304.白いムササビのデビュー譚1

「ふう····風が、気持ちいいな····」


 秋晴れの爽やかな風にさわさわと揺れる木々。


 木漏れ日に優しく照らされる僕の影。


 影はずんぐりむっくりな丸いフォルムにお耳、そして上に突き出したかのような短い四肢を型どっている。


 晴れ晴れしい空を見上げる僕のつぶらな紫暗の目は、凪いだものになっているだろう。


「こんな事って・・・・ある?」


 ポツリと心の声が口を突いた。


 そう、あれは数時間前に遡る・・・・。


ーーーー

「んっふっふっふっふっ」


 数時間前の晴れたお昼前、麗らかな陽気を肌で感じながら僕は青々とした木々を見下ろしてご満悦だった。


 はるか向こうにはここまで僕を運んでくれた愛馬のポニーちゃんが草をむしゃむしゃしているのが見える。

賢い彼女は満足したら自主的に邸に帰るから、それに間に合うように合流しないとね。


 左手は木の幹、右手は腰、右足は木の枝にできたコブのように少し膨れた所に置いて、得意顔な僕は白いムササビボディ。


 首にはネックレス型のタマシロ君を装着し、ニーアお手製の通気性の良い夏用ニットベスト。

丈は長くて、僕のお尻まで覆っている。

相変わらず白い色を選ぶのは、きっとニーアの好みなんだと思う。


 肩の部分は繋がってるけど、脇と腰の部分はニットのリボンでゆるく結んでるんだ。

ムササビの飛膜を阻害しないスタイルだよ。


 お尻の辺りに穴が空いていて、先に向かってふわふわしていく尻尾がそこから出てるんだ。


 あとはポンチョと同じで耳付きフードが付いてるよ。

これもニーアの好みなんだと思う。


 背中には巾着をリュックのように背負ってる。

何かあっても大丈夫なように、防犯グッズとお着替え一式を入れてるんだ。


 そんな僕は風を感じながら一言呟く。


「今日こそ真のムササビ飛行を試す時」


 キリリとしたお顔をデフォルトに、脳内ではあちらの世界の勇ましい海賊テーマソングが流れる。

時々CMで聞いただけだから、正しいメロディーかは今更わからないけど。


 春先に義父様と領に戻ってからというもの、この日の為に体調の良い時を見つけてはダイブ練習をしてきたんだ。


 最初は義父様や義兄様達のお膝からダイブ。

風は全く感じず、普通に着地するだけですぐに次のステージに移った。


 机に座って執務をこなす義父様の肩からダイブ。


 いまいち風は感じなかったけれど、着地だけは上手くなったと思う。


 最後は立ち上がっている時の義父様や義兄様達の頭からダイブ。


 風を感じる前に空中キャッチされ、しばらくエア空中飛行をしてもらい、そのまま襟首からお腹にイン。


 最近、家族の服の襟首がいつも緩んでいる事に、邸の使用人達は何も言わない。


 ムササビから空を自在に飛ぶスーパーヒーロー、後、カンガルーの子供へと進化なのか退化なのかわからない過程を辿る。


 それでもレベルアップしたと思う!


 僕は本番とも言える樹木からのダイブを所望した。

なのに····。


『俺の可愛い天使、まだ本番は早い。

それに俺がいる時でないと駄目だぞ』

『そうかな?

あとどれくらいで本番に行けそう?』

『来年だな』

『····』


 そんな優しげなバルトス義兄様は突発的にヒュイルグ国へ転移して仕事に穴を空けたとかで、上司直々の命令で今年は夏前に行われる魔法技術学園の魔法技術大会に訪れる王族の警備、そして今は秋の商業祭の警備関連に駆り出されているんだ。


 当然警備には下見や下準備、人員配置の考案が絡むから、頻繁に帰る事はできない。


『僕の可愛いアリー?

まだ木は危ないから、もう少ししたら一緒にしようね』

『そうかな?

あとどれくらいで本番に行けそう?』

『2年後かな』

『····』


 そんな麗しいレイヤード義兄様も、最近は忙しいみたい。


 春頃からルドルフ王子に付き合って一緒にどこかに行くのが増えたり、ヒュイルグ国への滞在が長引いて冒険者レイヤードとして指名依頼がたまってたのをさばいてるんだ。

早くしろってギルドから泣きつかれたみたい。


 当然だけど義兄様達はいつ帰ってくるのかわからないし、たまにしか帰って来ないのに付き合わせるのも申し訳なくて気が引ける。


『私の可愛いアリー。

私の腹はお気に召さないのかな?

まだ体調が不安定なのに木はデビューさせないよ?』

『父様のお腹もほど良い硬さで大好きだよ。

体調は落ち着いてきてるし、少しダイブするくらい大丈夫だよ。

あとどれくらいしたら木からダイブしていい?』

『3年後かな』

『····』


 泣きそうになった。

というか、その後義父様とカンガルーしながらこっそり泣いた。


 ヒュイルグ国での一件以来、時々感情が不安定になって昔より涙腺が弛くなっているんだ。


 よし、これはもう、間違いなく強行突破ならぬ、強行飛行だ!

邸の近くの山なら問題無いはず!


 でもそれからちゃんと練習したんだよ。

お部屋の机や本棚の上から。


 1度はニーアに見つかって、1週間タマシロ君を没収されたけれど。


 おかしいな。

ニーアは僕の完全なる専属侍女。

今ではお給金も僕の個人資産から出しているはずなのに····。


 そこで僕は夏の終わりに考えた。


 今から狙うなら、商業祭だ。


 皆はこの前後は何かと忙しいし、僕は今年の商業祭には体力的にまだ行けない。


 できる専属侍女のニーアの目さえ誤魔化せれば····いける!



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お知らせ

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いつも応援、評価、感想ありがとうございますm(_ _)m

次の章に移るまでの閑話という事で、デビュー譚シリーズ全3話を本日から1日1話毎日投稿します。


同時進行中の下の作品もよろしければご覧下さい。

有り難い事に恋愛部門に何度かランクインするようになりました。

1話1600文字程度のお話なので、サラッと読める仕様です。

【稀代の悪女と呼ばれた天才魔法師は天才と魔法を淑女の微笑みでひた隠す〜だって無才無能の方が何かとお得でしょ?】

https://kakuyomu.jp/works/16816927863356796443

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