189.帰城してから~ルドルフside

「やってしまった····」


 俺は今、自室に戻って真っ白に燃え尽きたようにベッドの端に腰かけてうなだれている。


 アリー嬢····アリー····いや、俺の心の妹。


 に、嫌われたー!!!!


『そういえば誘拐されたあの時もあのラディアスが呆れるくらいには気絶したジルコの耳と尻尾を触っていたな』


 何であんな事言ったんだ、俺ー!!


 馬鹿なのか?!

ああ、馬鹿なんだよ、俺!!


 考えなくてもグレインビル家の男達は俺の心の妹が上機嫌で獣人の耳や尻尾をもふり倒すのを隙あらば妨害していた。

レイなんかその為だけに心の妹命名、ケモミポ君なる魔具を作って日々メンテナンスしては新たな耳や尻尾を記憶させている。


 余談だがその情熱をもう少し俺に分けて欲しいと密かに思っている。


 そんな妹命なグレインビルの兄達に知らせてしまえばどうなるか····。


「はぁ~····やってしまった~····」


 ガシガシと頭をかきむしりながら、思った以上の情けない声が出る。


 俺のあの発言以降、あの子はほぼ俺を見なくなった。

ついでに怒ってますアピールもされた。

実に可愛らしかったが、殺傷能力はなかなかだ。

それはそうだ。

しばらくあの子の大好きな耳と尻尾はあの子の愛する家族によって遠ざけられるだろうから。


 帰城前に何とか謝る機会を得ようとしたものの、アボット会長のブラッシングを終えて気が抜けたのか兄達に寄りかかって眠ってしまった。

今日の試食会の為に城の料理人達と試作を重ね、本番の今日。

突然先ぶれもなく自他国の王族が加わったのだから、当然心身共に疲れた結果だ。


 冷静に対処してくれるのを見越して突撃訪問したが、普通は高位貴族の令嬢でもあんな風に問題なく堂々としていられない。

しかも12才という年齢で他人の、それも今や認知度の高い商会の会長やパティスリー経営者達の感想を求める試食会という場をこなした。


 何年か前にレイの友人として無理を言って開いてもらったような試食会もどきとは全く異なる場だ。

東西南の食材の魅力をしっかり引き出しつつ、新たな食の発展を間違いなく約束した試食会。

各国の商人のやる気と結束した相互発展をもたらす場となった。


 そして奇しくも他国の問題とはいえ、隣国の王子と取り巻きが生じさせた他国との不和を明るみになる前に取り持った。

この国の高位貴族であるグレインビル家が恩を与える形、つまりこの国が恩を与えた事にも繋がる。


 これでこの国は東のジャガンダ国、西のブランドゥール国、南のオギラドン国と外交上ではほぼ友好な関係となる。

そして隣国ザルハード国。

国内情勢は色々と問題はあるだろうが、今回の件で更なる友好関係を結べただろう。


 これによって未だ兄上の婚約を解消していないイグドゥラシャ国との水面下では不穏な関係が今後どう影響を受けていくのか。

間違ってもわが国に悪い影響を与える可能性だけはあり得ないだろう。


 オギラドン国をはじめとした南の諸国との交易ルートをあの国が解放した事からもそれはうかがえる。

これまでは南の諸国との交易はザルハード国を介する必要があったが、それはあの国を避けて西に迂回する形となっていた。

これもわが国とあの国を囲む周辺の国々との外交を安定させたからこそ実現した事だ。


 ただ····。


「はぁ~····嫌われただろうか····」


 今は心の妹に嫌われたかどうかだけが俺の頭を大きく占める侘しい夜となった。


 明けて翌日から、俺達は旅立った。

なぜ突然翌日になったのか。

それは帰城してすぐに兄上の執務室での出来事に遡る。


「僕の可愛いアリーが欲しいって言ったのに待たせるって何?

あり得ないんだけど」

「ほう。

俺の天使にあんな顔をさせたのに欲しい物を与えないと?」


 兄上が調整に1週間欲しいと言えば、美しい悪魔達がすごむ。


 ちなみにあんな顔というのは俺への当てつけだ。

それならもふもふ禁止を言い渡さなければいいのにとは口が裂けても言えない。


「「ならこっちで勝手にする」」


 そのまま転移しようとしたのを慌てて引き留めた。


「レイ、一応ザルハード国の慰謝料だろう!」

「バルトス、与えないなんて言ってない!

まずはあの問題児2人の調整が必要なんだって!」

「師匠達、せめてあの2人の同意を取らせてくれ!」


 そう、俺達はすぐに準備できてもあの問題児達はまだぎりぎり未成年の留学生だ。

最低でも自主的な同意がいる。


 しかしどうやってもこの悪魔達が待ってくれる気がしない!

だがここでグレインビル家の納得する慰謝料を渡せないとザルハード国にもアボット商会にも落とし所がなくなる!


 すったもんだやっていると兄上の執務室がノックされた。

部屋の入り口に控えていたシルに許可を得て入ってきた侍従が耳打ちするとシルが少し目を見張る。


「留学生の2人がこちらに訪ねているそうですが····」

「····」


 兄上が悪魔兄弟を何か言いたげに見やる。

タイミング良すぎないか?


「遅い」

「まったくだ」


 したり顔で文句を言うレイに同意するバルトス殿。

やっぱりか?!

どうやって呼びつけた?!


「とりあえず····通して」


 どこか脱力した兄上が許可すれば、2人が入ってきて固まる。


 何だ?


 固まるだけじゃない。

一点を見つめて真っ青になって震え始めた?


 2人の視線の先には····悪魔兄弟?

いや、悪魔弟····レイだ。


「あ····な····なぜ····」


 掠れる声はザルハード国第3王子だ。


「なぜ?

まともに反省文も自分で書けない王子や側近候補とやらが言う台詞じゃないよね?」

「あ····ち、ちが····」


 否定しようとしたのはコッヘル=ネルシス。

何故そこで否定しにかかれるのか。


「へえ」


 レイ、いや、グレインビルの悪魔が涼やかに笑う。

頼むから、もうこれ以上悪魔を引き出さないで欲しい。

ぶっちゃけ俺も怖いんだぞ。

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