306.白いムササビのデビュー譚3
「これ、どうしたらいいかな?
まるで鹿の頭の壁掛けオーナメントだよ」
なんて言いつつ、内心は焦りまくりだ。
あと少ししたら、義父様が帰って来るはず。
そうだ、レイヤード義兄様だって····マズイぞ。
バレたらタマシロ君を没収される?!
ううん、それどころか何かしらお仕置きペナルティを科せられそう!!
もふもふ自主規制が全面解除になったばかりなのに!!
僕からもふもふを取り上げたら、何を楽しみに生きればいいの?!
というか、このままだと義父様がまず気づいて心配かけちゃう!
下手したら使用人達含めて捜索隊が結成されちゃうよね?!
どうしよう?!
段々とマイナス思考に囚われ始め、感情が揺れて涙が溢れる。
「う、うえーん····」
恥ずかしいし、お仕置きが怖い。
何より家族にまた迷惑かけちゃうのも嫌だ。
なのに自分ではどうもできない。
「うー、グス、えっ、えっ」
誰もいないのをいい事に、ひとまず気が済むまで泣いていた。
その時だ。
「アリアチェリーナ嬢?」
不意に聞き覚えのある声が聞こえ、視界に人影が写り、顔を上げた。
予想外の人物に驚いて涙が止まる。
「····リューイさん?」
夕日に照らされる青銀の髪と目の、レイヤード義兄様と同い年くらいにしか見えない彼は隣国ザルハード国の第1王子の護衛だ。
知り合って何年か経って、お互い口調はいくらか気安いものに変わっている。
無表情がデフォルトの彼だけど、表情が変わらないわけではない。
少なくとも今、彼のお顔からはとてつもなく困惑しているのが伝わってくる。
「その、どういう状況か教えてくれますか?」
た、助かった····。
そう思って安堵する。
でもそれだけじゃなくて、リューイさんは昔から不思議な安心感を与えてくれるんだ。
と、再び涙がポロポロ溢れてきた?!
あ、あれ?!
「どこかお怪我を?!」
リューイさんも慌てるし、僕も意図しない涙に慌ててしまう。
「あ、違うの。
その、お尻がハマッて抜けなくなっちゃって、家族に内緒で来ちゃったから、ばれるとまずくて、それで····」
「もう大丈夫ですよ。
触れてもかまいませんか?」
目を擦りながら、かなり端折って説明する僕の早口言葉を優しく遮って許可を求められる。
もちろんブンブンと首を縦に振った。
「失礼」
リューイさんの大きな両手が僕の脇に入れられる。
ふと、その手が小さな子供の手に見えた。
『初めまして、お姫様』
性別はわからない。
幼い子供の声が聞こえた気がして、固まっていると、風がお尻の周りの木を削り、僕の丸いお尻は穴から救出された。
「アリアチェリーナ嬢?
どこか痛みますか?」
僕の脇を支えたまま、ぷらんぷらんしている僕の顔を心配そうに覗き込んでくる美形なお顔に現実に戻る。
「いえ、どこも。
助かりました。
ありがとうございます。
あ、リュック!」
ぷらんぷらんしていた僕を抱え直してくれたお陰で視界が広がり、元いた僕の真上の枝に引っかかるリュックを発見した。
「待って下さい」
するとリューイさんが風魔法を使って枝を揺らし、リュックが落下した。
さすがリューイさん。
僕を片腕に乗せて片手で空中キャッチだ。
「どうぞ」
「ありがとうございます!
あの、降ろしてあっちを向いててもらえますか」
「わかりました」
リュックを受け取って降ろしてもらい、木の後ろに回ってベストを脱いでタマシロ君を外す。
元の姿に戻るとリュックならぬマジック巾着から服を一式取り出して着替えた。
ニーアお手製のベストは忘れず中に入れておく。
「色々助かりました。
あの、この事は····」
「もちろん他言無用にします。
あのペンダントで白い獣になるんですね」
そういえば、タマシロ君で変身した姿は初めて見せたんだっけ?
「はい。
初めてご覧になったのに、よくあのムササビが私だとわかりましたね。
鑑定魔法ですか?」
「初めてではありませんが、鑑定魔法は使いました。
あの卒業式の日は白いイタチでしたよね」
「ああ、レイチェル様の卒業式の時····」
そうだ、あの日はレイヤード義兄様の使い魔って事にしといたんだ。
「それにムササビは泣いたりしませんし、ここはグレインビル領でアリアチェリーナ嬢がいらっしゃる邸にも近い。
もしやと思って良かった」
「あの、どうしてここに?」
「今日はゼストと共にレイヤード殿に会いに。
ルドルフ殿下はレイヤード殿と転移魔法の練習がてら直にいらっしゃいます。
私とゼストは先に到着したので、今はゼストだけ邸で待っています。
グレインビル邸なら短時間なら護衛が離れても問題はありませんから、私は以前から気になっていたここの山を散策していたところです」
「左様でしたか」
あ、危なかった····。
このままただの散策なら僕が早めにお昼寝から目を覚まして邸の周りを散歩した体にできなくもないもの。
リューイさんグッジョブ!
「リューイさん、お手間をかけて申し訳ないのですが、邸まで転移で連れ帰っていただけませんか?
できれば私と出くわしたのを邸の周りを散策していた時と口裏も合わせて欲しいです。
お礼はバリーフェフライと酒精の高いブランデーでいかがでしょう」
「その話、乗りましょう」
ふふふ、リューイさんと義父様が食に関して同じ嗜好で良かった。
こうして無事に邸に戻った僕は、疑わしげなニーアの目を掻い潜り、完全犯罪に成功した。
間一髪、義父様とレイヤード義兄様が帰宅直前に戻れた事も大きいと思う。
後日。
あの日の深夜、久々に高熱を出した僕は数日ふせった。
これは熱が下がって数日したある日。
僕は久々にムササビに変身して義父様の頭から飛び降りる。
そんな僕をいつものように空中キャッチして、けれどいつもと違ってありし日のリューイさんのように脇に手を入れてぷらんぷらんする。
「私の可愛いアリー」
「なあに、父様?」
今日も僕の義父様はダンディで渋かっこいい。
「本番は
「········はい」
····お顔は微笑んでいるのに紅い目は笑っていない。
間違いなくバレていた。
今度は涙は出なかった。
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お知らせ
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いつも応援、評価、感想ありがとうございますm(_ _)m
次の章に移るまでの閑話という事で、デビュー譚シリーズ全3話これにて終了です。
同時進行中の下の作品もよろしければご覧下さい。
有り難い事に恋愛部門に何度かランクインするようになりました。
1話1600文字程度のお話なので、サラッと読める仕様です。
【稀代の悪女と呼ばれた天才魔法師は天才と魔法を淑女の微笑みでひた隠す〜だって無才無能の方が何かとお得でしょ?】
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