126.お迎え

「そうですか。

それにしても随分察しが良いご令嬢ですね。

とても11才の貴族令嬢には思えませんねえ」


 ひょろ長さんは目を細めて僕を観察する。

けれど僕はにこにこと微笑みを崩さない。


 しばらくすると感情を抑えきれないとばかりに満面の笑みで話し始めた。


「ふふ、ふふふ、ええ、そうです、そうなんですよ。

お察しの通りです。

よくぞ気づいてくれました!

実験台にして差し上げたんです。

ふふふ、楽しかったですよ。

どんどん若返って、最後は胎児になって消えていくんですから」


 その時の事を思い出したのか、恍惚の表情で饒舌に語り出す。

うん、顔も言ってる内容も間違いなく狂魔法学者マッドウィザード

あとちょっと····何か顔が変態っぽい。


「あの石の欠片は私の雇い主が持ってるんですよ。

できることならいただきたかったんですがねえ。

どれだけお金をちらつかせても売っていただけなかったんです。

ただその懐中時計を贈るのと引き換えに自力で石の複製をするならと貸し出してくれましてね。

もちろん期限内にできなければ諦めるようにという制約がついてましたけど。

ケチですよねえ」

「そっか。

雇い主には会える?」

「貴女は私の研究材料となりますからねえ。

長い付き合いになれば、いずれ?」


 クスリと含みのある笑みを浮かべる。

目には狂気が宿っている。

でもやっぱりちょっと····変態。

何で頬っぺた上気してるの····。


「····そう。

ところであなたは魔人属なんだよね?

あの2人の言ってた300年前の獣人の国のいきさつを直接見たの?」

「おや、あの2人がそこまで詳しく話したんですか?」

「うん、そう。

でも私の知ってる歴史と違うし、自分達が産まれる前の事をまるで見てきたかのように話すのが不思議だったから。

任務で知ったのなら、彼らの親世代が伝えたわけじゃないと思うし、憎いのはともかく仮にも元副団長でピューマのあの人があんなにも自分の感情を剥き出しにするのも腑に落ちなくて」


 ひょろ長さんはふむ、と顎に手をやって僕の側まで来ると僕のお顔を改めてじっくり間近で眺める。


「あなたは本当に11才の子供なんでしょうか?

私の知る子供と呼ばれる分類の中に貴女のようにこのような状況に陥っていながらそこまで落ち着いて様々な分析ができる者は皆無なんですがねえ」


 そう言って何事かを考え込んだかと思ったら、はっとした顔をした。


「ちなみに私は200才程度のひよっ子ですが、もしかして貴女こそ魔人属で中身はかなりお年を召してらっしゃるのでは?!」

「いえ、間違いなく人属だよ。

さすがに魔人属で魔力が0っていうのこそいないと思うけど」


 惜しい。

中身は四捨五入して400才だけどね。

ていうか200才はひよっ子ではないと思うよ。


「····そうですか」


 いや、そんな落胆した顔にならなくても····。

200才なら魔人属的には中年くらいだよね?


 なんて思ってたらまたまたはっとして、今度もまたまた頬っぺたを上気させる。

立ち直り早いタイプかな。

 

「それも含めて調べてみる価値はありそうですね!

ああ、早く貴女を連れて研究所に戻りたいですねえ。

まずは死なない程度に血を採って、それから魔力が本当に0なのか全身くまなく調べて····そういえば、私は直接は見ていませんが、あの2人は彼らの任務中に直接見ましたよ?」


 ん?

今軽いマッド発言からの気になる発言したよね?


