281.名残惜しいお別れ

「そもそも君に隙があるから反逆者が力をつけた。

アリアチェリーナも拐われた。

違う?」

「お前····どこまで····」

「固めるのに今ある己の力では不足と?

アリアチェリーナはあの時君にちゃんと教育しただろ?」


 背筋を伸ばし、久々に顔を作り、気合を入れる。


 あまり他人に思い入れがない今の僕にはやや難しい。

それでもそこの王族2人ははっとしたから、まあまあ成功したのかな?


「それに僕が君と同じ立場で価値観も同じだと思っているのか?

僕にはそもそも大事なものはない。

国や人、弱みだらけの君とは違う。

だって本来の僕にはしがらみがないんだよ。

気まぐれに誰かと関わっても、それは心を傾けるほどの事ではないんだ。

持たざる僕には君達が国王や王子であるという立場すら、何の脅威でもない。

そもそも僕は何かしてあげようと思うほど君達への義理も興味も全くないんだけど?」


 きっぱり言い切ると国王が少しショックを受けた顔をした。

意味がわからない。


 ん?!

あ、あれ、隣のバルトス義兄様も?!

レイヤード義兄様は僕の背中に顔をグリグリこすりつけ始めた?


 どうし····あ、ち、違うよ?!


 義兄様達は大事だし、いつも僕の側にいてくれるよね!

心は傾くどころか垂直に突き立ってるから!!

旅人の僕はって意味だからね!

ね!!


 慌てて後ろ手にレイヤード義兄様の背中をポンポンポンポンして、もう片方の手でバルトス義兄様の頭をよしよしよしよしする。


 良かった、持ち直してくれた。


 ただね、この体になってからはアリアチェリーナの時のような国王達への怒りもないんだから、不思議だよね。

家族に対しての愛情は全く衰えてないんだけど、やっぱり脳の機能的な情報処理の仕方のせいかな?


 当時と同じような僕らしい周囲への興味の無さには他人事のように感心する。


「ああ、勘違いしてるのかな?

僕には君への善意も悪意もないよ。

でも態度によっては不快には思うけど、それは当然だよね。

それとね、僕は既に医師ではないんだ。

君達患者やその家族に信用される必要性も、不安感を払拭したり生きる質の向上を共に考えてあげる必要性もない。

君は間違った認識の上に立っているけれど、それでいいのかな?」

「なる、ほど」


 どうしてそんなに苦々しそうな顔になるんだろう?


 王子は僕の真意を確かめようとしてるのかな。

ただ黙って僕の目を見続けているね。


「どちらにしても今日会ったばかりの他人に、立場を使って都合よく教えて貰おうなんてしてないでほしいな。

地道に自分達ができる事を積み重ねてこそ土台の崩れにくい確かな発展があるものだよ。

もちろん信用もね。

それにそういうズルをしちゃうと、結局過ぎた知識や技術を御せずに無駄な犠牲が増えるよ?

僕の国だって知識や技術があるが故に戦争を起こして甚大な被害を広げた国もある。

医療でもそれ以外の分野でもね」


 元は人を救い、人を豊かにする為の力は時に戦争の兵器になる。

己の分を弁えなければ、それは最終的に自国すらも貧しくさせた。


「魅力的な力があれば使おうとするし、その力があれば気が大きくるのが人の性だ。

結果自国も大きな損失を被るんだよ。

国が廃れる要因の1つってそういう事でしょ。

仮にアリアチェリーナが僕と同程度の知識を持っていても、君達が制御できないんだから意味がない。

知らないからこそお互い安全でいられるのに、何を重要とするんだ?」


 はっとした顔をしてももう遅い。


「もちろん君達の立場やしがらみに縛られない僕をその立場やしがらみで縛ろうとしても無駄だし、僕が不快に感じればそっぽを向くだけだ」


 そうして僕は名残惜しいけれどレイヤード義兄様の膝から立ち上がる。


「用意できたよー」


 ガチャ、とタイミング良く寝室のドアが開いてロギが顔を出す。

相変わらず赤髪のこの青年は無駄に爽やかだ。


「名残惜しいけど」


 もちろんそれはこのいくらか残るデザート達。

食べきれなかった。


 今のアリアチェリーナの体じゃ····残りをたいらげるのは無理だよねえ。


 同じく立ち上がった義兄様達がこの体では最後だからか交互に抱きしめてくれる。


「あ····」

「旅人、殿」


 何かを言おうとした国王と、僕を呼び止めようとする王子が立ち上がったけど、無視だ。


「僕への何かしらの言葉は不要だけど、治療費はちゃんとアリアチェリーナに払っておいて。

材料費と手間賃は払いなよ。

それから今後つまらない事でアリアチェリーナを危険に晒したら、彼女が大好きなあれこれに殺されるだろうから気をつけて。

相互不干渉でいる事がお互いにとって1番安全だよ」


 僕を大好きな人達は僕の知る兵器と比べても遜色ないくらい殺傷能力が高いからね。


 王族達がどんな顔をしているかにも大して興味は起こらない。

目線が近くなった義兄様達をよしよしして、そのまま振り返らずにロギと中に入った。

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