125.精霊石の複製品
「ひとまず簡易のベッドを用意しましたからお2人共横になって下さい。
まずはルーベンス。
貴方から調べましょうか」
「大人しく従うと?」
「今の貴方がそのご令嬢を庇って脱出する自信がおありならお好きに」
クスリと冷たい微笑みを見せる。
「彼女には手を出すな」
そう言ってささっとベッドに横になる。
僕もゆっくりベッドに降ろされた。
ひょろ長さんがシル様のお顔に手をかざすと、シル様の瞼が降りて眠り始める。
良かった。
これで腹パンの脅威からシル様のお腹は守られた。
「痛い事はしませんよ。
私は知りたいだけです。
何故あそこで時間の巻き戻りが止まってしまったのか、変質した魔力が残っているのか····楽しみですねえ。
ベルヌは予定通りにやって下さい。
そろそろ山でスタンピードが起こる頃でしょう。
それに紛れて王族を殺すも良し、魔獣達に蹂躙される様を見るも良し」
ん?
スタンピード、だと?
お山には僕の家族もいるのに、不穏な事を言うの止めてよね。
僕の機嫌は急転直下だよ。
とりあえず僕達2人の当面の危機はなさそうだからベッドにぽふりと倒れこんで静かに聞き入る事にした。
「スタンピードがそんな簡単に起こるもんか?」
思案げな渋熊さん、いいね。
子供好きだったらお耳と尻尾触らせてくれるかな。
さっきどさくさに紛れて触っておけば良かった。
「どうでしょうね?
まあ何事も実験ですよ。
その為にこの3年はアビニシア家に怪しまれない程度に段階的に中位クラスの魔獣の数を減らして下位クラスを増やしていきましたから。
辺境領だけあって定期的に間引きをしていますからねえ。
不自然にならない程度に狩るのは本当に面倒でしたよ」
やれやれとひょろ長さんは首を竦める。
「しかしお陰でそろそろ活動的になる下位クラスでも群れる為に厄介な火蜘蛛も山の中腹でそれなりに卵を産んで数を増やしてましたし、上位クラスの卵から孵った育ち盛りの氷竜や氷熊、上位クラスに近い氷蜥蜴や氷蛇も確認しました。
中位クラスの魔獣がいなければ下位クラスに手を出すでしょう。
念の為に集めやすい下位クラスの魔獣は大量に山の麓に落として魔獣寄せの香を炊いておきましたし、隣国はあまり間引きをしていませんから香に引かれる下位クラスと中位クラスも増えているでしょう」
「ま、そろそろわざと空腹にさせて放っておいた火狼の群れも麓の餌を追いかけ始めただろうな。
好物の火蜘蛛の幼虫を山の中腹まで等間隔に撒いといたし、うまくいけば転移魔具が使えねえで足止め食らった王族や貴族を襲うだろう」
····何となく····スタンピードは起きない気がしてきたぞ。
何か····うん····数年物の計画邪魔してごめんね?
「私はルーベンスを検査したら頃合いを見て船に戻ります」
船?
て事は彼らは普段海の向こうの隣国にいるのかな?
「その2人はどうすんだ?」
「そうですねえ。
ご令嬢は連れて行きますが、彼は····まあ不必要なら置いて行きましょう」
「どっちを連れていくのにも
「おやおや?
私は貴方達のように復讐が目的ではありませんよ?
まあ貴方は復讐だけとも限りませんがねえ。
私が
当然あの方は私の目的は知ってらっしゃいます。
そういう意味ではあの方から知識と魔石をいただいて作ったこの魔具に干渉したご令嬢の魔具も、体で何らかの反応がおきた彼も手放すのは惜しいですねえ」
ひょろ長さんがチラリと見やった先には魔石が無くなった《絶対ガード君·改》とあの懐中時計が置いてあった。
「ご令嬢は色々と調べたいところですが、今は体調を戻していただかないと、血液や少しばかり肉片を採取するだけで死んじゃいそうですから、今は何もしませんよ」
え、肉片なの?!
