301.弔いと祝福名と寂し気な顔〜ルドルフside

「この子は僕をずっと支えてくれてたあの子のレプリカなんだ」


 墓石に見せるようにハンカチを広げる。


 一瞬見えたのは、緑色の石の欠片。

ふと、イタチ姿の心の妹が懐中時計と緑色の砕けた石を守るようにして細長い胴を丸めて眠っていた姿が頭に浮かぶ。


 もしかして、あの時の石か?

レプリカ?


 心の妹はそれをそっと座りこむ自分の横に置いた。

やはりあの時の緑石のようだ。


「今の僕が生じて一緒に産まれてからずっと、あの時まで側にいてくれたあの子ではないけど、僕の妹の妹みたいな存在なんだ。

いつかは土に還るから、それまで一緒にいてあげて欲しい」


 心の妹はそう言って鞄からスコップを取り出すと着ているワンピースが汚れるのも厭わず膝をついて2つの墓石の間に穴を掘る。


 生じて産まれるとは、どういう意味だろうか?

そういえば、母親の胎内にいる時から記憶がある者がかつていたと聞いた事があるが····そんな眉唾物な話か?

いや、そんな事は····あ、でも心の妹は赤子の時からの記憶があるんだったか?!


 うわ、何かちょっと混乱してきたぞ!


 そもそも石が妹の妹って、心の妹は石なのか?!

いや、さすがにそれはないな。

落ち着け、俺。


「ごめんね、僕は結局助けられなかった。

せめて安らかに眠って」


 そう言うとハンカチの上の砕けた緑石を全て手に取り、そっと両手で包んで胸にやる。

まるで黙祷を捧げているようだ。


「ヒュイルグ国で見つけた花を持ってきているんだ。

こっちでは何て言うのか聞きそびれたけど、あの子も好きだったスズランだよ。

株物だから、きっと毎年咲いてくれる。

僕の知るスズランの花言葉は純粋、謙虚、それから····幸福の再来。

君と出会えた事は僕の幸福だった。

君が土に還って、いつかまた、どんな形でも会いたい。

きっとこれから先も、ずっとそう思い続けるよ」


 胸にやっていた欠片達を穴にそっと入れる。

心なしか手が震えているのか?


 そして鞄から小さな鈴のような丸みのある小花が鈴なりについた植物を1株取り出す。

これがスズランだろうか。

白くて揺れる小花が可愛らしい。


 もしかして、緑石の墓花として用意したんだろうか。

そのまま石の上に置いて土を被せてポンポンと優しく根本を押さえた。


 スコップを鞄に戻し、見覚えのある水の出る石を植えた花の上でころころ転がしつつ手も綺麗にして、出していたハンカチで手を拭って片づける。


 手慣れているな。


 そういえばレイが言っていた。


 心の妹は母と姉の墓石の周りに色々な草花を植えるのが趣味だと。

珍しい花を見つけてはせっせと植えるから、墓石の周りは花に溢れている。


 中には人の顔をしたような花や、虫を食べる珍しい草もあって、墓参りがてら人面花の鼻のあたりをツンツンしたり、草に餌をやってうっとりしながら過ごすとも言っていた。


 ····あのスズランとかいうやつは違うよな?

可愛らしいただの墓花だよな?

餌やりいらないやつだよな?

妹の妹とか言ってたけど、そういう類の花を妹に植えたりしてないよな?


 思わず心の中で問いかける。

割りと切実な感じに。


 そう思っていると、不意に一迅の風が吹き、スズランの小花が揺れる。

アリリアの花弁も空へ舞った。


「ありがとう。

人の手で造られた子だけど、どうか、仲間として弔ってあげて」


 心の妹は空を見上げて誰にともなく声をかけ、空に舞い散る薄桃色の花弁を見守る。


 しばらくしてゆっくりと立ち上がって、そっと姉の眠る小さい方の墓石に華奢な手が触れる。


「ルナチェリア=ビーナスカイ=グレインビル。

ねえ、ルナ。

君とは直接逢えなかったけれど····ビーナスカイ·····君は····短い一生だとわかっていて追いかけてくれたのかな?」


 追いかける?

祝福名に何かあるのか?

産まれてすぐに亡くなったのに、心の妹と面識がある?


「ふふ····結婚はできなかったけれど」


 結婚?!

懐かしそうに笑う心の妹は後ろ姿で表情がわからない。

心がざわついてくる。


「婚姻という形ではないけど、僕と本当の家族になって、僕と家族を繋げてくれた。

君がいたから、時間がかかってもきっとレイヤード兄様は僕を妹にしてくれたんだ。

君の事だから、きっとその場の勢いで追いかける選択をしたんだろうけど、結果的に約束、守ってくれたね。

ありがとう」


 艶の戻った白銀の髪が風になびく。

華奢な手はそれをそっと耳にかけて押さえる。


「でも····やっぱり君達がいないのは····」


 そう言ったきり、押し黙った。

なおも風は白銀をさらさらとなびかせる。

まるで慰めているように風が優しく纏わりつく。


 やがて風が止み、また来るね、と声をかけて振り返った。


 その時一瞬見せた心の妹の、アリーの顔はひどく寂し気で····思わず息をのんだ。

その顔は涙を流さずとも泣いているようにも見えた。


 結局声をかけられないまま、再び小さな後ろ姿を見送り、しばらく呆然と時を過ごす。


 言葉の意味は全くわからない。

けれど、アリアチェリーナ····あんな顔は····。


「ここにいたんだ。

何やらかしてるのかな、ルド」

「うわ!

レイ!」


 どれぐらいぼうっとしていたのかわからないが、怒気を孕んだ背後からのレイの声にビクリと体を強張らせてうっかり叫んでしまった。

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