130.牢を出る~sideルドルフ
危うく飛び起きるところだったぞ。
妹との約束通り反応せずに見守る。
だが本当に危険が迫った時は····。
2人の様子を静かにうかがう。
あちらからは死角になっているが、シルの尻尾あたりはもぞもぞ動いているから妹もシルも流石に起きているんだろう。
反応はしないようだが。
ガン!!
「起きろっつってんだよ!!」
今度は鉄格子を蹴り上げるが、それでも無視を決め込んでいる。
ジルコは随分感情的になっているが、まだ近衛騎士団にいた頃の彼女を知る俺としてはかなりの豹変ぶりに驚くばかりだ。
昔はもっと落ち着きがあったはずだが····。
2人は依然として無視し続けて静かにしている。
それとは反対にジルコは更に騒ぎ立てる。
とうとう痺れをきらしたんだろう。
憎々しげに舌打ちすると騒がしく音を立てて鍵を開けて入ってきた。
当然のように俺のすぐ近くを通ったが、全く気づいていなかった。
多分レイが妹の為に作った魔具だろうが、なかなかの性能だ。
妹仕様だからサイズがまあまあきついのは仕方ない。
『鍵が開いたら私が開けた人を引きつけます』
アリーの言葉を思い出す。
しかしあそこまで殺気立っているのを目にしてこのまま大人しく出て行く事も難しい。
俺は覚悟を決める。
もしもの時はジルコを背後から襲おう。
幸いこの手枷が武器になる。
まあ結局は杞憂に終わったんだが。
「起きろ、このクソガキ!」
毛布が乱暴に取り払われ、細腕に手を伸ばしたところでシルが動いた。
あんな酷い刺し傷を負わせたんだ。
かろうじて息をするくらいはあり得たかもしれないが、普通に動けて自分の首に肘鉄を食らわす事ができるとまでは考えもしなかったんだろう。
実際、声をかけたのは妹にだけだった。
完全に不意を突いた攻撃だ
「ガッ」
「ぐっ」
くぐもった声を出してジルコは倒れ、シルも小さく呻いて片膝をつく。
駆け寄りそうになったが、一瞬紫暗の目と目が合った気がして踏み留まった。
一度大きく息を吐いて気持ちを切り換える。
妹の顔色は暗がりの中でも悪いとわかったしシルの気づかう声も聞こえたが、また躊躇しない為にも振り返らないと決めて開いた牢の扉から静かに出ていき、言われた通りに目立たない隅で腰を下ろした。
結局それからジルコが起き上がる事は無く····いや、それにしても····いくらあの睡眠薬を使う為とはいえ、ドレスの裾をバサッと勢い良く顔にかけるのは同じ女性同士とはいえ····どうかと思うぞ?
下手をしたら····いや、止めておこう。
まだ11才になったばかりだったはずだ。
どうせあの色気のない太もものあたりを絞ったパン····いやいや、何を考えてるんだ、俺。
「何しやがる、このクソガキ!」
「アリー嬢!」
自嘲して俯いていたが、ジルコとシルの声にはっとして顔を上げる。
カシャーン。
硝子の砕ける音が聞こえ、シルが華奢な腰に手を回して後ろから抱きついている。
おい、俺の妹に何してくれてる?!
思わず腰を浮かせて睨みそうになったが、ふと人の気配を感じて横を向いた。
もう真っ暗にはなっているが、いつの間にかそこに立っているのはシルエットからしてベルヌだろう。
やはり俺には気づいていないようだ。
あのベルヌすらも欺くこの魔具は素晴らしい出来映えだな。
「え、まだ何の獣人さんか聞いてないのに····」
「アリー嬢、それ大事なのか」
「それ以外に彼女に何の魅力も感じません····」
「····ピューマ属だ」
2人はベルヌに気づかないままに、呑気な会話をしている。
その後ジルコの横にしゃがんで多分あの三角耳を揉み始めたようだが、まだ気づかない。
「もちろんシル様のお耳と尻尾の方が好ましいですよ」
「····それは····ありがとう」
何の気遣いかわからない気遣いでシルを困惑させていても気づかない。
しまいには追い剥ぎのようにジルコの外套を脱がし始めたみたいに見えるが、やはり気づいていない。
だがベルヌはジルコのように怒る素振りは見せない。
というよりも多分普通に呆れてるよな?
めちゃくちゃ小さくだがため息吐いてるぞ。
「おい、これはどういう事だ?」
大きくため息を吐くと顔をわざと険しくしてとうとう声をかけた。
一瞬ピタリと動きが止まったが、再び動き出す。
「おい、無視するな」
不機嫌そうな声にシルが妹を背に庇うと、やはり追い剥ぎを続行させている。
「いや、何してんのかそれとなく見えてるぞ。
神経図太すぎるだろう」
あれで隠れきったと思ってたのか?
やっぱり年相応なところは可愛らしいな。
この後セーフとアウトのどうしようもない攻防が始まったが、シルは困惑し、ベルヌは恐らく声からして呆れっぱなしだったと思う。
その後は俺が妹のケープを取り上げて具合の悪い2人を見捨てて逃げた最低野郎だと思ったらしいベルヌが怒りをちらつかせる。
けれど結果だけ見ればそうなってしまう。
俺だってこの状況には憤りを感じているくらいだ。
かつて自分の護衛を務めた剣の師匠とも言える彼の言葉を甘んじて受けるしかない。
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