「どういう事?」


 とりあえずマッド発言は無視しとこう。

さっさとそこらへん聞いとかないと、お迎えがきそうだ。


「ですから、ジルコとベルヌは任務中に私の雇い主がその懐中時計の効力が本物の方の石でどの程度の範囲まであるのか、空間にも効果をだすのかを試していた所に出くわしたんです。

10年前に隣国の土地にほど近いこの領地でね。

あの石は欠片とはいえ本当に素晴らしい力を持っていました。

流石に空間そのものの時間を戻すのは他の実体を伴わず、過去に起きた光景が淡々と浮かび上がっただけのようでしたが、彼らは体の損傷が激しい、見るも無惨な獣人の成れの果ての山を目にしたんです。

その後は彼らを誘った雇い主がある石の記憶を映像化して見せたみたいですね。

恐らくその石があの欠片の本体だと思いますが、私はその時いなくて見ていません。

というか1度も本体の石を見せてもらってないんですよね」


 とっても残念そうなお顔だけど、多分見せたら何がなんでも奪おうとするからじゃないかな。

マッドだし。


「その記憶がジルコの祖父を含めた多くの戦士達が想像を絶する数の魔獣達に食い散らかされていく石の記憶でした。

その時からでしょうか。

ジルコは感情を抑えるのが難しくなって早々に職を辞し、雇い主と行動を共にするようになったんです。

そうしてジルコは更に何かしらのアドライド国の過去を知っていったんでしょう。

それでもぎりぎりまで彼らは貴女方の国王陛下に、この国に忠誠を誓っていました。

ジルコの後任になったルーベンスを任命したくらいにはベルヌだって彼を可愛がっていたんですよ?」


 ちらりと愉悦と狂気に満ちた目をシル様に向けた。


 ····だから何で変態っぽいの?!

頬っぺた上気させるの癖なの?!

ふっちゃけ気持ち悪いよ?!


 僕はそっと眠ってるいたいけな狼少年を背に庇うように立って変質者の視線から守る。


 ふと遠くで僕の可愛いあの子の声が聞こえた気がする。

そろそろかな?


「おやおや、ルーベンスの体にはこれといった痕跡も異常もありませんでしたから、置いて行きますよ?

ただ若返っただけみたいですし、そんな物に興味ありませんから。

連れて行くのは貴女だけで邪魔者はいませんから安心してください」


 それの何を安心材料にしろと?!

しかもシル様の体をしれっと物扱いしてるよね?!


「最終的にベルヌは国王陛下の秘密を知り、職を辞しました。

それが何なのかは教えられていませんがね」

「そっか。

ところであなたはどうして辞めたの?

王宮魔術師団団長だったんでしょ?」


 国王陛下の秘密かあ。

もうこれ以上は王族に関わりたくないなあ。

もうこのままお家に直行したいなあ。


 なんて思いながら聞いてみたらすっごいどや顔が返ってきた。


「そんなの決まってます。

非人道的研究だって止められる事なく好きに研究して良いって言われたからじゃないですか!」


 ····うん、清々しいほど狂気マッドだ。


「えっと、雇い主とは少なくとも10年以上の付き合いだよね?

そもそもそれなら何で最初から雇われて無かったの?」

「雇い主とはここ100年くらいの付き合いですかね?

この国の魔法学が他国の中では1番秀でていたから基礎を学ぶにはあの学園に入るのが良かっただけですよ。

昔はまだこの国も安定していませんでしたし、研究にはお金がかかるしレアな素材も業務中に取り放題で割りが良かったから王宮魔術師団に入ったんです。

効率的に最低限だけ仕事してたら何でか手腕を買われて気がついたら団長になっちゃってたんですよねえ」


 ははは、と能天気に笑うひょろ長さん。

指名した人は任命責任を追及されるべきじゃないかな。


「さてさて、貴女の質問にもひとしきり答えましたし、そろそろ船に乗りましょうか」


 ひょろ長さんが近づいて手を差し出す。

エスコートしてくれるのかな。


「一応聞くけど、拒否権は?」

「ありません」


 うわ、にっこり宣言された。


「そっか。

でも残念、お迎えが来たみたい」


 言い終わった瞬間、炎の竜巻が出入口から竜巻のように現れて僕とひょろ長さんとを隔てた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る