305.白いムササビのデビュー譚2

「だって商業祭はまだ無理だし、今を逃せば来年の春まで山には行けないもの」


 誰にともなく言い訳する。


 山登りはムササビになって愛馬のポニーちゃんにお願いすれば可能だけど、商業祭は人が多くてそうはいかない。


 ムササビになれば、木登りは問題なくできるはずだ。

ゆっくり休み休みになるだろうけど。


 だからこの1ヶ月、早めの昼食を取ってお昼寝の時間を早めて規則正しい生活を心がけた。


 もちろんできる専属侍女、ニーアの目を誤魔化す為に!


 義父様はこの時期とこの時間は冬支度の為に1度領地内を何箇所かに区切って順に回るんだ。


 前もって早めに準備しないと、厳しい冬に間に合わなくなるような時間のかかる支度もあるからね。

それにグレインビルの秋は短く、冬の訪れは早いもの。


 そして狙い通り、義父様も義兄様達も少なくとも昨日からこの時間の邸にはいなくなった。


 さあ、計画実行だ!


「ニーア、僕はそろそろお昼寝するね」

「かしこまりました。

いつも通り旦那様がお戻りになりましたら起こしにまいります」

「うん、ありがとう」


 計画初日、僕はベッドに横になってニーアの気配が遠のくのを待っているうちに、本当に眠ってしまった。

失敗だ。


 夕方目覚めて驚愕した。


 どうやら前夜にわくわくし過ぎて、少しだけ眠りが足りなかったみたい。


 あの国で死にかけてしまって上向いていた体調が、下降しやすくなったせいかな。

睡眠が少しでも不足すると疲労しやすくなって、気づいたら寝てしまう。


 これでも体調は少しずつ戻ってきているんだ。

数週間に1度出す熱は、そこそこ程度から微熱程度になったからね。


 きっと昨日は油断していたんだ。

だから昨夜は早めに寝てみた。


「ニーア、僕はそろそろお昼寝するね」

「かしこまりました。

今夜はレイヤード様がこちらに帰られるそうです」

「本当!

じゃあいつも通り父様が帰ってきたら起こして!

今日の夜ご飯はオムライスだね!

もちろん僕が作るよ!」

「かしこまりました」

「よろしくね」


 ふふふ、計画成功だ!


 そうして部屋でムササビになった僕は開けておいた窓から外に出る。

もちろん上下左右に人がいないか確認した。

窓を伝い、再びキョロキョロ。


 2階の高さからダイブ!


 ふふふ、お試し飛行は上手くいった。

ムササビの飛膜凄いね!


 そしてこの時間帯には放牧状態になっているポニーちゃんを見つけて背に乗って山に入り、今に至る。


 おっ、風が追い風になった。


「今だ!」


 誰にともなく声をかけ、まずは邸の2階くらいの高さをダイブ!


 うまく風に乗れた!


 飛膜によって体は緩やかかに滑空する。



「やったあ!

成功だー!」


 数メートル先の枝に着地した僕は思わず叫んだ。

令嬢だけど、叫んだのは許して欲しい。

今はムササビだしね。


「よし!

次いこう!」


 そう言ってさっきより少し低くなった枝から、高い枝を目指して登り、また別の木に飛び移る。


「ふふふ、楽しいー!」


 風は友達だー!


 そうしてどんどん高度を上げていった。


 上空に近づくほど、少しずつ追い風が強くなる。

小一時間かけてそのスピードに慣らしていく。


「ふう。

さすがにちょっと疲れたかな。

次で最後にしよっと」


 調子に乗った僕は今までで1番の高さを目指す。


「はあ、はあ····」


 登りきった1番高い枝の中ほどに移動するも、息が切れてしまった。


 張り切り過ぎたかな。

仕方なく腰かけて休憩する。


 上に行くほど風がザワザワと枝を大きく揺らす。


 ビュウッと突風が吹き、腰かけた枝も上下に揺れ始め····バキッ。


 そう、バキッ····て、枝が折れた?!


「うわあああ!」


 思わず叫びつつも、空中で大の字になって飛膜をバランスを取りながら何とか滑空する。


 けれど風が向かい風に変わってしまう。


 しまった、頭が上に持ち上がっててもろに風を体全体で拾っちゃった!


 体が横に流れて近くの枝にベストの腰紐が引っかかる。


「うそ、何でぇぇぇ!!」


 そのまま指に引っかけた輪ゴムが回るように枝の周りを何周がする。

背負ってるリュック型巾着がどこかに飛んで行く。


 どんな力のベクトルなの?!


 と思ってたら、リボンが解けて勢いよく木の幹に向かって投げ出され、ぶつか····。


 ズボッ。


「········え?」


 確かに木の幹にぶつかった。

ぶつかったけれど·····え、何で?


 僕の丸っとしたお尻が、幹にできた穴に····シンデレラフィット、だと····。


 これ、キツツキの巣跡じゃない?

こっちでもキツツキはいるからね。


 幸いな事にお尻の感覚的に中には何も無いみたいだけど。


「よいしょ!」


 ひとまずこのままじゃまずい。

かけ声をかけて手足をバタバタさせながらお尻を引き抜こうとする。


「え、あれ、うそ····抜けない」


 体をよじってみるけど、駄目だ。


 まずいぞ、とりあえずタマシロ君を外して····駄目だ。


 この木は硬いし、僕が人に戻ってる時にはまったままだとお尻の周りが圧縮されて骨盤骨折しちゃうかも?!

さすがにキツツキの穴のサイズに複雑骨折するのは断固拒否だ!


 大体容量的にどうなるか予想もつかないから、イタチになるのも怖い。


 こうしてジタバタもがく事、小一時間。


「ふう····風が、気持ちいいな····」


 秋晴れの爽やかな風にさわさわと揺れる木々に囲まれ、午後の木漏れ日に優しく照らされる僕の影を下に見ながら、ちょうど義兄様達の目線の高さにお尻を埋めた白いムササビが出来上がった。


「こんな事って・・・・ある?」


 ポツリと心の声が口を突いた。



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お知らせ

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いつも応援、評価、感想ありがとうございますm(_ _)m

次の章に移るまでの閑話という事で、デビュー譚シリーズ全3話を昨日から1日1話毎日投稿します。


同時進行中の下の作品もよろしければご覧下さい。

有り難い事に恋愛部門に何度かランクインするようになりました。

1話1600文字程度のお話なので、サラッと読める仕様です。

【稀代の悪女と呼ばれた天才魔法師は天才と魔法を淑女の微笑みでひた隠す〜だって無才無能の方が何かとお得でしょ?】

https://kakuyomu.jp/works/16816927863356796443

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