うわ、これはもしかして非人道的研究に使われる予感しかしないな。
めちゃくちゃ僕の事をうっとり眺めてくるのも変態感を醸し出してて怖すぎる。
「おい、怯えさすのはやめろ」
「おや、私はただうっとりしていただけですよ?」
「それが逆に怖えだろ。
幼児趣味のド変態野郎にしか見えねえ」
あ、ベルヌも引いてる。
奇遇だね、僕もだよ。
「仕方ありませんよ。
私は魔人属ですから、私からすればあなたも含めて殆どの生物は幼児みたいなものです。
ほら、さっさと行って下さい」
いや、何か違うよ?
ひょろ長さんはそう言って尚も何か言いたげな熊さんを追い出した。
とりあえずドナドナされるどこぞの子牛のような目で見つめておいた。
子供好きならきっと後々胸を痛めるはずだ。
こんなのと同じ空間に置き去りにした罰だ。
邪魔者がいなくなってからのひょろ長さんは本当に嬉しそうにシル様に向かってうっとりと微笑んでいる。
····え、何時間か前は乙女なラノベ物だったけど、若返って傷を負った狼少年を狙うBとLなやつになってないよね?!
ひょろ長さんのお顔が変態っぽくて絵面が悪すぎて挿し絵は無しの方向になるやつじゃないかな?!
「ふふふ、心配しなくとも傷つけませんよ。
体に私の魔力を通して中を鑑定していくだけですから」
うん、そっちの心配は正直してないよ。
まあ鑑定だけならいいのかな?
「ねえ、あの懐中時計触ってもいい?」
「おや、気になりますか?
でも魔力が無いと起動もできませんよ?」
シル様のお顔や腕を触ってるけど、今のところ手つきはいやらしくない。
「中の魔石がとっても綺麗だったから見たいなって思ってたの。
ダメ?」
「ふふふ、今は気分が良いからかまいませんよ。
ただ丁寧に扱って下さいね」
今はシル様に夢中で僕の方には見向きもしない。
好都合だね。
「わーい、ありがとう」
とりあえず子供っぽく言っておこう。
僕はそっと手に取って蓋を開ける。
蓋の内側に青の魔石、時計盤の真ん中には緑色の色褪せた石がはまってる。
やっぱり緑色の石は精霊石だ。
僕は後ろのひょろ長さんに注意しながら両眼とも発動させる。
時計盤のカバー硝子にそっと触れて石の波長を感じていく。
(もう嫌!
お願い、殺させないで!)
激しい感情が手から伝わる。
頭に響く声は幼い子供の物。
とても懐かしくて····だけど····。
ゆっくり眼を閉じてからもう1度目を開く。
体の角度を変えて死角を作ってからゆっくりポケットに手を入れた。
「ねえ、これはあといくつあるの?
誰が作ったの?」
「うん?
何か気になりましたか?」
鑑定に夢中だったみたいだね。
「これはあといくつあって、誰が作ったのかなって。
売ってくれるなら兄様にあげたいの」
「ああ、それは私が作ったんですよ。
青い石もなかなか貴重なんですけど、緑の石はこの世に2つとない石の欠片から復元しました。
残念ながら欠片は持ち主に返しましたし、その石の復元に成功したのはそれ1つだけなんですが、次に使えば石が砕けるでしょうね」
「そうなんだ。
持ち主はどんな人だったの?」
「それを聞いてどうするんです?」
「直接交渉できないかなって」
「何故です?」
「兄様が魔具を作るから、そういうのに興味があるの。
そういえば何年か前から王都で跡形もなく人が消えちゃう事件があったらしいんだけど、不思議な事に服だけはその場に残ってたんだって。
この懐中時計を使えば中身だけ若返られて最後は消失、なんてこともできそうだね」
ふつふつと、怒りが沸く。
僕の、なのに。
泣かせるなんて····許せない。
だけど僕のお顔はちゃんと微笑んでる。
せっかく見つけた手がかりだもの。
逃がしてあげない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます