300.泣きついて転移失敗〜ルドルフside

「それじゃあ、ルド。

今日は少し距離を伸ばして転移してみて。

一応例の誘拐犯の1人が作ってたらしい転移を安定させる魔具の試作品を渡しておく。

転移する時はどこに行くか、何を指標にするかを具体的に思い浮かべるんだ。

遠距離転移をする程気を抜かないようにね」

「わかった!」


 今日はこの白金髪赤目の凛々しい顔立ちをしたレイヤード=グレインビルに転移の補助を手伝ってもらいにグレインビル領まできた。


 卒業までにA級冒険者へ昇格という目標は玉砕しつつあるが、最後の悪あがきだ。

卒業式は終えたが、今月いっぱいはまだ扱いは学生だ。


 ヒュイルグ国から帰国して、兄上の業務に巻き込まれ、親善外交の報告書の作成、生徒会の引き継ぎ、留学生達の面談や卒業試験等々をこなして忙殺されている間に、気がつけば卒業式····も、終わってしまった。


 あれ、A級昇格どうした?!


 と、式後に我に返ったのが今月の真ん中あたり。


 で、今は今月末あたり····。


 そこでグレインビル領の先輩兼、師匠兼、友だと思っているレイヤードへ突撃泣きつき訪問。

今日は心の妹は封印だ!


 兄上には頼らない。

頼ったが最後、自らの目の下のクマを指差しながらそっと何かの紙の束を渡されかねない。


 兄上、不肖な弟ですまない。

俺には卒業までにA級昇格という目標があるんだ!


『えー、自分でやりなよ。

あ、でも試作品を試す良い機会だね。

気を抜くと自分がバラバラになるかもしれないから、気を引き締めて試して』


 頼む相手を間違えたかもしれない。


 もちろん最初は物っ凄く嫌そうな顔で出迎えてくれたレイだったが、この転移を補助するらしい魔具を手渡してからはにこにこしている。


 もう1度言おう。

頼む相手を間違えたかもしれない。

にこにこしているレイなど不吉でしかない。


 嫌な予感がしつつ、グレインビル家の庭にレイと2人で立つ。


 念の為に自分の周りにいつでも魔力障壁を張れる準備と心積もりをしてから、長距離転移を試みる。


 うまくいけば、これで氷熊を討伐しに転移できる。


 そう思っていた時だ。


 ふわりとアリリアの花の香りが鼻腔をくすぐった。


 アリリアを見るとレイの妹にして俺の心の妹を思い出す。

帰国してからは1度も会っていないが、元気にしているだろうか?

体調はやっと落ち着いたらしいが、グレインビルに帰ってからも何度か体調を崩していたらしい。


 今日は会えないが、氷熊が狩れたらまた贈ろう。

氷熊の燻製肉をまた作ってもらえるだろうか。

あれ、美味いんだよな。


「ルド!

転移間際で気を散らすな!」

「あ····」

「チッ、この馬鹿!」


 レイのごもっともな怒声に我に返ってももう遅い。


 魔力がうねるのを抑えつつ、魔力障壁を張る。

転移は高等魔法だ。

失敗すれば時空の狭間に跳んで体をねじ切られる事だってある。


 レイの魔力が干渉し、試作品の魔具が盛大にバリンと砕け散ったところで視界が白く支配された。


「····っ、くっ」


 ドサ、と投げ出されるように背中から地面に落ちる。


 しばらく目眩でくらくらした為にそのまま目を閉じて治まるまで待つ。


 体に痛みはない。

無駄に魔力を消費したらしく、脱力感が酷いな。


 ピチチチ····。


 小鳥の囀りか。


 サワサワサワサワ····。


 風が草木を優しく揺らす音か。

のどかだな。


 目眩が落ち着いてきたのでゆっくりと目を開けて体を起こす。


 辺りを見回せば、森?


 使うつもりはないが、もう転移はできないので比較的魔力の消費がすくない風魔法を使った集音をしながら少し歩く。


「········、·····」


 誰かの話し声が聞こえてきた。

声を頼りに歩を進めれば、声の主らしき後ろ姿が見えた。


「まさか····」


 白銀髪を緩く1つに編んだあの後ろ姿は····。


「母様、ルナ。

今年もアリリアが····サクラが綺麗に咲いたね」


 魔法で聞き覚えのある心の妹の声を拾い、咄嗟に魔法も使って完全に気配を殺す。

近くまで行って、そっと木陰からのぞき見た。


 木々からはアリリアの花弁がふわふわと舞い落ちて、そのアリリアの薄桃色の絨毯に座る白銀の後ろ姿は幻想的だ。


 サクラ、とは何だろうか?


「やっと1人で動けるようになったんだ。

戻ってから父様と1度しか来られてなくてごめんね。

なかなか熱が下がりきらなくて、父様達に1人は駄目って止められちゃってたから。

今回はいっぱい心配させたから、ちゃんと言いつけは守ったんだよ。

えらいでしょ。

でもお花見に間に合って良かった。

あっちでも毎年でしてたから、どうしても花が満開の間に1人で会いに来たかったんだ。

皆とのサクラの記憶だけは····僕達が初めて会ってからの1番大事な記憶は····まだ独り占めしておきたくて」


 夫人と姉にあたるルナチェリアの、手入れされた四角い2つの墓石の前に座りこんで、心の妹は穏やかに語らう。


 サクラ、4人、けれど3人?

それに僕と言ったか?


 家族といる時や気を抜いている時は中性的な話し方をしていたが、いつもは私と言っていた。


 もしかして、これが本来の話し方だろうか。

何となく、あの時の旅人の話し方に似ているが、師弟として過ごすうちに彼の話し方が移ったのか?


「それから、今日はお願いもあるんだ」


 いつものマジックバックから何かを包んだ白いハンカチを取り出した。

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