131.脱出開始~sideルドルフ

「そうかもしれないけど、王族なんだしさっさといなくなってもらえる方がこちらとしてはむしろありがたい?

とりあえず毛布なら被っててもいい?」

「そんなに寒いのかよ。

顔色はかなり悪いみたいだが」

「シル様の体温が低いの。

応急措置は王子様がしてくれたけど、血をいっぱい流したから····」

「アリー嬢····」


 何だ、追い剥ぎはシルの為にしてたのか。

何だか少しばかり面白くない。

第一それが必要なのは君だろう。

また震えてるんじゃないのか?


「はあ?

人属の貴族令嬢なくせに随分獣人にお優しいな。

だがそいつの為にってんなら毛布もアウトだ」

「どうして?」


 確かに貴族令嬢は獣人を怖がるが、妹の言動をそこまで否定するのは解せない。

確かジルコもシルの一族を裏切者呼ばわりしていたが。


 そうしてベルヌはその理由を話して聞かせた。

当然シルは反論するが、それにはベルヌは殺意を明確にする。


 300年前の獣人の小国は、確かに実在した。

王族しか立ち入れない場所に保管される古い建国史に記載されているのを見た事がある。

しかしシルと母上の生家側の先祖がその国の者達を罠に嵌め、それをかつての王や貴族が隠蔽した?

俺が見た建国史にはあの国が滅んだ理由は獣人特有の流行り病と飢饉で国を維持できなくなってアドライド国に吸収合併されたとあった。


 小国とはいえ国が滅んだんだ。

様々な理由と利害関係が絡んだとは推察できる。

しかし簡単に言えば弱った隙をつこうとした隣国に狙われた為、友好国だったこの国へかの国の魔人属の王の方から持ちかけたとあったはずだ。


 ベルヌの話を聞きながら自分の中で情報を整理していく。


 母上の生家はカリェッド家の分家筋に当たるが王都の外れでどちらかというとグレインビル領側だ。

シルは昔からの武官一族の出で、2代だけ受け継げる騎士爵を代々受け継いでいる家系となる。

騎士爵には1代と2代限りの2種類があって過去の功績によって決まる。

細かな取り決めは置いておくが1代は良くて子爵、2代は良くて侯爵相当の地位がある。

シルは侯爵相当に当たる。

狐属のラルクもそうだ。

豹属のアンは伯爵から侯爵を行ったり来たりしている一族で今は伯爵だ。


 但し騎士爵に領地は任されない。

獣人はその気質からかあまり領地経営には向かず、特に肉食系獣人になるとそれが顕著となる。

一言で言うなら脳筋体質が多い。

だから騎士爵以外の爵位貴族からは獣人貴族が軽んじられやすい。

勿論そうではない獣人もいるし、獣人騎士がいるから国防が成り立つ部分は大きい。

戦争が起きれば犠牲になる割合は当然獣人の方が多くなるのは間違いない。


 だから王家や三大筆頭公爵、辺境領地の3家は決して差別しないという教育を徹底される。

妹は寧ろ獣人至上主義な気がするが····。

何度あの耳と尻尾に大敗を期してきたことか。


 今は暗くて夜目に限界がある人属の俺にはその表情まではわからないが、あの牢に入るまでの短い間に誘拐犯の2人の耳と尻尾をチラチラ見ていたのには気づいている。

戦闘中もそうだ。

あの子の耳と尻尾にかける情熱は時と人と場合を選ばないのではなかろうか。


「この人は最初からこんなに激昂しやすい人?」

「またいきなり話が変わったな。

元々短気だが、それを知ってからは王族や貴族、そいつに対しては感情的になりやすいな。

何だ?」

「仮にも近衛騎士団副団長だったとは思えないほど感情的だから」

「なかなか言ってくれるな。

その通りだから反論できねえわ」


 俺もそこは同意見だ。

寧ろ異常じゃないか?


「ふふ、そう。

それより何しに来たの?」

「ゲドが2人を連れて来いとさ。

ジルコはいつ頃起きるかあのクズ王子に聞いてるか?」

「うーん····そのうち、としか。

顔に全部かかるのは想定外だもの。

普通なら何時間かで起きるみたい」


 クズ王子····ベルヌは昔と変わらず悪い奴じゃないのは何となくわかる。

幼く虚弱な妹をそれとなく気遣っているし、シル自身を恨んだり憎んだりしているわけでもない。

正義感のすれ違いと何らかの誤解があるんだろうというのは推察できる。

昔は俺の剣の師匠もしてくれたし、何なら当時の子供だった俺はかなり懐いていたと自覚している。


 要するに、彼の言葉がグサグサ胸に突き刺さって心が痛い!

いや確かに俺のやってる事はある意味クズだよな····。


 俺は人知れず落ち込んだ。

今は誰にも感知されないし、気の済むまで落ち込めそうだ。


 その後シルと妹は牢から出てきたけど、ここで問題が勃発した。

正直それまでの落ち込みなんかぶっ飛んだくらいに胆が冷えた。


 戦闘中の獣人の間に割り入るとか、無謀にも程があるぞ!

普段はおっとり行動してるのにこんな時だけ何故無駄にすばしっこいんだ?!

2人が実力者でなければ間違いなく妹は殴られて死んでいた。


 シルが怒鳴るのも無理はない。

もしあそこで妹に何かあればシルは騎士を辞めたはずだ。

ただでさえこの状況は護衛として任務中のシルの立場を既に危うくしている。

シルが悪くないのは間違いなくても、護衛対象をまともに守れていないのだから。


 妹もそれに気づいたのか、ちゃんと謝った。

頼むからこれ以上は無茶をしないでくれ。


 とか思ってたら誘拐犯に抱っこねだるとか?!

そんなの俺が毎回申し出ているのにされた事なんかない!

あ、シルも断られたな。

ちょっとざまあみろ。


 にしても本人も言っていたように熱が上がってあんなにも苦しそうに息をしている事に胸が痛む。

そうか、シルを守ろうとずっと我慢していたんだな····。


「少なくとも俺が嬢ちゃんを抱っこしてる間だけは嬢ちゃんを守ってやる。

嬢ちゃんも、ゲドの所に着くまではルーベンスが仕掛けて来ねえ限りルーベンスを害さねえし、嬢ちゃんを下ろすまでは少なくとも不意打ちの攻撃もしねえ。

ベルヌ=アルディージャの名にかけて誓ってやる。

ほら、お前はさっさとついて来い」


 まさかベルヌが名にかけて誓うとは思わなかったが、妹もそれで納得したらしく大きな体に華奢な体を預けて頷いている。

洞窟だからか妹の喘鳴音が響く中、3人は去った。


 妹の為にも早く助けを呼びに行かねば。


 俺は立ち上がって暗がりの中、風の流れを頼りに歩く。

明かりが欲しいが、あっても今はつけられない。

暫く歩くと見覚えのある場所に出た。

少し遠くに明かりが灯っていて、大小合わせて4つの影とあの植物が見える。


 ブルッ。


 ブルルッ。


 ブヒンッ。


 何故馬の鼻息らしき音がこんな所で響く事態に遭遇するのか理解するのに少しかかった····。

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