
僕も近くにいれば、彼女達の喜怒哀楽くらいは感じ取れるから、言いたい事はわかるんだ。
「契約が保留になった以上、私達があなたの直接のお願いを聞くには対価が必要になる。
けれど常に体が弱りきっていて、体に魔力を巡らせられない今のあなただと、それは命に関わるわ」
うん、それは痛いほど、というか、痛い目を見たからわかるよ。
もちろん頷く。
あの時はヴァイとファルにもの凄くお世話になったのは自覚してるもの。
「少し前にあの短絡的思考回路の楽天主義な火があなたのお願いを聞いた時も、今の家族のいる邸に戻ってからあなたは死にかけたわ」
う、うん。
何だか口調がトゲトゲし始めた?
火と水って相剋関係だからか、元々2人はそこまで仲良くはないけど····。
目を開けたいけど、駄目だ····。
「私と光が2人がかりで加護を与え続けて無理矢理命を繋げなければ、今頃は内臓を完全に焼失していたのよ。
それでも内臓の焼かれる痛みが消えるまでには何年もかかっていたはずよね?
私達が与え続けた加護の反動で、その間ずっと死がつき纏っていたわ。
元々効きづらくなっていた治癒魔法や回復魔法も、あの期間はどんどん効きが悪くなる体質になっていたから、私がどれだけ気をもんだ事か····」
あ、あれ?
何だか段々とお説教に入っていないかな?
少し前って、もう10年は経ったよ?
ヒュイルグ国に火の精霊王のロギと殴りこみに行った時の事でしょ?
まあ何千年も生きてる精霊さん達からすれば、10年なんて瞬きする間くらいの感覚なんだろうけど。
どうしよう····クールビューティーながらも慈愛の笑みを浮かべていた稀有なる水の精霊王が、あちらの世界で言うところのオカンなる庶民的存在に思えてきた。
でも言い返せる余地がない。
何かと心配をかけているのは他ならぬ僕だ。
「大体アリーはいつも楽しそうにしてハメをはずし過ぎなのよ。
もっと自分の体を大事にして欲しいわ。
あなたが強く願うあの子との再会に力を貸してあげられないのは申し訳ないけれど、それでも無理はして欲しくないのよ」
そっか、そこに繋がるんだね。
大丈夫、ちゃんとわかってるよ。
あの子を見つけられないのも助けられないのも、僕が不甲斐ないからだ。
君達が力を貸したくても、僕が今1番の願いの為にそれを借りれば間違いなく死んじゃうから貸せないのは理解してる。
僕の為に取ってる行動を、どうして責められるの?
それにあの頃と違って僕の家族の目はもう誤魔化せない。
それで僕に何かあれば家族と精霊さん達の全面対決だ。
何より僕は君達の事も、他の精霊さん達も大好きだよ。
間接的にでも僕を殺させるようなお願いはもうしない。
あの時ロギは僕のお願いを聞くのを本当は心底嫌がったんだ。
でもどうしてもココのような目に合う人をグレインビル領からは2度と出したくなかったし、怒りが治まらなかった。
そのせいでロギは他の精霊王達から非難されたりもしたし、僕は死の淵を彷徨っていて庇う事もできなかったんだ。
ロギのせいじゃないのに、僕の体の中が焼ける痛みに苛まれる度にごめんて謝り続けていたんだよ。
だからもう責めないで?
そんな想いをこめて、頭を撫でる手をそっと取ってギュッと両手で握る。
本当は目を合わせて言葉で伝えたいけれど、睡魔が強力過ぎて抗えないんだ。
「そうね、わかってはいるの。
お説教地味た事を長々話してごめんなさいね」
もう片方の空いた手が再び頭を撫で始めた。
僕の頭を撫でるのが好きな人が本当に多いね。
なんて思ってるうちに意識が途切れるのを感じる。
「私の可愛いアリー。
愛しているわ。
どうか良い夢を」
とっても優しくそう語りかけられて、今度は頭にチュ、とされたような気がした。
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